6・責任
最近出番がめっきりなかった柚木くんのおでましです。
六・責任
二○二三年六月
じめじめと空気が纏わり付くような感覚があった。
今日、雨は降らないらしい。しかし淀んだ曇り空は辺りの空気を湿気で覆い、それが余計に体力を奪っていく。
柚木は首に下げたタオルで額を拭った。ここに勤めて二年近く、仕事にはだいぶ慣れてきた。しかし何の資格も持っておらず、経験もなかった彼には、未だに現場に深く携わる仕事を任されることはなかった。
主に、重い荷物運びのなどの力作業である。それに不満があるわけではない。現場で汗水流して働くことは、生きているということを実感させ、やりがいさえ柚木は感じていた。職人の技を間近で見ては感銘して、職場の先輩に知識だけでもと、彼は専門的な技術も教わったりもした。資格を取らないか、と何度も班長や先輩等に進められることもあったが、柚木はその決心が中々つけられずにいた。
勿論、資格を取りたい気持ちはあった。筆記試験の問題集なんかも、家に帰ってから勉強することだってあるほどだ。
学校に通っていたときより、働いている今の方が余程勉強しているというのも、おかしな話だと柚木は思った。
資格を取りたい意思はある。だが資格を取れば、それだけ重要な仕事を任されることになる。彼が決心を思い悩む理由はそこにあった。重要な仕事、責任のある仕事が身に余るとか、そういのではない。むしろ彼自身は、早く一人前になりたいとさえ思っている。
では何が決心を鈍らせるのか。それはこのところニュースで彼がよく耳にする、ZEROという組織の存在にほかならなかった。
確信はなかった。ZEROが相原誠と関係しているかどうか。しかし流れるニュースを見聞きするたびに、あの時のおぞましい光景が柚木によみがえるのだ。
あれはお前の仕業なのか、誠――。
柚木は肩に抱えた二つの土のうを積み降ろした。昨日の雨のせいもあって、地盤はゆるみ、執拗に泥が重たく足に絡み付いた。ただ土のうを持ち運ぶだけの作業も、埋まった足を一歩ずつ踏み進めるだけで、彼には結構な負担となった。
肩についた砂埃を落としながら、柚木は新しい土のうを取りにトラックの荷台へと向かった。その途中「おう、柚木」と誰かに声を掛けられた。現場の班長だ。現場に建てられた、プレハブの事務所から出てきたところのようだった。
「そろそろ、飯にするか」彼は言った。
柚木は携帯で時間を確認した。そこには十二時十五分とデジタルで表記されていた。
「もう昼か」携帯をしまって、彼は言った。「おやっさんは今日も愛妻弁当すか?」
「ああ、いいだろ」と言って班長は、無精髭を片手で撫でた。「ご飯以外はすべて冷凍食品という愛情つきだ」
「ここ最近、朝早いっすからね。贅沢ってもんすよ」
「ああ、まったくだ。ちゃんと弁当を用意してくれる。それだけで充分感謝してるよ、嫁には」班長は、水筒の蓋にお茶を注いだ。それを一口飲んでから言った。「そういえば、木村が飯食いに行こうってよ。伝言頼まれてたんだわ」
木村とは、柚木の二つ年上の先輩だ。彼には、本当に良くしもらっている。彼のことは、柚木が子供の頃から知っている。三つの暴走族を合併させた海窮連合、彼はその副総長だった。
昔から、兄のような存在であり、弟のように可愛がってくれた。勿論、充も一緒だった……。
分かりました、柚木がそう返事をしようとした矢先、彼の目に遠方から紺色の軽自動車が向かってくるのが見えた。彼の視線に追われるように班長はそこに目をやった。チサの車だった。
「すんません、おやっさん」そう言って柚木は、首の後ろを掻いた。「今日は、無理って言っといてください」
「チサちゃんか、そりゃ、しゃあないわな。木村には俺から言っとく」
「たのんます。先輩に見つかるとめんどうなんで」
「ああ、あいつのひがみ根性は捻れてるからな」そう言って班長は苦笑した。そしてこちらに来る軽自動車に向かって手を振った。「チサちゃんが来るのは、四日ぶりか」
「すんません」そう言って柚木は、溜め息を吐いた。「あんまり現場には顔出すなって言ってるんですけど」
「別にいいじゃねぇか。社長のお嬢だから、現場に顔出すくらい」班長は言った。
「はあ」と柚木は苦笑した。
社長のお嬢だから困るんだが、と彼は思った。ただでさえ男くさい現場だ。そこへ女が顔を出すだけで注目を浴びるというのに、それが社長の娘なのだ。先輩等に在らぬ冷かしを受けるのはもうこりごりだった。
柚木は改めて携帯を見た。チサからメールが届いていた。三十分くらい前だ。
彼は携帯をポケットに入れると「靴、変えてきます」と言ってトラックの方へ向かった。班長は頷いて水筒のお茶を飲んだ。
どうやら班長はまだ立ち去る気がないらしい。柚木は頭を掻きながらトラックの助手席側のドアを開けた。座席の下に置いてあるサンダルを取り出すと、泥だらけの長靴からそれに履き替えた。その後、財布をバッグから取り出してドアを閉めた。
すでにチサは到着していた。車の窓を開け、何やら班長としゃべっているようだ。柚木は吐息をつき、煙草を取り出した。それに火を付けるとチサのもとへと向かった。
「太ちゃん。お昼、一緒に食べよ」柚木と目が合うなりチサは言った。
「おう。先輩が冷やかすから、俺から誘うから、あんまり現場には来んな」ぶっきらぼうに柚木は言った。
「ええ」とチサはあからさまに顔をしかめた。「それって酷くない?」
「酷くない。飯行くぞ。ラーメンでいいだろ?」そう言って彼は助手席に乗り込んだ。そして運転席の窓の向こう側にいる班長を見た。「それじゃ、木村さんに埋め合わせはするって言っといてください」
「ああ。分かったよ」と班長は言った後、チサに向かって似合わないウィンクをした。「じゃあ、頼んだよチサちゃん」
「期待しないでくださいね」そう言ってチサは、車を発進させた。
「何頼まれてたんだ?」柚木は訊いた。
これ、と言ってチサが片手にひらひらとさせたのは、大量の領収書だった。柚木はなるほど、と納得がいった。
「それ、落ちんのか?」
「ほどんど落ちないんじゃない」チサは言った。「だってこれ、プライベートの飲み代がほとんどだもの」
「そりゃ落ちねえわな」そう言って柚木は、備え付けの灰皿に煙草をもみ消した。
あれから、二年半が経っていた。柚木とチサが誘拐された日だ。柚木はチサの父親の会社に置いてもらっていた。本当に世話になりっぱなしだ。チサは高校を卒業してすぐから、前原建設の経理事務として働いている。
それは柚木には予想外のことだった。チサは頭が良い。だからチサは、大学へ進学するものだと彼は思っていたのだ。当時十八歳の年代は、まだまだ遊びたい盛りのはずだと彼は思っていた。
お互い、就職した年のことだった。「お前、頭良いんだから大学行けば良かったろ?」と柚木はチサに訊いたことがあった。それに対し彼女は「私、最初から大学行く気なかったし、お父さんの事務するつもりだったから大学行っても意味ないでしょ」と言った。
チサの言うことは最もだった。柚木はふうん、と返事をしたあと言った。「俺は頭ねぇからあれだけど、お前等の年代はもっと遊んでんだろ。男とかつくってよ」
「私は、今で楽しいからそれでいいじゃん。太ちゃんもまったく女っ気ないよねぇ」
「ばぁか、お前が知らねぇだけで、俺、けっこう告られたりしてんぞ」
「へぇ、意外。なんで付き合わないの?」
「気分じゃねぇ」
ふぅん、と言ってチサは、モノありげな笑いを浮かべていた。
「おい、なんかお前の顔、むかつく」
「失礼ね。乙女の顔にとやかく言わないで下さい」そう言ってチサは、あからさまに頬を膨らませたのだった。
あいつも彼氏くらいつくればいいものの、と窓から流れる景色を見ながら柚木は思った。遠くに、母校の校舎が見えた。あの頃の俺は本当にガキだったな、と彼は校舎を見て物思いに耽った。
なあ、充。お前が死んじまうから、あいつ、ずっと彼氏つくんねえじゃねえか――。
柚木は流れる雲に向かって、心のうちに呟いた。
ラジオからは、懐メロ洋楽特集でリクエストされたナンバーが流れていた。CCRの「雨を見たかい」だった。
あの日、寺田組の構成員が組長を含め、惨殺された事件。容疑者は捕まっていない。警察の調べで怨恨の可能性、暴力団同士の抗争を視野に入れ捜査されたが、犯人逮捕には至っていなかった。ヤクザの財布からは現金が抜かれていたらしい。
警察が暴力団同士の抗争と判断したのは、現場にいなかった寺田組の組員が警察に自供したためだ。事件の数日前に現金三千万が抜かれ、それが二十代前半の男と共に消えたとのことだった。
その男の手際から、他の組の仕業じゃないかと警察は金の縺れからの暴力団同士の抗争と判断したのだ。
後日、明らかになった寺田組の事情を柚木が知ったとき、何故自分達を拉致ってまで資金繰りに寺田組が躍起になっていたのか、彼はその合点がいった。
金と共に消えた男、警察はその男の足取りを全く掴めていないらしい。新人の構成員として、約半年間寺田組にいたその男は、名前も身分証も全てがでたらめであったらしいのだ。
柚木はその顔も名前も知らない男に対し、言葉に言い表せない、もやもやとした感情を抱いていた。その男が自分やチサを誘拐に追い込んだ発端であり、その男の存在が、寺田組襲撃事件のその本質、真相を隠してしまっているのだ。
柚木は警察に真実を言うべきか考えたことがあった。しかし彼は、それを思いとどまった。自分はまだいい。いくらでも警察に事情を話せる。しかし現場に居合わせたのは、チサも同じなのだ。警察に事件の事を追求されるのは、チサには耐え難いものとなるだろう。あの惨状は、彼女にとって思い出したくもない出来事のはずなのだ。
その後、ケイアイ・ファイナンスは倒産した。警察の介入もあって、ケイアイ・ファイナンスからは不正な借金を押し付けてられている所帯も多く、柚木の家もそれは例外じゃなかった。小さい頃から、彼がずっと苦しめられてきた借金は、一瞬にして消え去ったのだ。
金の使い方を知らない柚木は、今では貯金も結構貯まっていた。今では「生」の尊うさを実感して、平和に日々を暮らしている。
喜べなかった。もやもやとしたシコリが、柚木の胸からずっと離れないでいた。
当時の街に比べると、この街が平和になったことには違いない。中高生が寺田の影に怯えることももうないのだ。借金に苦しむ家庭も随分と減った。この街や人々を覆っていた鬱蒼とした影は、幾分晴れやかになっていた。
相原誠、彼のおかげだった。この街の平和は、殺人鬼がもたらしたものなのだ。彼こそがこの街の暗い影、不の象徴のような存在だった。柚木とチサは彼によって助けられた。借金も無くなり、充実した毎日を送っている。彼以外にも、借金抱えていた家が苦しい借金から逃れられた者も少なくはない。だがそれらは、あのおぞましい事件がもたらした結果なのだ。
素直に喜べるわけがないだろうが――。
恐らくチサも同じ思いを抱えているだろうことは、柚木にも伺えた。彼女が意識的にその話題を避けていることも柚木には分かった。それもあって、彼はチサの前では極力その話題を出さないよう努めていた。
その後、柚木は甲斐に一度会っていた。ぶん殴ってやろうと彼は思った。ところが振り上げた拳は、その行き場を無くしていた。甲斐は、誠と似た目をしていたのだ。彼の心はもう、寺田に殺されていた。
充や笹崎、仲間と一緒に笑い合った甲斐の姿は、そこにはもうなかった。まるで操り人形のようだった。自分の意思で歩いているというより、誰かから糸をたぐられているかのような、そんな歩き方だった。ふらふらと。そしてゆらゆらと。そんな彼の後ろ姿を見て、柚木はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
この街の平和の代償に、色んな悲しみが潜んでいる。誠自身、この悲しい街に生み出された怪物なのだ。
その悲しみを、全部一人で背負ってるつもりか、誠。ZEROはお前の仕業なんだろ。俺があのバケモノを生み出す、そのキッカケを与えてしまった――。
窓の外には、雲の切れ間から差し込んだ日差しが、遠方に虹の橋を造っていた。今、暗いことを考えるのはよそう、柚木は虹を見ながらそう思った。
「ところでさ、太ちゃん」とぎこちないハンドルさばきをしながらチサが言った。「お昼、ラーメンばっかり飽きたんだけど」
「仕方ねぇだろ。この作業服姿でイタリアンなんか行ったら、門前払いされるだろ」汚れの目立つ作業着を指さして柚木は言った。
「そうだけど」チサは口を尖らせた。「せっかく太ちゃんとふた……だし……だよ」
途中、対向車のトラックがすれ違った。その音でチサの言葉が柚木にはよく聞き取れなかった。「え? なに?」
「なんでもない」ふてくされるようにチサは言った。相変わらず口を尖らせていた。
「分かった」柚木は仕方なく言った。「明日な、明日。着替えも持ってきとくからよ」
「本当に? 絶対だよ。約束だからね」
「ああ、約束だ」
言いながら、柚木は明日の木村への埋め合わせの言い訳を考えていた。
その時だった。ラジオから流れるニュース声が二人の耳に入ってきた。
――昨日の夜、ZEROと名乗る組織に襲撃されていた事が明らかになり、早朝、住民の証言に寄りますと――。
柚木は舌打ちをした。チサにはこのニュースをなるべく聞かせたくなかったのだ。この騒動が相原誠と関連していることを、彼女も何となく気付いているのだろう。チサの顔が急に曇り出した。
昨日、またやりやがったのか――。
柚木は奥歯を噛んだ。そして慌ててダッシュボードを開いた。彼はそこからCDを取り出して言った。「お、これ聞きたかったんだ」
柚木はラベルも見ずに、CDをプレイヤーに入れた。
「太ちゃんも好きなの? カーペンターズ」チサが意外そうに訊いた。
柚木はぎこちなく頷いた。「お、おう。大好きだ」
しっとりとしたイントロがスピーカーから流れだした。柚木には英語は分からないが、心にずんと響くような歌声だった。カーペンターズの「I Need To Be In Love」という曲だ。日本語タイトルで、「青春の輝き」というタイトルだった。
携帯の呼び出し音は、いつの間にか鳴っていた。
柚木は風呂から上がると、遠くから鳴り続ける携帯の音に気付いた。彼は身体を拭いてからトランクスを履くと、首にタオルを掛けた。そして鳴り止まない携帯電話のある部屋へと向かった。
いつから鳴らされていたのかは分からないが、音に気付いてからの間、二分以上は経過している。それだけに携帯の電話の内容が、ただ事ではない予感があった。
柚木は自分の部屋に入るなり、畳の上で音を鳴らし振動する携帯を手に取った。携帯の液晶には前田重晴、と呼び出し主の名前が表示されている。彼はタオルで頭を拭きながら通話ボタンを押した。
「もしもし」
「あ、やっと出た」安堵の混じった声だった。しかしすぐに、その声は緊迫したものに変わった。「柚木さん。今日、うち、来れます?」
「ああ、今からか?」言いながら柚木は壁時計を見た。二十二時二十分。それが時計の針が示す時間だった。
「柚木さんの都合でいいですけど」
「分かった。今から向かう」そう言って柚木は、携帯を切った。
シゲは今、高校を卒業したあと実家の電気屋で働いていた。柚木は彼にZEROについて色々と調べてもらっていたのだ。彼の緊迫した声、時間帯から察しても、彼がZEROについて重要な手掛かりを掴んだことに間違いないと思われた。
柚木は急いで服を着ると、居間に向かった。「親父、ちょっと出でくる」
「ああ」と父は返事した。彼はテレビのスポーツの結果を浅くダイジェストに流す番組を観ていた。柚木はシゲの家へと向かった。
シゲの部屋は小物やら電化製品やらがごちゃごちゃとしていて、大人が二人も入ると窮屈さを感じさせた。柚木は空いたスペースを見付けるなり、胡座をかいた。
シゲは壁際の低いテーブルの前で、身体をこちらに向けて胡座をかいていた。テーブルの上にはパソコンがあった。
学生時代、ラインの入った坊主頭からは落ち着いたもので、今の彼は黒髪の緩いパーマという出で立ちだった。
「煙草、要ります?」煙草を咥えながらシゲは言った。
「いや、持ってる」柚木はポケットから煙草を取り出した。「それより、灰皿あるか?」
「ああ。ここっす」とシゲは、柚木の前に灰皿を差し出した。そして咥えた煙草に火を付けたあと、彼は言った。「じゃぁ、本題に入りますね。結論から言います。ZEROは、相原誠で間違いないと思います」
柚木は唇を噛んだ。そして表情を歪めた。予感はあった。犯行手口が余りにも似過ぎているのだ。だがその予感が間違いであって欲しいと、杞憂であって欲しいと彼は心のどこかでそう願っていた。
全身が強ばっていくのが柚木に分かった。彼に握られた煙草は、火を付ける前に彼の手の中で折られていた。
「俺も信じられないっすよ」シゲは続けた。「柚木さんに寺田組の事を聞いた時も、ぶっちゃけ半信半疑でした。相原誠とは、話した事はなかったけど、学年も一つ上ですしね。ただ、何回か学校で見かけてはいました。まあ、いつも酷いイジメに遭ってましたからね。あの人が、そんな事やらかすなんて未だに信じられません」シゲは余程信じがたいのだろう。首を横に振りながら彼はそう言った。
寺田組襲撃のあったあの日、その場に居合わせた柚木自身が、その出来事を未だに信じられないのだ。シゲが信じられないのも無理はないと柚木は思った。
柚木は、普段の誠を知らない。充やチサは一体、彼のどんな姿を見ていたのだろう。彼が壊れてしまう前は、一体どんな人間だったのだろう。
柚木は折れた煙草を灰皿に入れた。煙草の葉が指先に絡み付いていた。彼は箱から煙草を一本取り出して、それに火を付けるなりシゲに訊いた。「それで、誠がZEROってなんで分かったんだ?」
「それなんですけど」とシゲは、眉間にしわをつくっって言った。「頼まれてた自殺のサイトの件、本当に苦労しましたよ。自殺サイトだけで、何十件も出てきますしね。まあ、時期を寺田組の事件前後に絞った結果、出てきました。確信しましたよ。寺田事件の当日ですからね」
それがこれです、そう言ってシゲは、パソコンを柚木に見せるため、身を後ろに引いた。柚木はパソコンの画面に目をやった。そこには、シゲによって予め開いておかれたサイトの掲示板が映し出されていた。
それは、零と名乗る者が仲間を募るような内容だった。革命などと書いてある。見ながら、動悸が激しくなっていくのを柚木は感じた。鳥肌が立った。
柚木が画面を確認するのを見届けるなり、シゲは言った。「これだけじゃ、ZEROが誠さんと確信出来ませんし、ここに出てくる革命ってのも、全く別もののことかもしれません。だから、調べました。この、零っていうのが使うパソコンがどこで使われたか。それは、すぐそこだったんですよ」彼は柚木の目を見た。「インターネットカフェ・サイバル」
その瞬間、柚木の予感は確信へと変わっていた。そして同時に、彼の中に決意が生まれた。
相原誠、彼が零であることに間違いはない。この内容が事件当日であることからもそれは明白だ。そして彼はあの時、すべてを無くしたと言ったのだ。それで零、ZEROなのか――。
ばかやろうが、と柚木は胸の内に叫んだ。お前は、どこに向かおうとしてる――。
柚木はデスクの上の灰皿に、煙草を捻り消した。
「ああ、間違いない。零は誠だ」そう言ったあと、柚木はシゲに尋ねた。「すまん、シゲ、仕事長期休めるか?」
「まさか……」シゲは言った。顔が強ばっていた。
「ああ。東京へ行く」
いつかこうなることは、どこか予測していた。柚木が資格を取らなかったのもそのためだ。社長に無理言ってでも、仕事の休職を頼まなければ、そう思ったとき、ふとチサの顔が彼に浮かんだ。
『本当に? 絶対だよ。約束だからね』
彼女の言葉が、胸を締め付けるようだった。柚木は唇を噛んだ。目もきつく閉じた。それでも決心は揺るがなかった。彼はこぶしを握り締めた。そして閉じた目を開いた。
バケモノを生み出したのが俺なら、そのバケモノを止めるのも、俺の責任だ――。