9・零
九・零
バタン、と玄関のドアが閉じられた。
部屋に静けさが広がり、今まで、気にもならなかったエアコンの音が五月蝿く感じられた。
誠は改めて部屋を見渡した。自分自信でも、この凄惨な惨状を創り出したのが、自分だと信じられない。死ねると思った。でも、助けなければと思った。夢中で壊した。壊される前に、ただ、相手の壊れやすい部分を狙って。
結果、こうして誠は生き残ってしまっている。こうなった今、彼は自分が生き残るべき人間でないことを、改めて自覚した。
ふと、誠は太腿にチクチクとした痛みを覚えた。
……鉛筆、こんなに要らなかったな。
誠は、柚木の置いていったバックに、ポケットの中の鉛筆、シャープペン、ボールペンを入れ、そのバックを持って風呂場へと向かった。脱衣所に着くと、先程までチサが着ていた制服が床に畳まれてあった。
誠は、その場で服を全部脱ぐと、軽くシャワーで血を洗い流した。
シャワーを浴び脱衣所に出ると、エアコンの熱がここまで届くことはなく、冷えきった脱衣所の寒さに身震いをする。
続いて、彼は身体を拭き、バックの着替えを取り出すと、新しい服に着替えた。
靴下は、すぐに血が着いてしまうためか、誠は、血が付いた方の靴下を履き、新しい靴下をポケットに入れた。そして、新しい軍手をし、バックのポケットに入れて置いたポリ袋を取り出し、血の付いた自分の服とチサの制服を入れ、そのままバックにそれを詰め込んだ。
……包丁、どこに置いたっけ?
誠は一旦部屋に戻り包丁を探す。組長のデスクの上に形を歪に歪ませた包丁は置かれていた。
……モロカッタナ……。
歪んだそれを見て、誠は、人を殺してしまったことを改めて実感していた。そして、自分がもう、人と呼べない程、逸脱した存在であるということも……。
心が死んでいるからだろうか、頭では、人を殺すことの、その罪の重さを理解している。だが心は、その罪悪感を感知することが出来なかった。
自覚はしている。自分は、生きていてはいけない人間なのだと。もう、死んだ心は、常識の歯車と噛み合うことはない。
今の自分と人とでは、異常な程の価値観の違いが生じている。誠が、人の苦しみや哀しみが解らなくなったわけではない。だが、人の「生」に対する尊さが余り感じられなくなっていた。
母親は、「死」を望んでいた。今まで誠は、「死」を不幸の象徴として受け止めていた。しかし、母のように、絶対的に「死」が希望となるものも在るのかもしれないと、彼はそう思うようになっていた。今の自分がそうであるように……。
「死」が希望になるというのは、結果的には不幸なのだろう。「生」へ絶望した結果の、「死」への希望に過ぎないのだから。
誠と人との価値観の違いは、そこにあると言える。彼にとっては、その過程が問題なのである。人の「死」よりも、身体が死んでまう前に、「心」が殺されてしまうことの方が、誠には余程、その罪の重さを感じられたのだ。
……死ななきゃ、この街で死んだら中村先生達にも迷惑が掛かる。どこか遠くで死のう。お金……。
誠は包丁をバックに入れ、もう、死んで動かないヤクザの財布から札を抜き取っていく。そして、見た目、自分と歳がそう違わないであろう男の財布をバックに詰めた。
誠には、この男が世間を騒がせていた、寺田であるということを知る由はなかった。知ったとしても、今の彼にはどうでもいいことなのだろう。
彼は、バックを肩に掛けると、部屋のドアを開け、玄関に向かった。
誠は淡々としていた。自分がついさっき仕出かした事に恐怖を覚えることもなく、ただ、淡々とこの事務所から出る準備をしていた。
不思議な感覚だった。これほどの惨状を目の前にしても、平常心でいられる自分がまるで別人のように感じられた。
玄関に辿り着くと、柚木の靴下をバックの中のポリ袋に入れ、先に自分のスニーカーだけを玄関の外に出した。
足元には、夥しいほどの血を垂れ流した、ヤクザの死体が二つある。今の誠は、それを人とは認識せず、ただ、そこにあるそれを、モノのような感覚で捉えていた。
玄関を出て靴下を新しく履き替え、それから、先程外に出しておいたスニーカーを履いた。
スニーカーは、なるべく玄関の隅に置いていたのだが、ヤクザの返り血を浴びてしまっている。一方、バッグは底の方に多少血が付いていたが、バッグが黒色なため、血が目立つことはなかった。
外は人の気配がまるでなかった。
……見つかったら駄目だ。捕まったら、死ねなくなる……。どこに行こう。疲れたなぁ、眠たい……。
『誠は、この世にいちゃいけない人間なのよ。要らない人間なの!』
……分かってるよ母さん……、俺も今にそっちへ行くから。寂しがらないで……。
ヤクザの財布から抜いた金は全部で三十二万あった。
誠は、これほどの大金を今まで持った事がないため、使い道も分からない。取り敢えず、誠はコンビニで有り合わせの夜食を買い、行き場を探した。
体力はもう限界にきているのか、眠くて仕方なかった。誠はどこかの公園で野宿することも考えた。
街の夜風が身体を冷やし、行動力を失う。いっそ、このまま路肩で凍えて死ねたらなどと思うが、人間そう簡単に死ねるものではない。こんな夜中の街に、高校生が一人徘徊していれば、否応なしに補導されてしまう可能性もあった。その時、バックの中を見られれば、それこそ彼は死ぬタイミングを無くしてしまうだろう。
誠は、私服に着替えてはいるが、背は小さく、たまに中学生と間違われるくらい童顔なのだ。
ただ、光に群がる虫のように、ネオンのある方へ歩いていく。その先で、一つの看板に彼の目が止まった。看板にはカタカナで大きく「サイバル」と書かれてある。二十四時間営業のインターネットカフェである。
彼は、そこで一夜を過ごすことにした。
受付で身分証の提示を促され、学生証を出せば高校生と分かってしまうため、誠は少し焦ったが、彼は寺田の財布ごと持って来ていたこともあって、寺田の免許証を差し出した。
明らかに顔が違うというのに、受付のアルバイトは、よく確認もせずに誠をすんなりと中へ通すのだった。
ソファーに腰を掛けると、目の前にはパソコンがある。
誠は、検索サイトのホームページを開き、検索ワードを入れる。
―自殺 方法―
驚いた。全体の件数にじゃない。自殺をしたがっている人が、こんなに多くいることに。
そして、彼はひとつのサイトに目が止まる。
自殺者の集まるサイト。
―SUICIDES GATHER SITE―
―当サイトは自殺を考えている人どうしが、触れ合い生きる希望を持って頂く為のサイトです。決して、その行為の誘発、自殺の支援、援助は行なっておりません。―
そのサイトを覗けば覗く程、注意書きが全くデタラメである事が伺える。楽に死ねる方法、練炭自殺、服毒自殺、睡眠薬はどれだけ飲めば死ねるか、等。明らかに自殺者の支援をしている。
誠は、サイトを興味深く眺め、掲示板と記されたボタンに、マウスポインタを合わせクリックした。
ページを開くと、そこには、数々のペンネームでの自殺志願者の書き込みが羅列している。
中には、掲示板の中で知り合ったもの同士がオフ会などと称し、集団自殺を図る者も在るのだ。
誠は、掲示板に書き込みを始める。
174:名無しの自殺者 ID:jDOuQqnH
此処に集まる人は、本当に死にたいと思ってる人が集まってるとボクは信じます。
どうせ、死ぬなら、ボクに死について話してみませんか?
人のためになるかもしれません。
175:ロイド ID:Z/mz5OM+
>>174
はぁ? 皆、楽に死ねればいいの。疲れてんの。釣りか?
176:シノ ID:hu2uK8gx
>>174
アフィリは他でやりましょう。
177:名無しの自殺者
>>174
ねぇ、人のためとか偽善辞めて、早く死ねよ。
178:サン ID:IIj4tRUv
>>174
釣られてみる。
人のためって何? 臓器提供とか? 結局何がしたいの?
179:名無しの自殺者
>>178
図に乗るから辞めてクレ。
180:名無しの自殺者 ID:jDOuQqnH
>>サンさん
174です。
革命。
181:名無しの自殺者
>>180
痛い人発見。タイーホ。
182:名無しの自殺者
革命キタ━━━(゜∀゜)━━━!!
183:名無しの自殺者
自殺者捕まえて革命キタ━━━(゜∀゜)━━━!!
184:アル ID:WcMeu+6j
>>180
釣られてスマン
で、革命って? 何するの?
185:名無しの自殺者 ID:jDOuQqnH
>>アルさん
180です。
ここでは言えない。ただ、興味本意では、無理だと思う。死ぬ覚悟が革命に繋がる。
まず、会って死について話しませんか?
ボクが求めているのは、死ぬ事が希望になる者達です。ボクが求めているのは、コワレタモノです。
186:名無しの自殺者
>>185
いいからシネ。
187:サン ID:IIj4tRUv
>>185
なんか、だいそれたこと言ってるけど、名無しじゃ相手にされんよ。
釣られて、マジレスしてみる、俺、マジ今すぐ死にたい。
もう、ウンザリだ。興味本意のヤツもいるけど。ここに来てるのは大体死にたがってる奴ばっかだ。
真剣に話を聞いて欲しかったらまず、名を名乗れ。
188:名無しの自殺者
>>185
そうだ。名を名乗ってシね。
189:名無しの自殺者
>>188
名を名乗ってシネ。
190:アル ID:WcMeu+6j
>>185
オレもまず、名を名乗るべきだと思う。
191:名無しの自殺者 ID:jDOuQqnH
>>サンさん>>アルさん
そうだね。
ボクの名前は、 零
第一章、高校生編終わりです。
次話からは、舞台は四年後になります。世界観が大きく変わります。
ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。