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  作者: 中邑あつし
第一章
22/36

5・真相

 五・真相



「おら、早く歩け!」

 両腕を後ろに縛られ、目隠しをされたまま歩かされていた柚木は、男の蹴りによって、背中を壁に強打し、床に座り込んだ。

「そこでおとなしくしてろ」

 男は柚木にそう言い放ち、その場からの気配が消えた。

 ……クソッ! どこに連れてこられた。分かりゃしねぇ。

 柚木は、佐伯等によって連れてこられた場所が把握出来ないでいた。両手を後ろ手に縛られた上、目隠しまでされている状況では、判りようもなかった。

 ここが室内であることは、連れられた時のドアの開ける音で理解出来たのだが、目を閉ざされた今は、聴覚、嗅覚等、五感の一つを駆使して場所を検討する外ない。

 すぐ隣で肩が触れているのは、たぶんチサだろう。耳元で微かに呼吸をする音が聴こえる。心無しか、その肩は震えているように思えた。

 室内には数人の足音が聴こえる。会話はボソボソと何を話しているか分からなかった。自分の真上にあるのか、エアコンの音の方が五月蝿く感じられるのだ。

 取り敢えず、考えるよりもこの場を何とかしなければならない。柚木にはまだ口が使える。

「おい! ここはどこだ!」

 どこの誰とでもなく、柚木は自分達の連れて来られた場所を問い質した。

「目隠しを外してやれ」

 意外にも、柚木の目隠しはすんなりと外されたのだ。

 長い間、目を塞がれていたせいもあって、部屋の明かりが眩しく彼の目を貫く。次第に目が慣れてくる。柚木はまず、チサの無事を確認した。やはり、隣で肩を震わせていたのはチサに間違いなかった。

 チサには始めから目隠しはされていないようだった。しかし、彼女にも柚木に同じく、両腕を後ろで縛られている。

 柚木は、彼女の無事が確認出来ただけでもよかったと胸をなで下ろした。だが、状況が最悪なのには変わりはないのだ。

「チサ、大丈夫か?」

「うん」

 そう答えるが、チサの声は恐怖で震えていた。

「おい! こんな事してお前等どうしようってんだ?」

 柚木には、何故チサまで巻き込み、こんな事をされるか見当がつかない。少しずつにしろ、父は毎月、期日には借金を振り込んでいるのだ。それ以上に解らないのは、奴等は始めからチサが狙いだったっということだ。

 組員は見る限り、全部で七人。柚木はもし、身体の自由が解けた時の対処を頭で廻らせる。手が自由になったところで、完治していない両手は使い物にならない。相手は七人で、しかも喧嘩なれしているであろうヤクザなのだ。頭に奴等を倒すイメージを何度もするも、三人までが限界だった。嫌な汗が彼の全身を纏う。

 すると、頭を廻らせている柚木に、飄々とした声が掛けられるのである。

「初めまして。君が柚木太成かぁ」

 見た目、柚木とそう歳の違わない男が、柚木に興味を持ち話し掛けてきた。切れ長の人を嘲るような目は、彼の内面からきているように感じられた。

 ……こいつは誰だ? 俺を知ってやがるのか。

 自分の名前を呼ぶその男が、柚木には全く誰だか分からなかった。

「誰だ、テメェ」

 男は、その質問を待ってましたとばかりに喜々に答える。

「捜してたんでしょ? 俺の事」

 自分を捜していた君なら、俺のことは判るはずだろと言いたげに、男は逆に柚木へ質問した。

 ……何言ってるんだ? こいつは……。

 だが、柚木には会ったことさえない人物を、この混乱する状況で特定することが出来ない。

「お前なんか知らねぇ。誰かと勘違いしてねぇか?」

 男は変わらず喜々としていた。

 ……何がそんなに楽しい?

 柚木は、男の切れ長の目、いやらしく吊り上げる口元、仕草、そのどれもが気に食わなかった。

「おかしいなぁ。甲斐君、元気?」

「な? 何でお前が……」

 男は柚木に確信を持たせるため、甲斐の名前を口に出した。

 ……まさか? コイツが、この男が寺田だってのか。

 それなら説明がつく。柚木がこの男を捜していたことは事実だった。甲斐と寺田が繋がっているのなら、柚木のことをこの男が知っていてもおかしくはない。

 ただ、何故寺田が今ここにいるのだ。目隠しを取られた今でさえ、ここがどこだか解らないが、拉致られて来た現場に寺田がいることが不可解でならなかった。

「さずがに馬鹿でも気が付いたみたいだね。どうだった? 俺のゲーム」

 ゲームと、寺田は喜々に嘲笑った。

 その怒りが柚木に沸沸と込み上げてくる。拉致されて来たという今の状況さえ忘れさせるほどに。

「ゲームだと? ふざけんな! テメェ! あんな事して一体何がしたいんだ!」

「だから、言っただろ? ゲームだよ、ゲーム」

 分かっていた。いつ頃からかこの男、寺田はただ、脅えるガキを見て楽しんでいる、そう痛感していた。ただ、それを直接寺田の口から聞くと、胸の奥に沈めていた怒り、憎悪が吹き出してくる。

 ずっと、彼はずっと柚木が捜していた男だった……。仲間の甲斐を巻き込み、親友の充を死へと追いやった寺田。その男は、今更、柚木の前に姿を現したのだ。

 ……ずっと捜していた奴がこんな形で……。こんな、こんなガキのゲームのために充は……。

 柚木の顔が怒りで歪む。腹の底からマグマが喉元まで打ち上げられる。腹を、喉を破りマグマが噴き出してきそうな感覚に襲われる。

 例え、もうこの手が使えなくなろうとも、思いっきり殴ってやりたい。歯痒い。ギリギリと歯を軋ませ、ギチギチと縛られた縄を鳴らす。今、ずっと憎み捜し続けてきた男が、自分の目の前にいるというのに、寺田を殴るための手は縛られているのだ。

「ぶっ殺してやる……」

 柚木を支配する怒り、憎悪は、寺田への殺意に変わる。

「太ちゃん。ダメ」

 チサが柚木を宥める。だが、宥めるも何も両手を後ろ手に縛られた柚木は、結局何も出来ないのだ。

 それでも、チサは止めなければと思った。ギチギチと縄を鳴らす彼の形相が、余りにも獣じみていたのだ。その彼の手首は、痛々しく染まり、手の先は、血流を止められ紫色に変色していた。

「きゃはっ、その顔を見るのがたまんないんだよ。ゾクゾクする。君のその顔を造り上げたのは、他でもない俺なんだから。

 でも、このゲームも終わり。飽きちゃったし、金、失くなっちゃったし」

「話はそれぐらいでいいだろ。将生」

 ここの組長だろうか。立派なデスクに座る男が寺田に言う。

「もう少し話させてよ」

「分かった。あまり、時間取るなよ」

「分かったよ。父さん」

 ……父さん…だと……?

 寺田は、デスクに座る男を父さんと呼んだのだ。

 ……そうか、そういうことか。

 もっと早く気付くべきだった。帝劉会系列の寺田組。ここは寺田組の事務所なのだろう。解ってしまえばこれほど簡単な事はない。寺田は、ヤクザの金を使って人を動かしていたのだ。

「でも、つまんないなぁ。こんな感じで終わっちゃって。俺的にはさぁ、もっと色んな手掛かり掻き集めて、証拠掴んで、それで犯人はお前だ! みたいなの想像してたんだけど」

「ふざけんな! テメェのそのゲームのせいで充は殺されたってのか!」

「ああ、あれかぁ。あれは予想外だったなぁ。藤井充、アイツはマジで頭キレる。俺と甲斐の繋がりを一番初めに気付いたんだから。

 別に誰も殺すつもりはなかったんだけどね。焦った甲斐が勝手にやった事だよ」

「やっぱり、甲斐が……。何でお前と甲斐が繋がってるんだ?」

「なんとなくは解るだろ?……金だよ」

 ……まただ。また、内臓が捩れる。吐きそうだ。金。金のために甲斐はダチの充を裏切り……。

 何でだよぉ、甲斐。お前等あんなに仲良かったじゃねぇか……。そんなに金が必要だったのかよ……。

 死を覚悟したあの一件以来、棘が無くなり影を潜めていた憎悪は、明らかな殺意となって柚木を支配していく。

 中学校から培ってきた、仲間との信頼は、金の力でいとも簡単にねじ伏せられ、甲斐を裏切りへと導いた。そして、金の力で街を翻弄し、一人の男の命を奪ったのだ。

「この世界にいるとさ、金で人を裏切る奴とか、甲斐みたいに金で人を殺す奴、金のために人を売る奴。家族さえ裏切る奴。色んな奴が視えてくる。それで、思ったんだ。金でどこまで、人を操れるんだろうって。

 そんな時、借金の取立てに興味持って、たまたま佐伯に着いて行った先が、甲斐んとこってわけ。借金返済に頭回らなくなった甲斐に、借金チャラにしてやる変わりに、俺の手足になってもらったわけ。最初は甲斐も断ったんだけど、目の前に大金積んだら、目の色変わっちゃって。怖いなぁ、金の持つ魔力は」

 寺田は、相変わらず喜々としていた。

 ……狂っている。ヤクザの息子ってのは皆こうなのか?

 醜悪に立ち振舞う寺田を、柚木は下から睨み上げることしか出来ない。自分の無力さに腹が立った。

 一方、チサは柚木の隣で俯き、声を押し殺し泣いていた。悲しみ、そして、彼女も自分では何も出来なかった悔しさを抱えて。

「腐ってやがる。人の弱みに付け込みやがって」

「人聞き悪いなぁ。俺は選択させただけ。俺の手足になる事を選んだのは甲斐自信だ。でも、金の力は凄いね。街中のガキが翻弄される様は見ものだったよ。

 でも、藤井充が死んでからさ、甲斐、なんか壊れるし、今や音信不通。ちょうど飽きてきちゃったし、父さんの金も失くなったし」

「そこまでだ。これ以上、ガキの話に付き合ってられん」

 そう言うと、組長は寺田の話を切り上げさせる。

「分かったよ」

 寺田はつまらなさそうに引き下がった。

「ああ、それと将生、この件で使った金は、甲斐んとこの借金と合わせて六百万。お前は特別に利息一年一割で許してやる」

「な、何言ってんだよ、父さん。冗談だろ?」

「冗談言ってどうする。甘ったれるな。お前みたなガキが自由に出来る金など一銭もない」

「嘘だろ? わ、分かったよ。ここでみっちり働けばそのうち返せる」

「勘違いしてないか? 将生。高校卒業したら、お前は家を出て行け。お前には組は勤まらん。俺の知り合いで泊り込みの労働施設がある。そこで、六百万全て返済するまで働け。お前が思ってる以上に金は尊い」

「嫌だ。俺は行かないからな。父さん」

「勝手にしろ。お前には生命保険たんまりと掛けている」

「え? 父さん? クソ! ふざけんな!」

 父の言葉に寺田は、声を荒らげた。

 寺田の父は、自分の息子を強制労働施設に送ろうとしていた。そこは、人が人として扱われず、奴隷として強制労働を強いられる場所であった。生きて外に出る者は、過半数に満たないという。

 柚木も、そういう施設があることは、噂ながらに知っていた。

 ……腐ってやがる。ヤクザってのはとことん。金。金。金。

 金の為に自分の息子まで売り飛ばすのか。

 つい先程まで、殺意さえ芽生えさせていた寺田に対し、柚木は同情してしまう。それほど、施設の凄惨さが柚木には想像に伺えたのだ。

 だが、寺田は自業自得だった。彼がどんな目に合おうとも、藤井充はもう戻らない。

 そう、彼がどうなろうが、充は生き返らない。柚木は、寺田へ殺意を抱いていたことに対し、馬鹿らしくなっていた。

「おい。誰かこのガキを黙らせろ」

「し、しかし」

「構わん」

 組長に言われ、男達が寺田を抑え込む。

「え? な、何だよ。お前等! 俺にこんな事してただで済むと思うなよ! おいっ!」

「将生様、すいません」

 寺田の抵抗虚しく、寺田は別室に連れていかれた。

「さぁ、ここからは大人の話だ」

 そう言うと、組長は机に両肘を付け、顎を両手の甲に乗せた。

「チサを拐って何するつもりだ」

 一難去ってまた一難、柚木が組長に噛み付く。

「威勢がいいなぁ。そんな奴は嫌いじゃない。うちの馬鹿息子も柚木君みたいだったら苦労せずに済んだものだ」

 そんなことは柚木にはどうでもいいのだ。すぐに質問に答えようとしない組長にまた怒りが込み上げる。ここに連れて来られてから、柚木の顔は歪みっぱなしだった。

 さっきの寺田にしても、チサには何の関係もなかった。元々、彼等がここに二人を連れて来た確信は彼女なのだ。直面する問題が先送りになるほど、柚木の不安は大きくなる。

「質問に答えろ。チサをどうするつもりだ」

「何、こっちも切羽詰まっててね、早急に金が必要なんだ。一千万」

 相変わらず、両手の甲に顎を付いた姿勢で、組長は軽々と一千万という大金を口に出した。

 ……い、一千万?

 その途方もない金額に、柚木は驚きを隠せない。馬鹿げている。そんな大金、どうにか出来るわけがないのだ。

「む、無理です。そんな大金、うちの会社でも払えない」

 その余りの金額に、聴き手に徹していたチサは、顔を上げ声を震わせ訴えた。

「チサの言う通りだ。子供が子供なら親も親か。ここの奴等は、皆頭がイカレてやがる」

「それは、困ったなぁ。娘さん死んだら、お父さん悲しむだろうねぇ」

「い、嫌っ」

 チサの顔が恐怖で引き吊る。

 ……ふざけるな、ふざけるなフザケルナッ! クソッ! クソッ!

 チサの命が危ない。柚木は必死に縄を解こうとするが、キツク縛られた縄は手首に食い込むばかりだ。手が引き千切れてもよかった。例えその両手が無くなろうとも、残った腕でチサを守れるなら。

 だが、人の力では硬い縄をどうすることも出来ず、ギチッギチッと絞るような音を響かせるだけで、柚木の腕に自由を取り戻すことが出来ない。

 絶望が襲い来る。血の気は引き、全身の毛が逆立つ。

「さぁて、取り敢えず千紗さんのお父さんに電話しよう。おい」

「はい」

「辞めろぉ!」

 柚木の静止も聞かず、組長の合図で佐伯は携帯に手を掛けた。その時……


 ピンポーン。


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