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  作者: 中邑あつし
第二章
28/36

1・事件

第二章から、文法を変えました。

自分としてはこちらの方が書きやすいです。

過去の文も時間があれば改稿していきたいです。

                第二章



 人は、人を殺すことを罪とする


       人は、「心」が壊れると人を殺す


 人は、「心」が死んでしまうと、残った自分の体を殺すんだ


        人が人の「心」を殺すことに、罪はないのだろうか


  一・事件



 二○二三年 三月


 ―先日、指定暴力団、虎静会系武井組の事務所が何者かに襲撃された事件で、新たな手掛かりが…同一犯の可能性を…しており…―

「お待たせしました。月見うどん定食です」

 ―…同じ様に、壁にZEROと血の文字が書かれており…警察は組織的犯行とみて…有力な手掛かりを…―

「食べないんですか? うどん、冷めますよ、碇さん」

「あ、ああ。相良、そこの一味、取ってくれ」

 相良に言われ、碇は先程届けられた定食に箸を付けた。

 この時期になると、うどんは身体を程良く暖める。財布の中身まで暖まってくれればいいんだが、と碇は思うものの、彼の稼ぎでは女房、子供育てるので手一杯であった。それはそれで満足はしている。……まぁ、うどんは財布に優しいし、うどんを嫌いな日本人はいないだろう――。

「お待たせしました。メンチカツうどん定食です」

「あ、はい」相良の定食がテーブルに置かれた。

「若いってのはいいな。この歳になると重いもんは、次の日に堪える」

「何言ってんですか。碇さん、言う程、歳いってないじゃないですか。それより、ニュースもこの事件ばっかっすね」

 相良が体の良いお世辞を言いつつも、碇にニュースの話を持ち掛けた。

「ああ。この一週間で三件だ。世間も注目するだろ。こっちは三年も前から躍起になってるってのに」

 ニュースで報道されている事件に、碇は頭を悩まされていた。彼はこめかみを掻いた。

「おまけに、奴らを英雄視してる輩も増えてますしね」

「ああ、全くだ。今の時代、人殺しに英雄はない。人殺しは人殺しだ。ただやりにくいんだよなぁどうも。こういった輩が多いと」

「そうですね、分かります。世間は、警察が頼りないからこういう者達が出てきたって言う者もいるし」

 警察――。そう、碇宗一(いかりそういち)、相良武(さがらたける)は刑事である。こうして碇は時折、昼時になると部下の若い相良を連れうどん屋に顔を出していた。

 碇は今年で四十二歳になる。一方、相良はというと、碇と歳が半分近く離れており、今年で二十六歳。碇が昔ながらの渋い刑事の風貌に対し、相良は、髪は耳が隠れるほどの長髪に軽くパーマを掛け、スーツ姿は様になってはいるのだが、見かけは刑事というよりホストに近い。

 対象的な二人ではあるが、刑事という仕事は、その方が視野が広がり捜査には役立つらしい。二人は俗にいう、相棒というものだ。

 二人は今三年前からのある事件を追っていた。世間を賑わせている事件は三年前が始まりだったのだ。暴力団、虎静会系吉良組襲撃事件。現場は凄惨な有り様だった。新米刑事ともなると、現場の惨状を見て嘔吐する者もいた。

 壁には殺された組員の血でZERO。暴力団を襲撃し全滅させたのだ。その内、身元不明の遺体が二つ。警察は組織的犯行と断定した。

 碇はすぐ解決するだろうと高を括っていた。長年の刑事の勘というわけではないが、まるで犯人は素人だったのだ。洗練された組織の犯行とは、とても彼には思えなかった。

 しかしもうあれから三年。警察はまるで尻尾を掴めていなかった。いや、掴んだとしてもそれから先が出てこないのだ。

 そして、ZEROは暴力団しか襲撃しない。それが問題でもあった。世間からしてみれば、暴力団は分かり易い悪だった。今や相良の言うように、ZEROに対し英雄扱いする者が数々と増えているのが現状だった。

「世間ってのはなぁ、都合の良い時、警察を頼って、都合が悪くなりゃ、警察のせいにするもんなんだよ」

「碇さんって、何で刑事になったんですか?」

「世間の為」碇はうどんを箸で持ち上げ、息を吹きかけた。「間違いないです」そう言って相良はメンチカツを口に放り込んだ。

 どうも間が抜けている。最近の若い者という感じだ。愛嬌はあるのだが、碇には相良の真剣さが感じられなかった。

 ただ逆に、その若い感性に助けられる事もあるのは確かであった。どうも碇は古臭いらしく、若い者の意見に参考にさせられる事もしばしばあった。

 今の日本の文化の成長速度は、著しい程に早い。それに比例し、事件の質も時が経つと共に変化している。そのため、相良のような若い感性が重要になると、碇は自分の下に相良を付けていた。

「そういや、聞きました? この前、捕まえた受刑者の一人、通称ウル、舌噛んで自殺未遂したらしいですよ」

 全部飲み込んでから話せばいいものを、相良は口をモゴモゴさせている。またか、と碇は思った。頬が引きつっていくのを彼は感じた。受刑者の自殺は一度や二度ではないのだ。

「チッ、奴等は死ぬ事を何とも思っちゃいねぇ。看守から離れる際は、猿轡(さるぐつわ)でも何でもさせろっつってたはずだぞ」

「それが、食事中だったらしいんですよ。すぐ看守が救急車呼んだらしいんですけど。でも、本当に舌噛み切る奴っているんですね。そんな事しても、人間なかなか死ねないのに」

 相良はそう言うが、実際それでは死ねないということを、知っている者が少ないのが現状であった。よく時代劇などで拷問を受ける忍者が、舌を噛み切り自害するシーンなどがあるが、実際はそう簡単に人は死ねないのである。切られた舌の根が気道に詰まってなどは、都市伝説に過ぎない。ただ出血が酷すぎた場合、大量の血液が気管を塞ぎ、窒息状態に陥ったりすることは稀にある。それでも、やはり人間はそう簡単に死ねるものじゃないのだ。

 問題はこの、平気で舌を噛み切ろうとする受刑者である。死ぬ事を全く恐れていないのだ。

 ZERO。この組織は異常だった。犯人はすぐ捕まえられる。だが実態が出て来ないのである。まるでトカゲの尻尾切りだ。尻尾を捕まえようが確信には繋がらず、ZEROは次から次に暴力団を襲撃し、その間隔は日を増すごとに短くなっていく一方だった。

 通称ウル。これがまた厄介である。まだ身元確認が取れていなかった。本人は自分のことをウルと言うのである。彼は碇が現場で逮捕した。暴力団襲撃後だった。相変わらずの凄惨な現場は、ヤクザ組員の死体、ZEROと思われる者の死体が数体あった。その中に致命傷で意識不明のウルを救護、逮捕したのである。病院で気が付いた彼の第一声は「死に損ねた」だった。……イカレてやがる――。

 他にも碇は暴力団事務所を張って、襲撃を実行しようとした五人のうち、二人を現行犯逮捕した。彼等は暴力団以外を絶対に傷付けない。少人数の刑事でもすぐ取り押さえられるのだ。問題なのは、彼等は捕まる前に死のうとする事であった。

 ある者は自分のナイフで。ある者はどこで手に入れたのやら、小瓶に入れたシアン化カリウム、青酸カリと言った方が有名だろう、それを飲んで自害した。碇の懸命の対処で、何とか自殺させずに逮捕出来たとしても、彼等はZEROに関して全く口を割らないのだ。隙あらば、すぐに自分から死のうとするのである。碇を含め、警察は彼等の実態を掴めず、皆がピリピリと気を立たせていた。

「それで奴等は死ねるって思ってんだろ。一般的に、舌を噛み切ったくらいでは死なないって事を、知らない者の方が圧倒的に多いのが現状だ」

「ああ、そういえば、俺も最初知らなかったなぁ。でも、そういう事って結構ありますよね。全くの嘘とは知らずに、それが普通なんだって思ったり。専門家に聞いたら大恥、見当違い」

「まぁな。俺等刑事は、嘘を見抜くのが本業だ。世間には嘘が蔓延している。

 情報化社会ってのは便利な世になったもんで、今や、調べれば簡単に何でも知れる。インターネット等はいい例だ。ただ、沢山の知識が蔓延してる分、嘘もそれ以上に蔓延してる。その情報が嘘か本当かは、誰も教えてくれない。その道の専門家が本当だと言ったら、本当になる。

 警察だって嘘付いてる。隠蔽(いんぺい)ってやつだ。警察ほど世間の評価を気にする職業はそうはない。メディアで嘘を発表する事だって稀にある。それを嘘とは誰も思わない。まぁ、この日本国を構想、制作する政治家が一番の嘘付きだからな。日本が嘘で蔓延するのは、必然ってこった」

「碇さん。難しいです。情報化とか、政治とか」

「バカヤロウ。ちったぁお前も勉強しろ」

 相良は生粋の現場型だった。難しい事はすぐ投げ出そうとする。ただ若者の習性か、興味を持った事には無駄なくらいの知識を携えていた。

「仕事に関係ある事だったらしますよ」

 相良は最後のひと切れのメンチカツを箸で転がし、可愛くないことを言った。

「アホ。この仕事は、何でも関係してくんだよ」

「そんなもんすかねぇ」

「そんなもんだ。ほら、チンタラ食ってねぇでもう出るぞ」

「ええっ。一服くらいさせて下さいよ。今逃したらいつ吸えるか……」

 相良は最後のひと切れのメンチカツを、ご飯と一緒に掻き込み、お冷で喉に流し込むと、碇に対し子供の様に駄々をこねた。

「まぁ、そうだな。じゃぁ、一本くれ」

「ええっ。ちゃっかりしてますねぇ、碇さん。あれ? 碇さん煙草辞めてなかったですっけ?」

 相良は自分の煙草に火を付けると、碇に煙草とライターを差し出した。

「辞めてない。自分で買わなくなっただけだ」碇も続けて煙草に火を付けた。

「碇さん、ちゃっかりし過ぎです。まぁ碇さんも、もうちょっとのんびりしたらどうですか? 日本人は働き過ぎなんですよ。今はゆとりっすよ。ゆとり」

 若い世代は何かとゆとり、ゆとりと使いたがるが、実際、それによって得られた効果はあるのだろうか。碇はそれを疑問に感じることが多々とあった。まぁ、俺は何かと急ぎ過ぎる。こいつくらいのが相棒だと丁度いいのかもしれんな――。碇はそう思い直し、煙草の煙を天井に吐き出した。

 だが、そうのんびりともしていられなかった。次第に間隔を狭めいる事件は、もう始めから三年も経つのだ。

「お前、日本人は働き過ぎと言うが、今の日本の完全失業率は四%~五%。実質、失業率は三十%に迫る勢いだ。若者はのんびりしてる場合じゃないんだよ」

「碇さん。また難しいです」相良は、自分の口から吐き出される煙を目で追いながら、そう言った。

 ……こいつは……、絶対俺を馬鹿にしてやがる――。

 碇には彼から年配者を敬う気持ちを感じられなかった。警察組織はただでさえ、階級制度が特殊で上司と部下の上下関係は厳しいものがあった。彼の態度に碇は頭を悩ませた。ただ、彼がこういう態度をとるのは自分にだけであるということは、碇も知っていた。

「それとなお前、ゆとり、ゆとり教育っていうのは、政治家のでっち上げで、ゆとりを用い出してからの成果は何も得られていない。言ったろ? 嘘が蔓延してるって。ゆとりによって効果が得られたと思うのは、その嘘に誰も気付いてないだけだ」

「そうなんですか? 知らなかった」

 相良も、これには本当に驚いてみせた。

「嘘だ」しらっと碇は言った。「へ?」

 相良はぽかんと口を開けている。口からは煙草の煙が溢れていた。

「だから、嘘だ。ゆとりの話は」碇の嘘に、相良は唖然と口を開けたままだった。

 まぁ、若いのをからかうのも面白い――。

 結局は自分も相良もどっちもどっちだった。これが相棒と言うものなのだろうと碇は思った。

「ちゃっかりしてますねぇ」

「ああ。と言うことで、ここはお前の奢りな。おばちゃん! お勘定」

 碇は伝票を相良に渡し、そそくさとうどん屋の玄関を出ていく。

「いや、そのちゃっかりは頂けませんて。碇さん。いかっ」

「御会計は御一緒でよろしいですか?」

「あ、は、はい。り、領収書、下さい……」



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