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  作者: 中邑あつし
序章
2/36

2・喧嘩

 二・喧嘩



 ドカッ!

 背中に強烈な痛みが走る。壁に叩きつけられた背中が悲鳴を上げている。相手の飛び蹴りでの衝撃より、そっちの方が致命傷だ。

「これで終わりじゃねぇだろ? 柚木」

 背中の痛みに耐えながら、相手を睨み返す。

 柿原宗一(かきはらそういち)。清領高をシメている。百八十センチ近くある身長と、やけに老けたその顔付きは、まるで同じ高校生とは思えなかった。

 柚木と柿原の喧嘩はこれで五度目。四勝一分。

 喧嘩にも、いろいろな理由がある。派閥争い、誰が一番強いか、仲間がやられた、等。柚木には、この喧嘩がどんな理由かなど分からない。

 いや、理由など興味がなかった。ただ、喧嘩する度に強くなっている柿原と喧嘩するのが楽しくて仕方ないのだ。

「バカヤロウ。喧嘩の最中に喋ってんじゃねぇよ」


 川原に柚木と柿原が腰掛け、柿原が煙草に火を付けた。

 互いの制服は所々が破れ、互いの顔は見れたものじゃない。柚木の自慢のリーゼントはやる気なく項垂れ、柿原の左目は視界を遮るほど腫れ上がっていた。

 川の流れは穏やかで、茜の夕日が、川に斑なオレンジ色の光を彩っている。時折、風が傷口を撫で、心地よい痛みが柚木等を包み込む。

「おい、煙草一本くれよ。柿原」

「は? テメェの吸えよ」

「持ってねぇんだ。俺が勝ったんだ。敗者は、煙草一本くらい献上しろ」

 柚木の言動に、明らかに柿原が怒りを覚えている。

「テメェ、頭イカレちまったんじゃねぇのか? 勝ったのは俺だ。先に気ぃ失ったのはテメェだろうが」

「先に立ち上がったのは俺だ。それに、お前がもう動けないと分かったから、俺は寝ただけだ」

「んだとぉ! もう一回やっか?」

「メンドクセェ」

「またそれかよ。ちっ、ほらよ」

 馬鹿らしくなったのか、柿原は柚木に煙草を差し出した。

「サンキュ」

 柚木は、煙草を咥え、顎を柿原に突き出した。

「ん?」

「火」

 柿原の顔に怒りが露になる。

「テメェ。ナメてんのか」

「火、持ってねぇんだ」

「ちっ、分ぁったよ。テメェで付けろ。」

 柿原はバツが悪そうにライターを差し出した。柿原はなんだかんだと言っても面倒見がよく、後輩達からも慕われている。柚木は、そういった柿原を男として心から尊敬していた。

「よぉ、最近、清門高の噂知ってっか?」

 柚木が煙草に火を付けたのを確認すると、突如、柿原が思い詰めた顔で問掛けてきた。

「噂? よく分かんねぇけど、清門高の奴ら、最近、幅利かせてんのか、ウチのもんが何人かやられてる」

「お前んとこもか。清門高に寺田ってのが転校してきたらしいんだが、そいつがヤベェらしいんだわ」

「ヤベェって、強ぇのか? 珍しくヘタレてんじゃねぇか」

 柿原がらしくないことを言うので、柚木は悪態を付いてみせる。だが、柿原は、意外に悪態に噛み付きもせず語り始める。

「いや、なんか、違うんだ。その、なんつっていいか、俺らガキは、頭悪ぃし、喧嘩しか能がねぇかもしれねぇ。でも、それでも、シガラミだらけの大人になる前に、ガキのうちしか出来ないこととか、拳ひとつでどこまでいけるかとか。下らねぇかもしれんけど、そういったもんだろ?

 そりゃぁ、頭に血ぃ昇って刃物だしたり、下手したらイカレたヤロウが人を殺したりすることもある」

 柿原が、頭悪いなりに何かを伝えようとしているのは分かるが、柚木自信、頭が悪いため、柿原が何を言いたいのかうまく伝わらなかった。

「で、結局、何が言いたいんだ。その寺田ってのが誰か殺ったのか?」

 柚木は答えを急いだ。柚木にしてみれば、柿原が結論を先延ばしにする理由が解らなかった。

「いや、寺田自信は何もしていない。いや、何もしていないこともないか」

 柿原の言動に柚木は、ますます訳が分からなくなる。

「どっちなんだよ」

「わりぃ、何つっていいか、そいつは、直接喧嘩もしなけりゃ、表にも出てこないらしんだ」

「なんだそれ。そんなん、ただのイモじゃねぇか。そもそも、寺田なんてホントに居んのかよ?」

「あぁ、全くだ。俺も、寺田って奴が本当に居て、表立ってくれりゃ、どんなヤバイ野郎でも、ぶち噛ましてやるんだが。まるで、実態が掴めやしねぇ。それに……」

 聞けば聞くほど、柿原の言っている事が理解できない。柚木の頭は、複雑な事に追いつける程の思考を持ち合わせてはいなかった。

 というか、柚木にとって寺田の存在が居る居ないは、どうでもよかった。なんだかんだと、清門高をシメてしまえば、それで済むと考えていた。

「それに?」

 柿原が、何か言いかけていたのを思い出し、柚木は続きを促した。

「どうも妙なんだ。ウチの奴等は清門高にやられたっつってた。でも、奴等が着ていた制服は大滝高だったって言うんだ」

 急に辺りの空気が張り詰めた。いや、辺りの空気が張り詰めたのではなく、柚木自身が動揺し、そう感じただけだ。

「どういうことだ。ウチの高校じゃねぇか」

「あぁ」

 訳が分からない。大滝高の制服を着ているのなら、何故、清門高にやられたなんて。

 そもそも、自分の高校の者が清領高に手を出すはずがない。いや、それは間違いか。大滝高と清領高はもともと仲が悪い。だが、だからこそ、大滝が清領に手を出したら、それが自分の耳に入らないわけがないのだ。

 柚木は訳が分からないながらも、柿原の言ったヤバイ、その空気を感じ始めていた。

「お前の疑問は分かる。制服がテメェんとこだから、テメェが絡んでると思っていたがどうも違うらしい。それに、テメェんとこの制服来た本人が自分は清門のもんだと言ったらしい」

 胸糞悪い。ムカついたから殴る。テッペン取るために喧嘩する。それは、そういった単純なものじゃない。

 ……なんか、ドロドロしてやがる。

「マジ、訳分かんねぇ」

 柿原はかまわず続ける。

「俺は、始めはテメェんとこが清門に下っちまったって思った」

「んあ? んな訳ねぇだろ」

 柿原が、予想外なことを言うので、柚木は苛立ちを隠せない。だが、冷静に考えれば柿原がそう考えるのが自然なのだ。

「まぁ、一本吸えや」

 柚木に対し柿原は冷静だ。場を見据えている。頭に血が上っていた柚木も冷静さを取り戻し、煙草に火を付けた。

 そして、それを見届けてから、柿原はゆっくり続きを語りだす。

「ところがだ。次は、ウチの制服着てるもんが清門の名を語ってるのを見た奴がいてな。そいつにゃぁ、俺も驚かされたってわけよ」

「で、どうなってんだよ? ぁあ?」

 イライラする。ついさっき、冷静になったはずなのに。

 柚木はどうしようもないイライラを柿原にぶつけた。自分に対し冷静な柿原が、余計に自分をガキの様に感じさせてしまうのだ。

「そう、突っかかるな」

 以前、柿原は冷静だ。ますます自分が小さく見え、柚木はただ、ぶつけようのない怒りを、川面へと石を投げつけた。

「で、俺なりにいろいろ調べたんだ。そこで、少しずつだが見えてきやがった」

 柚木は、口を挟むと結論が遠ざかることを覚えたのか、黙って聞いている。

「金だよ」

「金?」

 金。嫌な響きだった。柚木の周りには何かとそれが付き纏う。柚木は金の持つ怖さ、汚さを、身をもって知らされていた。柚木にとっての喧嘩はそれを忘れるための手段に過ぎないのかもしれない。

「そう、金。寺田は、金で人を動かしている。清門だけに限らず、他校も巻き込んで」

 虫酸が走る。内臓が捩れる感覚に襲われる。

 金で苦しんだ分、金の怖さを知っているからこそ、柚木は金持つの絶大な力も知っている。金で人の心を動かすことが出来るのか? 答えはYESだ。全ての心、全ての人が金で動かされるというわけではないだろう。だが、現実、大概のことは金で人は動くのだ。

 この街では、負け知らずの怖いもの知らず、最強を誇る柚木太成でも金の力には憤りを感じるほかなかった。

「で、その寺田の野郎は金使って人集めて、何がしたいんだ?」

「分からん」

「なっ?」

 ここまで、話しておいて分からないのでは、結局、結論なんて出ない。

「俺は神さんでもねぇし、寺田の評論家でもねぇ。ない頭絞って、ここまでは調べたんだ。バカにこれ以上期待するな」

 柿原の言うことは最もだ。柿原が寺田のことを調べていた時、柚木は周りに目もくれず、ただ、喧嘩し、はたまた校舎の屋上で昼寝をしていた。そんな柚木が、柿原に全てを求め、苛立ちをぶつけるのはお門違いなのだ。

「まぁ、寺田って野郎が何か企んでんのは間違いない。テメェもそれ肝に命じて用心するこった」

 柿原は、たまに親父くさいことを言う。だが、柚木は、柿原のこういったとこを憎めないとも思うのだ。

「じゃ、俺、帰るわ」

 そう言うと、柿原は、手を後ろ手にひらひらさせ、単車に跨ると、低い排気音を川原に響かせ帰路に向かった。柚木は、ただそれを眺め、柿原の姿は次第に無くなり、単車の低い排気音だけが遠くで聞こえている。

「ちっ、俺の場所がまた無くなっちまったじゃねぇか」

 柚木にとって仲間、喧嘩といった自分の空間が、また、金によって奪われた気がして、ただ、その場で立ち尽くすしかなかった。


『その、柚木くんは、屋上が一番落ち着く場所かもしれないけど、もっと、もっと、たくさん自分の場所があると思う。たくさん。だから』


 ……なんで今、テメェが頭ん中にいんだよ。

「笑けてくらぁ」


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