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  作者: 中邑あつし
第一章
24/36

6・覚醒 後

投稿の際、同じ文章が繰り返し羅列するという、なんとも読みにくい失態をしてしまいました(-_-;)


読んでくださっている方々、申し訳ありませんでした。

改稿致しましたので、また何かありましたら、気兼ねなくお声を掛けてくださいまし。

 「どちら様でしょう?」

 男は覗き穴で外を確認する。

「あの、まとまったお金が入ったんで、今のうちに返そうと思って。

 ケイアイ・ファイナンスはもう閉まってたんで」

 玄関で待つ制服を着た少年が、まとまった金が出来たと言うのである。

 ……なんだ、ガキじゃねぇか。まぁいい、今は金が入り用だ。願ってもない。

 その彼の着る制服は、今が初冬であるというのに、長袖のカッターシャツであることに男は多少の疑問を感じられた。

 それでも状況が状況だった。訪問者が少年であることを確認した男は、始めこそ苛立ちを感じたが、今は少しでも金が必要なのは間違いがなかった。

「金はいくら持って来た?」

「三○○万ほどです」

 男は、少年ということに少し引っかかりはするものの、彼を中へ案内することにした。

「今、開ける」

 男は鍵のロックを外し、玄関のドアを開けた。

「ほら、こっちだ。来い」

「はい」

 男は、誠を部屋へ案内しようと背を向けた。

 ……待て、ガキは金をどこに持ってる……?

「ぎっ!」

 気付くのが遅かった。男がそれに気付き振り返る前に、誠の包丁は男の喉元を後ろから裂いていたのだ。

 男は喉から大量の血を噴き出し、みるみる誠の姿を褐色に染め上げていく。玄関の白い壁には噴き出した鮮血で赤黒い禍々しい模様を造り出した。

 誠は、自分に寄り掛かるように倒れるその男を、抱き込むように支えた。

 ……大きな音はさせないようにしなきゃ……。

 彼は初めて人を殺した。自分でも驚く程冷静だった。初めて人を殺したというのに、恐怖心も罪の意識も感じられなかった。

 それどころか、彼は自分の手で殺し、血をけたたましく喉から噴き出す男を、その腕に抱きとめているのである。白いカッターシャツは、その色を赤黒く染め上げていく。

 誠はそっと、死体となった男を玄関に寝かせた。

 ……まず一人。

 この事務所の角部屋という間取りが誠にとって幸いとなった。

 玄関の先は廊下を挟んで正面にドアがあるが、その先の部屋は普段使われることはない。廊下を左に向かえばすぐトイレがあり、そして、右に向かえば普段、組員達が集まる広い大部屋がある。

 人を二人も拉致している状況だ。大概の組員はこの部屋に集まっているはずなのである。そして、この玄関は大部屋のドアを開けても死角になる位置にあった。

 誠は、男を死角となる玄関に寝かせた後、トイレに身を潜ませ、息を殺し、次に来るであろう組員を待ち伏せる。

 ガチャッっと、もう一人の男が部屋のドアを開けた音を、誠は耳で捉えた。彼は、トイレのドアに耳を当て、男の足音に耳を澄ませる。

 ……足音は……、一人。

 誠は、よく耳を澄まさないと聴こえないほどの男の足音に、全神経を集中する。…………足音が……止まった。

「なっ、東っ」

 グサッ!

 その男が、東という男に対し発した第一声を皮切りに、誠はトイレから飛び出し、彼の頭を包丁で差し込んでいた。

 百均の包丁は、男の頭蓋骨を突き破る際か、先端が歪に曲がっている。即死だ。一撃で脳を刺したため、彼がこの男から悲鳴を出させることはなかった。頭を刺された男は、最初に殺された男に覆いかぶさるようにして絶命していた。

 ……二人目。

 今やシンと静まり返る玄関では、最初に喉を裂かれた男の喉元から、コポッコポッと泡立つ血の音だけが木霊していた。

 ……この先に、チサさんと柚木君がいる……。

 誠は、一度深呼吸をし、ゆっくりと大部屋へ向かいドアを開けた。




 ……誠……? コイツがチサや充の言ってた誠だって言うのか。どういうことだ。話と全然違うじゃないか。

 柚木は、先程発したチサの一言を受け入れきれないでいた。二人のヤクザを殺して来たと思われる、この血塗れの男に対し、チサは「誠」と言うのだ。

 彼がそれを信じられるはずがなかった。彼が聞いてきた、チサの言う、充の言う誠と、今、目の前にいる血塗れの少年が同一人物だとしては、その有り様は全く掛け離れすぎなのだ。

 そして、この男には、柚木自身が直接、最も恐ろしい目に遭わされていた……。

 忘れていた恐怖がまた全身を凍り付かせる。背中から流れ出る汗で、ベットリと制服の下のTシャツと皮膚が密着する。誠の出現によって、またここに訪れた「死」への恐怖心が、柚木のその身を震え上がらせていた……。


 ……一、二、三、四。四人か。そして、奥にチサさんと柚木君。

 誠は、組員の人数、そして位置を見極める。

 ここにいる誠以外の誰もが、突然の状況に固まっていた。無理もない。若干十八歳の少年が血塗れになり、片手に包丁を持っているのである。最初に玄関に向かった二人が、殺されていると彼等が察するのは、極自然の判断だった。

「貴様……、相原」

 佐伯が口火を切る。

「佐伯、知ってるのか?」

 組長が佐伯に問う。

「おい何だよ。父さん、どうしたんだ?」

 何とも間の悪い。誠の右手の方の扉から、一人の少年が出て来きたのだ。


 ……もう一人。五人……。


「馬鹿、来るなっ!」

 それが合図だった。組長の言葉も虚しく、誠の牙は寺田へと向いた。

「将生さんっ」

 寺田を守ろうと男が駆け込む。

「へ?」

 ブシュッ!

 駆け寄る男が間に合うことなく、誠の包丁は寺田の喉元を裂き、彼の喉から大量の鮮血が噴き出した。

「きゃぁあっ!」

 チサが悲鳴を上げた。


 ……残り四人……。


 すかさず、誠は寺田を守ろうと駆け寄った男に切り掛かる。

「貴様ぁ」

 だが、男の首を狙った誠の右腕は、怒りを露にする男の手により掴み取られる。

 すかさず誠はポケットの鉛筆を左手に持ち、相手の目を一瞬のうちに突き刺した。

「ぎゃぁぁっ!」

 誠の右手が空いたと同時、その右手の包丁を男の胸にひと突き……。

 男は絶命したのか、そのまま前のめりに倒れ、コッと床に軽い音を響かせた。目に刺さった鉛筆は、床によって押し込まれ、男の頭の中へとめり込んでいた。


 ……残り三人……。


 信じられない……。あっという間だった。誠はあっという間に、表情一つ変えず、二人の男を殺してみせたのだ。柚木には、もう彼を人として認識することが出来ないでいた。

 ……化け物……。

 人間とは思えなかった。こんな時にも、こんな状況にも、彼の目は……、死んでいるのだ……。

 柚木の身体はガタガタと震える。それはチサも同じだった。チサは恐怖で唇が震え、顎が縦に上下していた。

「なんで、なんで、なんでナンデ…なんで…………」

 チサは、聞こえるか聞こえないかほどの声で、同じ言葉を繰り返し呟いている。変わり果てた誠と、陰鬱で凄惨、この歪な惨状に彼女は錯乱していた。

「大丈夫だ。俺が守る」

 柚木は震える体を全力で止め、チサを励まし、少しでもチサの恐怖を和らげようと肩を密着させる。

 ……止まれ! 止まれっ!

 柚木は、胸の内でそう叫び、尚も震える身体に鞭を打つ。

 本当は怖くて仕方ない。だが、それ以上に、彼には恐怖で脅えるチサが心配でならなかった。彼は唇を血が出るほどに噛み締め、痛みによりその身体の震えを打ち消そうとする。

 その時だった。脇から一人の男が、チサの首にナイフを回し突き付けたのである。

「立てっ!」

「きゃっ! 嫌っ!」

 男は、チサを立ち上がらせ盾にする。後ろから回し込まれたナイフの切っ先がチサの喉元に当てられる。

「おい! 辞めろっ!」

 柚木は、男に精一杯の牽制をする。

 ……クソッ! ヤバイ! チサを人質にする気か……。

 柚木の不安は的中し、男は誠に声を荒らげる。

「包丁を捨てろ! この女の命がどうなっても、っえ?」

 男がチサを人質にした束の間だった。人質の交渉をさせる間も与えず、誠は男の頭を包丁で突き刺していた。

「い、嫌ぁぁぁあっっっ!」

 チサは、自分の目の前で起こされた出来事に絶叫した。

 そう。人質の交渉は間が大事だ。勿論、誠はチサを助けに来たのだから、チサに死なれては困る。問題は、相手の男がチサを殺しに掛かっているのではなく、彼との交渉を持ち掛けた事だ。

 いくらヤクザでも人を殺すのに躊躇いは生まれる。第一、交渉が成立する前に人質を殺してしまっては本末転倒。

 人質と言うのは、交渉があって初めて成立する。そして、その要求が決裂した時に、交渉を持ち掛けた相手によって、やむを得ず、最終手段として人質は殺されるのだ。

 人質の交渉をするには、誠とヤクザの距離は余りにも近すぎたのである。


 残り二人……。


 チサは、恐怖にその場で腰を抜かし小便を漏らしていた。

 チサを盾にしていた男は、頭からドロっとした血を流し、彼女の制服を汚し、死体となって彼女のすぐ側で横たわっている。

 気を失いそうになる。目の前に死体があるというのに、腰が抜けて動けない。

「フゥゥッ、フゥゥッ、フゥゥッ」 

 呼吸が上手く出来ない。呼吸の仕方がもう分からなかった。生臭い鉄のような血の匂いと、自分の小便の匂いが鼻を付く。

 恐怖で泣き、そして、叫んだ喉が痛い。下唇は強く噛み締められ、鼻水を糸引き垂れ流す。

 そして、誠はチサの耳元に顔を寄せると、彼女に一言囁くのである。

「ごめんね……、チサさん」

 そう言うと、今度は、誠がヤクザの死体を持ち上げ盾にする。

「テメェ、本当に相原んとこのガキかっ?」

 言いながら、佐伯が事務所にあった木刀を持ち、誠に襲い掛かる。

 佐伯が振り下ろした木刀は死体の肩にめり込んだ。

「チッ」

 佐伯は舌打ちをしながら、もう一度木刀を振りかぶる。

 誠は死体を佐伯へ向かい、力一杯押し込んだ。佐伯はすかさず死体を受け流すが、その一瞬が命取りだ。

「ゴフッ」

 佐伯の胸には包丁が突き刺さり、彼は口から血の塊を垂れ流し、膝から崩れ落ちた。


 ……残り一人……。


 誠が視線を移すと、組長は引き出しから鞘のない刀、ドスを取り出し身構えていた。

 身構えていたことが間違いなのだ。組員は数人いた。いくらでも隙があった。ドスを持っているのなら、その隙を見逃してはいけない。仕損じて死ぬのが怖いのなら、組長にはいくらでも逃げる余地はあったはずだった。

 少なくとも、組員達は皆、組長を庇いながら戦っていたのだ。

「ガキィ、貴様何モンじゃぁ。うちの組、終えてしまっただろがぁ」

 怒りに顔を上気させ、去勢を張ってはいるが、組長のドスを持つ手はガタガタと震えている。

 そんな光景を誠は知っている。立場は逆だった。それに、持っていたのはデッキブラシだった。

「何笑ってやがる。貴様ぁ」

 どうやら、誠は知らぬ間に顔が笑っていたらしい。

 あの時は、デッキブラシを持っていようが、まるで不良達に歯が立たなかった。怖かった。人を傷付けるのが。殴られる痛みを知っているからこそ、思いっきりデッキブラシで殴って、大怪我を負わせてしまったらどうしようと……。


 ……けど今は、デッキブラシでもこいつを……


 ………………殺セル……。


「逃げてもいいよ」

「あ?」

 誠の言葉に組長は驚く。

 この惨劇を生み出した張本人が自分に逃げていいなどと言うのだ。

 組の面子やヤクザのプライドは、今はどうだってよかった。逃げなければ確実に殺される。

 ……この男はヤバイ。イカレている。

 組長は、長年ヤクザをやっていれば、頭のイカレた者、ヤバイ者は腐るほど見てきていた。それ等は皆大概が、目が(すさ)み、汚れていた。澱み、腐っていた。

 人が苦しむ姿を好物とし、陥れ、死ぬ様を楽しむイカレた人間。それは、自分の息子も例外ではなかった。

 だが、今、目の前にいる少年は、そのどれにも当て嵌らない。目が死んでいる。死んでいるが、驚く程澄んでいるのだ。

 人を殺すことに何も感じていない。何の感情もなく、ただ、目の前の敵を殺しているだけだ。まるで、機械と対峙しているような錯覚さえ覚える。心が感じられない。心が視えない。心がない人間なんているのだろうか。もし、いたとしたならばそれは……、


 …………バケモノだ…………。


「アンタも死ぬよ。逃げてもいいよ」

「く、この落し前、必ず着けるぞ」

 組長はそう言い残し、部屋の出口へとドスを持ったまま走り出す。

 大の大人が、十八歳の少年に脅え逃げる姿は滑稽で無様だった。ただ、今この惨状を前にして、それを笑える人間など果たしているのだろうか。

 誠はその姿を見るなり、柚木達の方へ振り返る。

 その時、今が機と、組長は誠に向かいドスを振りかぶったのである。

「誠ぉっ!」

 咄嗟だった。何故自分が彼の名を叫んだのか解らない。だが、柚木は咄嗟に叫んでいた。

 彼が何故ここへ来て、これほどの惨殺を繰り返すのか解らなかった。ただ、目撃者である自分等が、彼にとって邪魔な存在であるのは確かなはずだ。殺される可能性だってある。

 それというのに、柚木はただ夢中で彼の名前を叫んでいたのである。

 誠は、柚木の声と同時に、包丁を横一閃に振り返る。

「ちぃっ」

 誠の一閃は空を切り、組長は舌打ちと共に振りかぶったドスを振り下ろす。

「なっ……」

 柚木は、もう誠の死を疑わなかった。

 だが、どういうことか、驚きの声を発し、苦悶の表情を浮かべているのは組長の方なのだ。

 組長のドスは空を切り、そのドスを持つ両腕は誠に覆いかぶさるようにして、ドスの鞘の部位が誠の背中に位置していた。

「貴様ぁ……」

 柚木は、何故組長が苦悶の表情を造っているのか理解出来ない。明らかに優勢だったのは組長だったのだ。だが、組長が振り下ろすドスには、力が失くなり、ただ、重力に任せるように腰を低くした誠の背中に預けられたのである。

 そして、その理由は、時間の経過と共に柚木に晒されることになる。

 誠は右手の包丁で組長の胸を刺すと、そのまま彼に覆いかぶさるように、身を預け絶命した。

 誠がそれを払い除けると、死体となった組長は仰向けに倒れ込み、 その左胸にはボールペンが突き刺さっていた。

 誠は、振り返り際に包丁を横に一閃すると同時に、ポケットから取り出したボールペンを左手に持ち、すかさず組長の胸にそれを刺し込んでいたのである。

 柚木は、改めてその人間離れした彼の行動に驚愕した。

 ここにいた組員達は、相原誠という少年の手により、全てその命を失ったのである。

 誠は死屍累々の中、最後に殺した組長を見つめ、その場で佇んでいた。


 ……0……。




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