17・産声
十七・産声
気が付くと、目の前に血だらけの男が倒れている。手には男の血で染まった握り拳程の石。彼の制服は、男の帰り血で赤く染め上げられていた。
「ぅわぁっ。何だよ、コレ……」
……俺が……、やったのか? 何で?
誠は血塗れで倒れている男の顔を覗き込む。
…………ッッッ! 柚木…君……?
「ぅっ、うわああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっっっ!」
……何だよコレ? 何だよ! ホントに俺がやったのか? ウソだ! どうして! 柚木君!
何が起きているのか解らなかった。自分がやったなんてまだ信じられない。誠は無我夢中で公園に向かい走っていた。
はっ、はっ。呼吸が乱れる。空気が足りない。息の仕方が思い出せない。ゼェッ、ゼェッ。足が縺れ、何度も転びそうになる。だが、止まれない。止まると恐怖に飲み込まれそうで、止まることが出来ない。ゼェ、ゼェ、ゼェッ。
「ゲホッ」
誠は、咳き込み両膝に手を付いた。気付けば、彼は公園に辿り着いていた。辺りは暗くなり、子供達の遊ぶ姿はない。彼は必死に制服に付いた血を、公園の水道水で洗い流す。
……落ちない。落ちない。落ちない……。
制服の血は薄く伸びるものの、流れ落ちてはくれない。
誠は、頭から水を浴び、全身を水で洗い流す。びしょ濡れだ。水に頭を冷やされ、彼は次第に自分がした事を思い出していく。
……あれは俺が……。
誠の手にシャープペンで柚木を刺す感覚、石で頭を殴りつける感覚が鮮明に蘇っていく。オカシイ……。蘇れば蘇るほどに恐怖が薄れている。
……オカシイ。どうなってんだ、俺……。
異常だった。自分が自分でないような気がした。自分から明らかに恐怖をいう感情が薄れてきている。最も異常と思えるのは、つい先程まで取り乱し、錯乱し、公園まで走って来た自分が他人のように滑稽に思えるのだ。それどころか、その少し前、柚木を壊そうとしていた誠の方が本当の自分に思えてくるのである。もう解らない。自分が理解出来なかった。
……本当の自分は、ドレナンダ……?
……今日はもうツカレタ。帰っテ寝ヨウ。
「ただいま」
誠の声を聞き、余程心配していたのか、中村は玄関に駆けて来た。
「誠くん、心配したのよ。急に出っ、どうしたの? 顔、酷い怪我じゃない!」
中村は誠の余りにも変わり果てた姿に驚きを隠せなかった。
誠の顔は、青痣が出来るほどに腫れあがり、制服は夥しいほどの血が付着している。付け加え、彼は全身びしょ濡れなのだ。
「ちょっと、不良に絡まれて」
「すぐ、救急箱持ってくるから」
中村は慌てて救急箱を取りに向かおうとする。
「いいです。すいません。俺に構わないで下さい」
「え、でも……」
「この位、大したことありません。後、食事はこれから一人でしますから」
「何言ってるの? ご飯は皆で食べる決まりなのよ。誠くん、家族なんだから」
「お願いです! 一人にして下さい!」
「あっ」
誠は中村を振り切り、自分の部屋へと向かった。中村は、彼のただならぬ喧騒に黙り込むしかなかった。
誠は、部屋に入るなり制服を脱ぎ、ベッドに入り薄い掛け布団にくるまる。真夏というのに異常な寒気が襲う。
死のうと思った。死ぬために外に飛び出したというのに、自分はこうしてまだ生きている。
……疲れた……。今は死ぬ気力もない。
布団を頭から被り、膝を抱え震えている誠の耳に、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
「誠くん。救急箱、ここに置いとくね。後、制服、洗濯しとくからここのカゴに入れといて」
中村は誠を気遣って、深く踏み込もうとしない。今は、そっとしておいて欲しい。彼女の気遣いは誠にとって今は凄く助かった。
「ありがとうございます」
中村が去ったのを足音で確認すると、誠は救急箱を手に取り、血に濡れた制服をカゴの中に放り込んだ。
……オカシイ……、これだけの事があったのに何でこんなに心が軽いのだろう。何もかも失って、死を覚悟したからだろうか。いつ死んでもいいと思うと、周りの人間が小さく見える。
……コロスコトニ、タメライガナクナル。
誠は再び布団に入り、深い眠りに就くのだった。
ここまでで、序章も終わりです。
拙い文章を、ここまで読んで頂いた方は本当にありがたいです。
序章なんで、もっとコンパクトにまとめるべきでしたね。
次からは第一章に続きます。