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  作者: 中邑あつし
第二章
31/36

4・ZERO 前

 四・ZERO



 そこは静かだった。何もない部屋。無駄に開けた空間が広がっていた。

 何でここにいるんだろう。なんでボクはまだ、この世界にいるんだろう――。

「零様」

「ユリ、どうしたの?」

「零様、元気がないみたい」

 どうやらユリと呼ばれる少女は、零を心配しているらしかった。

「おかしな事を言うなぁ、ユリは。ここには、元気な人は一人もいないよ」零は淡々と答えた。

「そうだけど……」

 ユリは零を気遣うが、それ以上言葉を出せなかった。彼がそれを求めていないのだ。

 ここは本当に何もない部屋だった。上下左右、壁、天井、床に至るまで、全てが白で統一されている。無駄に広い空間のドアを開けると正面中央、壁際に木製のデスクがあった。

 零と呼ばれる男は、そのデスクに座っていた。その隣に、白い革製で背もたれのある椅子に、ユリと呼ばれる女が零を見上げて座っている。

 歳にして、十七、八歳くらいだろうか、童顔な顔と幼い話し言葉は、年端もいかない少女のようだ。

 コンコン、と中央のドアがノックされた。

「失礼します。零様」一礼して男が零の部屋へ入って来た。

「サン、何の様?」

「営業に行こうと思います。人員も減って来ましたし」

「任せるよ。あんまり増やしても持て余すから、気を付けてね」

「はい。では、失礼します」

 営業――。零達は営業と称して人員を掻き集めていた。

 そう、ここが今世間を騒がしているZEROの本拠地だった。

 始めのうちは、インターネットで人員を増やしていたのだが、足が付きやすいのに加え、実際その人物に会ったのはいいが、適正がないため人員に含められないということが多く、彼等は営業という形で人員を集めていた。

 零達からすれば、営業の方法は実に簡単だ。自分に似た人間は、佇まい、雰囲気、目を見れば判った。その者等に接触を試みて、茶店、レストラン、居酒屋等、話しやすい場所でケアをするのだ。始めこそ苦労したが、この組織を英雄視する者達が増えたおかげで、接触後の交渉もスムーズにいくようになっていた。

 連絡手段には機器を使わない。ほとんどがその足である。必要事項を伝えるか、手紙を相手に贈る。手紙は読んだら処分してもらっていた。

 しかし最近は、その手紙を送るという手段も余り使わなくなっていた。郵便局へ調べられれば、処分していても足が付く恐れがあるからだ。そのため、事細かな言葉では覚えられない内容は、それを手渡しにすることで極力それを回避しているのだった。

 勿論、その手紙も時期が来たら破棄してもらう。機密は絶対厳守なのだ。家族、友人、その他、全てに自分の事を悟られてはいけないのである。

 絶対厳守――というが、実際は信頼するしかなかった。彼等は皆、死にたがっている。縛る方法がないのだ。機密を漏らしたので死刑等、全く効力がない。死刑でなくとも、何かしらの罰則で縛られるような人間は向いていないのだ。この組織、ZEROに――。

 今やこのZEROという組織は、三つに構成されていた。

 暴力団事務所を直接襲撃する自殺志願者。それを指揮、統括する幹部。そして、資金援助、情報援助等の協力者。

 このZEROに集まる者を同士などと呼んでいるのだ。まるで宗教団体である。

 ZEROは連絡手段に、全くインターネットを使わないわけではなかった。重要な人物、重要なやり取りはインターネットを使う事もある。重要なやり取りほど、証拠が残る機器を使わないと思うのが当たり前だ。だが重要な人物、つまり、幹部、資金援助、情報援助等の協力者は死ぬ事を禁じられていた。そのため、彼等が死んだ後に身元が割れ、通信機器を調べられる可能性は極端に少ないのである。

 協力者の中には自殺志願者ではない者もいた。彼等のことは、幹部でもごく少数しか顔を知らなかった。資金援助だけして、全く顔を出さない者もいるくらいだ。

 中には企業ぐるみで援助するものあった。暴力団がいなくなって喜ぶ企業はいくらでもあるのだ。それは、ZEROにとっては願ってもないことだった。

 資金援助と言っても、ZEROはそう金を必要としないのが現状だった。主に零達の住む、このオフィスの賃貸と衣食住、光熱費等、雑費、幹部の基本的生活費用、営業の交通費ぐらいのものだ。

 このZEROという組織は、零の想像を遥かに超えて拡大していた。今やZEROは、幹部達が取り仕切っているのだ。ただ暴力団襲撃等、重要な仕事は、零が決断する決まりになっている。零の預り知らないところでの、幹部によるZEROとしての勝手な行動は禁止されていた。些細な事でも、零への報告は絶対だった。

 零の意思にそぐわない事があるとするなら、それは、死ぬ事を禁じられていること……。

 そしてZEROは、このオフィスの広いフロアを使い、定期的に軍事演習と、ZEROとしての心掛けを語る演説が行われていた。

 コンコン、とまたドアのノックがあった。

「失礼します。零様、準備が整いました。新規の者も含め二十六人が集まっております」男が一礼して零に要件を伝えた。

「分かった。今行くよ」


 フロアには長机、椅子が並び、その正面の壁にホワイトボードがあった。まるで予備校の教室を思わせる造りであった。

 今日集まった者は、全部で二十六人。男、十七名、女、九名。うち、未成年三名。皆それぞれがアイマスクをされていた。

 機密厳守――。このオフィスの場所は幹部と少数の同士しか知らされない。ここに集まった者達は適正があるというだけで、まだ資格を得ていないのだ。

 幹部、零の判断で資格がないと判断された場合、または集まった者が、演習、話を聞いて自分には無理、付いて行けないと自分で判断した場合は、お咎めなく帰される。

 勿論、どうやってZEROと接触したか等は、口外されては困るが、それは口約束でしかなかった。情報が漏れ、それでZEROのアジトが割れればそこまでだ。ZEROは解散。皆死ぬのだ。その時はその時と、ZEROの者は皆受け入れていた。

 途中離脱も許容している。事が事だ。演習等を終えた上で資格を得たとしても、いざ襲撃の時、その悍ましいほどの惨状を目の当たりにすれば、足が(すく)み動けなくなる者も少なくない。そうなればたちまちにヤクザの餌食にされるのである。

 逆に足が竦んでいるうちに、ヤクザが全滅する場合もある。その時、自分にはやっぱり無理だと思ったのなら、無理にZEROに残る必要はないのだ。

 それらは幹部ではなく、零の意思によるものだ。あくまで、零は自殺の支援、場の提供をしているのであって、死にたくない者を無理に留める事を良しとしなかったのだ。幹部達の中には、同士の途中離脱に納得いかない者も少なくはなかった。

 零がホワイトボードの脇に用意されたパイプ椅子に座った。実質、彼はこの演習の進行には、何も携わることはなかった。ただ座っているだけに等しい。ただ時折、集まった者の中で気になるものがいた場合、零が直接個室で面談をすることがあった。

「では、みんな、アイマスクを取ってくれ」

 進行の男の言葉で、各々がアイマスクを取った。長い間アイマスクをしていたからか、フロアの明るさのせいで各々が目をシパシパとさせ、目尻を擦っていた。

「今日の進行を務めるのはこの三人。俺がユスカで、ジンにキリクだ」

 中央に立つ三人を見て、各々が驚き固唾を呑んだ。それもそうだ。ユスカの片腕は失く、ジンは眼帯をし、キリクは顔に大きな傷跡、そして、片耳を失くしているのだ。

 協力者の中には医者がいた。この医者の存在こそが、ZEROにとって大きな躍進を果たしたともいえた。初期メンバーにして、最初の協力者。名前をアル。怪我の治療、資金援助はこのアルが補っていた。

「そして、そこに座っておられるのがZEROの創始者、零様だ」

 ユスカが言うと、皆が零に注目した。今や日本で耳にしないことはないZERO。その創始者に気にならない者はいないだろう。少なくとも、ここに集まった者等は皆、ZEROを英雄視しているのだ。

 各々が創始者、零のその若さに驚いているようだった。ただ零自信にとっては、この瞬間が一番苦手であった。

「皆、来てくれてありがとう」零が謙虚に言った。

 彼の第一声に各々が、小さく軽い会釈をした。

 この反応が普通だ。皆、ZEROを英雄視し崇めてもいる。勿論、その創始者ともなると尊敬すらしている者もいるだろう。だがここに集まった人間は、生きることに絶望した者ばかりなのだ。盛大な拍手をし、彼を崇める気力など持ち合わせてはいないのである。そもそも、零は誰も救ってはいないのだから――。

 零の紹介が済んだところで、ユスカが話を切り出した。

「では話を進めよう。質問はいつでも受け付ける。話を聞いていて、ZEROには付いて行けないと思ったら、いつでも言ってくれ。俺達は止めない。やる、やらないは皆の自由だ。

 ではまず最初に、皆、ZEROの事は世間で騒がれる程度の事は知ってると思う。ただ、勘違いをしてはいけないのが、ZEROはヤクザを殲滅するために造られた組織ではない。死にたい者が集まる組織。言うなれば、組織的に集団自殺しているだけだ。まぁ、その道連れにされるヤクザは、たまったもんじゃないがな。

 俺達はヤクザ相手に死線を繰り広げる。つまり、土壇場で自分の死を直感した時、死にたくない。と思ってしまう者も少なくない」

 一通り話すと、ユスカはここまでで質問がある者は? と質疑の時を皆に与えた。挙手は誰もしなかった。

「では、続ける。俺達、ZEROにとって、心構え、覚悟しなきゃならない事が三つある。一つは、死ぬ覚悟。言い換えれば死に方の覚悟だ。聞くまでもなく皆は死にたいと思っている。ただ、楽に死ねない事だけは頭に入れといてくれ。楽に死にたかったら、今からでも家に帰って自殺でも何でもしてくれて構わない。

 二つ目、これが結構ネックだったりする。人を殺せるか。相手はヤクザでも人間だ。ナイフで切れば驚くほど血が噴き出すし、悲鳴も上げる。命乞いだってしてくる者もいる。少しでも躊躇したら自分が殺される。その時の心構えとして皆死にたいのだから、殺されて良かったと思えるくらいじゃなきゃZEROは勤まらない。

 やっぱり自分には人を殺せないと思ったら、いつでも言ってくれ。

 あと、ヤクザ以外は絶対に殺してはいけない。傷付けても駄目だ。襲撃中、警察が来たら抵抗しないで大人しく捕まるか、その場で自害してくれ。すぐに死ねるよう、毒薬は用意してある。必要な者は申し出てくれ。この辺の話は、また演習の時に詳しく話がある。

 次は三つ目、皆、行動を共にするから少なからず仲間意識が芽生える。仲間が助けを求めても助けない事だ。助ける暇があったら、一人でも多くヤクザを殺す。それが仲間に対する最大の助けだ。結果的に助ける形になる場合もある。それは構わない。ここまでで質問は?」

 はい、と一人が手を上げた。

「結果的にとは? あと、ここで語る名前は偽名でいいんですよね?」

「まず、名前の事だが、これも後で話すつもりだったが、偽名で構わない。というか、みんなが偽名だ。何でもいい、自分の好きなニックネームで構わない。ZEROのルールの一つとして、相手を詮索しないってのがある。

 プライベートは話さなくていい。実名、年齢、住んでる場所、地域、環境、なんで自殺したいか等、なるべく話さない事をこちらからもお願いしたい。情が生まれるからな。まぁ、強制はしない。

 そして結果的にってのは、これも演習でも話すが、体感すると判ると思うが、襲撃は何も出来なくても約に立つ事がある。何故なら、そこに立っているだけでも、ヤクザにとっちゃぁそいつは敵だ。

 ヤクザ一人、こちらが二人の状況で、ただそこで怯えている一人にヤクザが襲いかかってきたら、その隙に、もう一人がヤクザを殺す。結果的に助けてるわけだ。理解できたか?」

「はい。理解出来ました。僕の事はギルって呼んで下さい」そう言うとギルは椅子に腰掛けた。

 ギルにはまるで覇気が感じられなかった。ユスカは、ギルには無理と判断していた。素質はある。が、資質がない。

 それは覇気がないからではない。自殺志願者に覇気などなくて当たり前である。それとは別の、言葉に出来ない何かがそう思わせるのだ。

「ここまでで、やっぱり辞めたいというものは?」

 ユスカは、皆にZEROに残るか否かを尋ねた。

「すいません。私……、やっぱり……」と一人の女性が離脱の意思を示した。すると「俺も……。すいません」と離脱を申し出るものが現れた。

 それに続き、最初の女性を口火に、次々と離脱の申し出が現れた。

 これが普通である。実質これだけ集めても、最後の話まで聞いて残るのは三、四人くらいだった。逆に残っている方が異常なのだ。最終的に一人も残らないなんてことも、これまでに多々とあった。

 一、二、三、……十六人か――。

 ユスカは残った人数を数えた。残ったものは十六人。その中にギルはまだ残っていた。

「分かった。別に謝ることはない。君達は人として立派な決断をした。では、離脱する者はすまないが、またアイマスクをしてくれ」

 離脱者は各々、自らアイマスクをした。

「そしたら、キリク、お願いできるか?」ユスカはホワイトボードの隣に立つキリクに言った。

 ユスカに頼まれ、キリクは「分かった」と言い、離脱者を一人ずつ部屋の出口へと先導した。

「ごめんね、力になれなくて。ボクには、希望を与えてやれないんだ。ボクは君達が希望を見い出して、生きる気になれたら、それが一番いいと思ってる。だから、気にすることないよ」零の前を離脱者が通り掛かったとき、彼はそう言って離脱者に気遣いの声を掛けた。

「いえ、ありがとうございます」

 離脱者から見た零は、ZEROの意志とは逆に、離脱者が出るのを喜んでいるようにも視えた。

 零のこの言葉は本心だった。零自信、皆に死んで欲しいわけではなかった。生きる希望が見い出せたのなら、生きて欲しいとすら思っているのだ。

 希望を与えてやれない、と零は言ったが、離脱者の中には戻った生活で希望を見い出し、生き始めた者も少なくはなかった。それは途中離脱者になるほど、その数は多くなっていた。死に直面し、死への恐怖を覚え、生への執着が芽生えるのだ。

 この零の気遣いもあってか、強制せずとも、ZEROのことを口外する者は不思議と今まで一人もいなかった。それどころか、感謝すらしている者もいるのだ。勿論、離脱者の中にはそのまま自分で自殺する者もいるのだか――。

 そしてごく稀に、離脱者の中には協力者として援助する者も現れた。その一人が医者のアルだ。

 最後の一人がキリクの先導で部屋を出た。後は担当の者数人で所定の位置まで送迎し、目隠しを外し、離脱者を開放する流れになっていた。

「では、続きを話す。ZEROの信者となってからの、基本的なルールと機密厳守。

 名前はさっき話した通りニックネームで構わない。まず、同士になっても通常通りの生活をしてもらって構わない。いや、通常通り、今まで通りでなきゃ困る。不振な動きはなるべく避けてもらいたい。

 襲撃の日程、集合場所はこちらから連絡する。連絡に通信機器は使わない。友達に成りすまし、家へ訪問し手紙を渡す。その手紙は処分する様に。あまり早く処分すると、日程、集合場所を忘れた場合、対処出来ないので、時期が来たら各々で処分してくれ。携帯等へのメモも禁止だ。ZEROの情報は形に残さないように。家族、友達等、絶対にZEROの同士である事を話してはいけない。

 襲撃の際は、身分証、携帯は家に置いて行くように。まぁ、着替えの服とそれを入れるバッグ、交通費だけでいい。武器はこちらで用意する。

 交通費等の金を入れる財布も、なるべく持ち合わせなでくれ。もし、財布を持って出るなら、現金以外は絶対に入れないで欲しい。カードは当然、レシートも駄目だ。どこで何を買ったのか分かれば住んでる地域が割れる。

 一般者は絶対に傷付けない。警察に捕まった場合、ZEROの事を喋らない。身元もバレては駄目だ。自分の事はニックネームでも呼ばせろ。捕まったら死に辛くなる。なるべく捕まる前に死んだ方が好ましい。君達は死にたいのだから構わないだろ? 毒薬が必要な者は襲撃の日に渡す。

 あと、幹部になったら死ねない。幹部も皆、本当は死にたくて仕方ない。零様も例外ではない。では、ここまでで質問がある者?」

 ユスカは一つ嘘を吐いた。幹部の中には最初こそ死のうとしていたが、今や死にたくなくなっている者もいるのだ。本人がそう言ったわけではない。ただ目を見れば解る。ユスカ自信がそうなのだから。

 人間、欲を持ったら生へ執着する。ユスカを含め、数人の幹部は欲に取り付かれていた。そう、ZEROによる、支配欲に――。

 二人の男が挙手をした。ユスカは左端の男を指差し、「じゃぁ、君」と質問を伺った。

 彼は「うん」と軽く返事をして立ち上がった。「名前はテンマ。襲撃は最低何人でやるの?」

「最低、一人だ」ユスカは顔色ひとつ変えずに言った。

 一人という人数に各々がざわめいた。無理もなかった。一人と聞かされて平常心でいられる者はそうはいない。そもそも、そんなことが一人で出来るなのら、ZEROに入る必要はないのだ。

「まぁ、その反応が普通だ。ただ、一人、この場合は特殊任務だ。サポートは付く。逆に一番安全とも言える。この特殊任務は、女が多かったりするが、理由は後に解る。選択は自由だ。

 嫌なら断ってくれていい。名前の通り、この任務は特殊だから、いきなりこの日にやってくれなんて事はない。任務に就いた者は、しばらくこのオフィスに泊まり込みで訓練される。

 まぁ、こればっかりは素質がいるから、こちらで判断して話を持ち掛ける。内容は、ヤクザの幹部クラス、組長、会長の暗殺だ。あとは何かあるか? テンマ」ユスカは一通り話し終えると、テンマに質問を委ねた。

「最高は何人? あと、別に死にたくなくなったとかじゃなくて、その、いきなりこの日に襲撃して下さいって言われても、演習があるって言うけど、少し気が引けるっていうか」

「その反応も間違いない。別に恥じる事はない。誰だってそうだ。俺も、襲撃が初めての者だけで襲撃してくれなんて言われたら、さすがに気が引いていただろう。

 いや、そうでもなくても俺はぶっちゃけ、始めはメチャクチャビビってた。襲撃に臆せず、しかも、一人でそれをやって退けるのは零様ぐらいだ」

 そのユスカの話した最後の一言で、皆が零に注目した。

「買い被りすぎだよ。ユスカ」

 零は自分に視線が集まるのが本当に嫌らしかった。ユスカは、彼にもっと堂々と、自信を持ってもらいたいと思っていた。

「零様は、本当に自覚があられない様で」

「ボクのことはいいから、先、進めてあげて」

「すいません。では、続きを」と言ってユスカは零に一礼した後、テンマの席へと身体を向き直した。「だからまぁ、襲撃には、経験者が二人以上付く。安心しろ。後、最高人数は六人だ。以上だ。テンマ、質問はまだあるか?」

「いや、安心した。これで、安心して俺もヤクザと心中出来る」

 まったくおかしな話である。一般人が聞いたら、気が触れているとしか思えない発言だった。

 テンマは素質、資質共に兼ね備えている、とユスカは思った。死ぬ事にも、殺す事にも前向きになれる、類い稀なる資質。異常としか言いようがない――。

「もう一人、君の質問は?」もう一人の男にユスカが尋ねた。

「俺は、オズ。襲撃が終わり、生き残った者はどうする?」

「そうだな……」ユスカは一度視線を下に落とすと、決意の表情を浮かべ正面に視線を戻した。「実のところ言い辛いが、襲撃すれば生きて家に戻れる可能性は低いと考えてくれ。殺人も銀行強盗もそうだが、逃げる際、ほとんどが捕まってしまう。日本の警察は馬鹿に出来ない。襲撃は夜に行うが、深夜だと事務所にヤクザがいないって事もある。

 今はヤクザも警戒して銃を所持している所も少なくない。銃声の音で住民が警察へ通報する可能性もあるし、逃げる際、住民に目撃され、通報される場合もある。その時、勿論君達は返り血で血塗れなわけだ。怪我をしている者もいるだろう。だから、襲撃=死と考えた方がいい。 

 勿論、逃げ出せる可能性もある。逃げ果せたなら、各自、そのまま家に帰ってくれていい。また襲撃がある際は、こちらから連絡する。これは、同士が死ぬまで続行され繰り返される。

 あと一つ。ある場所に隠れ家が用意されている。その場所に誰にも気付かれず辿り着ければ、そこには医者も用意している。怪我のある者は病院に搬送する。そこは病院自体が協力者だ。保険証も金も要らない。入院費も必要ない。

 隠れ家の場所は、毎回変わる。場所は襲撃当日に教えるが、警察に追われている状態で駆け込むのは駄目だ。そこにいる者も捕まってしまう。警察が来た時点で、逃げるのは諦めた方がいい」

 ユスカが言い放つ言葉は、そのどれもが残酷でシビアに聴こえるかもしれない。だが、ここで嘘を言ってもどうにもならないのだ。シビアな状況を全て受け入れた上で、ZEROに残れる意思がないのなら務まらないのである。

 ZEROは決して同士に死んで欲しいわけではない。ただ死ぬことしか希望を持てない者に、その場を与えているに過ぎないのだ。嘘で甘いことを言い(つくろ)い、生きる希望を見い出せる可能性のある者を、無理強いして死に追いやることはしたくなかった。

 ユスカは言葉に一層力を入れ、死への覚悟を問うように続けた。

「何度も言うが、ZEROは、集団自殺者の集まりに過ぎない。世間の言う、英雄とか、そんな勇敢な組織ではない。人殺しで自分殺しの最低集団だ。ここまで聞いて、辞めたくなった者はいるか?」

 この話を聞けば、過半数の者が辞めたがる。人間というものは不思議だ。死にたい、死のうっと思っていても、実際に逃げ場がなくなると怖気付いてしまうのだ。家へ帰っても自殺するのにである。

 でも、それでも最終的にZEROに残る者の方が最も異常なのだ。そう、ZEROに残った者はそれと同時に、人間でなくなるのだから――。

 ユスカの予想通り、集まったうちの殆どが部屋を出て行った。

 残ったのはテンマ、オズ、ギルと男が一人、女が一人の合計五人になった。ギルが残っていることに、ユスカも意外だった。

「ここまで聞いてよく残ってくれた。ここからはジンに変わり、軍事演習に移る」

 ユスカによる演説が終わった。彼は隣にいたジンへと軍事演習の場を委ねた。ユスカとジンの立ち位置が入れ替わると、ジンは零に一礼した。そして残ったZEROの候補者の方へと視線をやった。

「紹介に預かった、ジンです」

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