表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 中邑あつし
序章
4/36

4・笹崎

 四・笹崎



 蒸し暑い。ジワジワ全身に汗が滲み出しているのが分かる。それでも、ここで、暑い日差しを浴びて過ごすことはそう悪くない。時折、通り抜ける風が体の汗を冷やし心地いいくらいだ。ただ、突き刺す程の日差しが瞼の裏側まで焼き付いてくる。次からは、日除け変わりになる物を持ってこようかなどと柚木は思った。

「柚木。おい、柚木」

 ……そろそろかと思った。

 柚木には、この場所で寛げる時間は無いらしい。

 夏のジリジリとした暑さもあってか、または、腹部への強烈な衝撃に懲りたのか、柚木はすんなりと腰を上げてみせた。

「んだよ」

 腰を上げると同時に相手の顔を見上げる。そこには少し切迫した面持ちの笹崎光一(ささざきこういち)の顔があった。

「やられた。次は充が。また、清門の奴らだ」

 正直驚いた。清門がまた何か仕掛けてくることは予想出来ていた。既に、柚木の学校の生徒も数人やられている。他校も巻き込み、その数は数えきれない程だ。

 しかし、笹崎の言う充は藤井充(ふじいみつる)。喧嘩の強さは柚木に引けを取らせないくらいなのだ。

「マジか。そん時の状況分かるか?」

 笹崎は、少し落ち着きを取り戻し、頭を整理しているようだった。

「ああ、あいつ、今、藤崎病院に入院してる。そこで、やられた時の事を一緒にいた甲斐に教えてもらった。

 相手は数人だったらしい。商店街を甲斐と二人で歩いてる時に後ろから。鉄パイプで頭割られてた。徹底的だったってよ。その後も」

 余程悔しいのか、笹崎の右手は、爪が突き刺さる程強く握り締められ、顔は、歯を食いしばり、クシャクシャに歪ませている。

「甲斐は? 何してたんだ」

「数人のうちの一人を相手にしてたらしい。どうやら、連中、甲斐には目もくれず、充に集中攻撃してたらしく、甲斐も止めに入ったんだろうが、あいつ、喧嘩弱ぇし」

「元々、充は狙われてたって訳か」

「いや、それは多分違う。奴らは元々、手当り次第だ。たまたま、その場に居合わせたのが充で、奴らの中に充を知ってる奴がいた。まぁ、ここいらのガキだったら、充のことは皆知ってんだろ。……あいつの強さも」

 嫌な予感が柚木を支配していく。突き刺す程の日差しを浴びているというのに、背中には、異様な寒気が走り、冷や汗が滲み出しているのが分かる。

「だから、充が集中攻撃された」

「あぁ」

 笹崎は、力なく相槌を打つ。

 何か腑に落ちない。何かは判らない。だが、どうも笹崎の話に違和感が拭えないのだ。

 ……奴等は一体何がしたいんだ。

「柚木、奴らのことを清門で括るのはやっぱり違う気がする。制服、バラバラだったってよ」

 虫酸が走る。奴等のことがますます解らない。

 制服がバラバラということは、新しいチームか何かなのだろうか。この街にも、チームやら族はいくつもある。だが、何故、次々と襲い来る奴等は、清門を語る必要があるのだろうか。

 ……全く分からねぇ。

 柚木は何かあれば、大概は拳で片していた。難しい事は頭のキレる充が熟していたからだ。

 柚木と充、そしてチサ。この三人は物心付く前からの幼馴染だ。充は、勉学に勤しむということは無かったが、頭が良く、冷静に物事を捉え、皆から慕われていた。

「考えても仕方ねぇ。どうも、俺は頭使うのは苦手だ。やっぱ、俺は体使うのが一番だ。取り敢えず、充の見舞いでも行こうや」

 二つ返事で合意を求めた柚木に対して、笹崎は俯いたまま、その場を動こうとしない。

「どうした?」

「面会謝絶だ。充は今、緊急手術中だ。頭割られてんだぜ。最初の後頭部への一撃で充はもうオシャカだった」

 内蔵が鷲掴みにされる錯覚が襲った。血の気が引いていくのが判る。先から嫌な予感はしていた。ただ、笹崎から直接聞かされるまで、頭がそれを受け入れようとしなかった。

 自分の置かれている状況は、もう不良(ガキ)のレベルを超えている。喧嘩の最中に角材、バット、鉄パイプが使われるのは珍しいことではない。だが、いくら不良(ガキ)でもなるべく頭は避ける。

 いや、何より最初に後頭部を割られて、もう動けなくなった相手に、数人で袋叩きなど常軌を逸している。

 この街全体を取り巻く一連の騒動により、人の生死が関わることになるとは、柚木は露とも思っていなかった。

 一旦、嫌な予感を受け止めると、頭に次々と不穏なことが思い浮かばれる。

「クソッ! とりあえず病院だ。大丈夫なんか? 充は?」

 柚木は居ても立っても居られず、病院に向かおうとする。

 今は喧嘩とか清門がどうとかより、柚木は、今の充の容態が気掛かりでならなかった。

「判らない。家族でもない俺が医者に聞く余地なんてないんだよ。かといって、充の両親は、俺らの事を目の敵にしてやがる。今は、病院には行かない方がいい」

 一刻も早く、充の容態を知りたい柚木に対し、笹崎は、柚木が病院に行くのを引き止めた。充の両親は、柚木等を拒絶していると言うのだ。

 ……クソッ。せめて、命に別状あるかどうかさえも聞けないのか。

 柚木は人の親というのが苦手だった。世間体やら、何やら、子供を自分のステータスと思っている親が多過ぎる。近所の子と自分の子を比較し、手に負えなくなれば、全てを学校や友達、他人のせいにして子を押し付ける。

 といっても、自分の一人息子が大変な目に遭っているのだ。この場合、どんな親だろうが、いつも、一緒にいる不良の悪友等を良く思わないのは当前なのだろう。だが、奴等は不良や真面目な奴、そういった者を見境なしに襲っているのだ。

 ……もし、充が俺等とツルンでなかったとしても……、クッ、俺も大人達と何も変わりゃしねぇ。どこか自分のせいじゃないと責任逃れしたいだけだ。結局、自分も汚い大人と一緒なのか……。

「チッ、誰も充の容態は把握出来ねぇのか」

「いや、今はチサが病院に居る。容態は後でチサに聞けばいいだろう」

「そうか。充のことはあいつに頼るほかないな。甲斐は? あいつは今どこにいるんだ?」

「警察だ。事情聴取ってやつ」

 警察が動き出している。事態はますます、都合が悪い方向に事が運んでいた。

「笹崎、サツがケリ付ける前に、俺等で充のカタ取るぞ」

「取るって、どうやって?」

「殴り込みに決まってんだろ。清門だ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ