5・寺田
五・寺田
柚木も、充がやられるまで何もして来なかった訳ではなかった。柿原から、寺田について聞かされていた事もあり、清門高の制服見つけては、寺田の事を聞いてまわったが、誰も口を割なかった。それどころか、自分の高校で起きている事を、まるで把握出来ていない者等までいるのだ。我、此処に在らず。という感じだ。
……どうなってやがる。そもそも、制服がバラバラなら、清門を問い詰める事自体がズレているのか。
柚木が何とか一連の騒動について聞き出せたにせよ、確信には何一つ繋がらなかった。それもあってか、彼はこの件に対して根本的なズレを感じ取っていた。ただ、必ずといって、背景には寺田の名前が出てくるのだ。
充は、手術は終わったものの、相変わらずの面会謝絶。甲斐は事情聴取の後から、学校にも来ず、家に引き籠っているらしかった。無理もない。彼は元々臆病だ。目の前で友人が殺されかけているのを見て畏怖してしまっても仕方がなかった。
……奴は何者なんだ。一体、何をしようとしてる。
柚木は寺田に対し、僅かながら恐怖を感じ始めていた。それ以上に、これ程の憎悪を覚える事が今まであっただろうか。まして、その相手の実態がまるで掴めないのだ。
昼休みの校舎の屋上で、柚木は柵を背もたれに腰掛け、右片膝を曲げ、その膝に右肘を置き、その手で両コメカミを押さえ付け訝しい表情を造っている。一方、その横で笹崎は柵に腕を掛け、煙草を噴かしていた。
屋上のドアが開けられると、背が小さく坊主頭の男が、柚木等の方へ歩み寄って来た。その頭には、右側面に二本のライン、左には一本のラインが入っており、左眉にもまた、二本のラインが入っている。
「柚木さん」
「シゲか」
シゲ、前田重晴(まえだしげはる)は、一つ年下の後輩で、人付き合いが良く人脈もあるため、こと、情報収集においては得意分野でもある。柚木に煙草を一本差し出すと、柚木の隣に腰掛け、続け様に喋り出す。
「寺田の事なんすけど、金で人動かしてるって噂は知ってますよね?」
シゲはまず、そのことを知っていなければ話は進まないとばかりに柚木に伺った。
「あぁ、知ってる」
「その金なんすけど、この金の受け渡しも奴等は、直接寺田の手からは貰ってないみたいなんです」
どおりで中々姿が出て来ない訳だ。騒動を起こしている当人達自体、寺田の姿を見ている者はほとんどいなかった。
柚木が事の次第を把握しているのを確認すると、シゲは続けて話し出す。
「まぁ、要するに、寺田と奴等を金で繋ぎ合わせる仲介人が居るって事です。まずは、そいつを突き止める事が先決かと」
それは間違いない。この仲介人なら、寺田のことを間違いなく知っているはずだ。だが、またこの仲介人に辿り着くまでが、まどろっこしくて仕方がなかった。
「柚木さん、前に清門を問い詰めること自体がズレているのかって話してましたよね。たぶん、それは間違いじゃないと思います」
「じゃぁ、清門に殴り込みを掛けても無駄だって事か?」
「はい。というか、既に清門高を直接潰しに掛かった奴等がいるんです。この一連はそもそも、うちと清門だけの抗争じゃありません。
うちの大滝高や清領高、那賀峰高、田口西、田口北、族の竜騎閃、海窮連合。これだけじゃ収まりません。奴等は俺等みたいなガキに限らず、無察別に事を起こしています」
寺田は、これだけの奴等を敵に回して、何を企んでいるのだろうか。事の大きさに対し、その目的が全く解らないのだ。
「俺の知り合いが田口西高に居て、そいつ、竜騎閃にも入ってんですが、その、好もあって、田口西、竜騎閃が協戦して、清門に殴り込みに行ったらしいんです」
「それは、俺も初耳だ。で、どうなったんだ?」
それには、余程意外だったのか、聞き手に徹していた笹崎が身を乗り出す。
「どうもこうも、清門は誰も戦おうとしないんですよ。寺田の影すら見えず、清門の奴等を殴ろうが蹴ろうが、すみませんの一点張りで。
元々、清門は弱小高ですから。それで、田口西、竜騎閃も何も得ず、引くしかなかったんです。皆、煮え切らないといった感じで」
シゲはお手上げといったふうに手を上げてみせる。
柚木が清門校の生徒に聞いた時と同じだった。結局、清門に直接殴り込みに行こうが、何も解らないのだ。
……八方塞がりか。こうしてる間にも警察は動いてやがる。どうしたらいいんだ。
事は次第に大きくなり、その被害の数も増えているのに対し、柚木は、寺田に対する手掛かりも、それを見付ける手段も思い浮かばない。歯痒い。苛立ちが抑えきれない。怒りが込み上げるも、ぶつける相手がいない。姿を見せない寺田が憎たらしい。その仲介人とやらも、金で動かされている者等も。
「とにかく、これからも情報は当たれるだけ、当たってみます。
くれぐれも、柚木さん、笹崎さんは一人で出歩くのは避けて下さい」
柚木の苛立ちを察したシゲは、情報を調べ上げ、彼に出来るだけ早く伝えてやることが先決と判断した。
「分かった」
シゲが凄く頼り甲斐ある奴に見えた。柚木はシゲのそういった部分に嬉しさを感じつつ、後輩に頼って何も出来ない自分が腹立たしくなるのだった。