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  作者: 中邑あつし
序章
14/36

14・決別

 十四・決別



 悲しみに更ける時間さえ、誠を取り巻く環境は許してくれず、家に帰れば夫婦喧嘩は日常に行われ、時に彼へ飛び火さえもたらし誠を苦しめた。また、学校へ行っても彼へのイジメは日を増すにつれ、よりエスカレートしていた。彼には、この者等が一人の人間が死んで悲しみに暮れた人達と、同じ人間とはとても思えなかった。

 理解出来なかった。誠を虐め、嘲る者の中には、葬式に参列し藤井の死に泣いていた者もいる。式場でそれを見た時、彼はこのイジメをしている者に対し、僅かでも人間味を感じていた。それに虐げられる自分は、もしかしたら人間以下なのかもしれない。

 それに付け加え、自分に降り掛かる苦しみ、痛みが誠に余計に生を実感させる。それに対し、その痛みさえ感じられなくなった藤井充、その死をより一層実感させた。それらは、誠に悲しみの根をより深く張っていくのだった。

「誠くん、今帰り?」

 後方からの自分を呼ぶ声に振り返ると、そこにはチサが両手を後ろに鞄を持ち、涼し気な顔をしていた。

「うん。チサさんも?」

 チサと会話をするのはいつ振りだろう。誠は、それが随分と久し振りな感じがした。話したい事は山程ある。ただ、どう切り出していいか分からなかった。涼し気な顔をしてはいるが、チサはどこか無理をしているようなのだ。

「うん。なんだか、久し振りだね」

「うん。そうだね」

 相槌しか出来ない自分がもどかしい。

「ちょっとさ、公園行ってみない?」

「うん。俺、あそこ落ち着くんだ」

「誠くんも? 私もそうなんだ」

 少し嬉しくなる。チサと藤井、二人に出会ったあの場所が、自分と同じように、彼女にとっても落ち着ける場所だと言うのだ。人と共感しうることが、それが彼にはとても嬉しかった。

「じゃ、行こうか」

 誠が言うと、チサは静かに頷いて一緒に公園に向かう。

 公園までの道程、心配していたほど会話は途切れることもなく、二人は公園に辿り着いた。どちらかが先導したわけでもなく、二人共、足が自然と最初に出会ったベンチに向かっていた。

 二人がベンチに腰を掛けると、誠はいよいよ言葉を詰まらせた。二人共、藤井充を会話に出すことを避けていた。だが、藤井に関して彼が、いや、この二人がいつまでも会話を避けて通れるはずもないのだ。誠は静かに切り出す。

「ここだね。俺達が初めて話したの」

「そうだね。あの時は大変だったんだよ。誠くん気失ってて、公園まで充くんが誠くんを背負ってきてくれたんだよ」

「うん、感謝してる。優しいもんな、藤井君」

 ……重かったろうな。俺、ガリガリだけど、あの場所から公園まで随分と距離がある。

「うん。でも、可笑しかったなぁ。充くんが誠くんを膝枕なんかしちゃって」

「あの時はビックリしたな。男に膝枕ってのもだけど、その膝枕してる男が有名な藤井くんだったから」

「そうだね。今思えばあの時の誠くん、相当キョドってたもんね」

 そう言って、チサはついこないだのことを随分昔の事のように懐かしむ。そう、実際、誠達は出会って一ヶ月も経っていなかった。

「俺、初めてだったんだ。友達出来たの」

「うん」

「本当に嬉しかった。幸せだった。二人が友達って言ってくれて」

「うん」

 チサは涙を浮かべ、誠の話に静かに耳を傾けている。

「悲しいけどさ、藤井君は幸せ者だなって思えるんだ」

「どうして?」

 静かに聞いていたチサは誠に問掛けた。

「藤井君には、こんなに自分のために悲しんでくれる人達がいて、仲間に囲まれて」

「そんな訳ないじゃん。充くん死んじゃったんだよ? もう、その友達と笑ったり、泣いたりも出来ないのよ」

 チサは誠の発言に少し苛立っているようだ。

「ごめん。ただ、俺は藤井君がいなくなっても、皆の中にはちゃんと藤井君が息づいていて、柚木君も藤井君のために血眼になって、寺田って人捜してて。それで……」

「どういうこと? 太ちゃんまで出して。太ちゃんはもう寺田って人の事は関わらないって言ったのよ。私と約束したの。それなのに、どうしてそんなこと」

「いや、その、柚木君は親友の藤井君のことを思って、それに、チサさんのことも……」

「あなたに私達の何が分かるって言うの? 分かったような事言わないで!」

「ご、ごめん……」

 怒らせるつもりはなかった。ただ、少しでもチサを元気付けようと誠が取り繕った言葉は、元気付けるどころか、逆に彼女を怒らせてしまったのである。

 実際、幸せだったかなんていうのは、本人にしか判らない。それでも、誠は、藤井に対する沢山の人達の思いを目の当たりにし、自分にこれまで屈託のない笑顔を見せていた彼は、幸せだったのではないかと思えたのだ。

 ……そうだ……。俺に何が分かるっていうんだ。友達になって一ヶ月も満たない俺がいい気になって、友達ぶって分かった風な事言って。

「ごめん。私帰るね」

「ま、待って……」

 チサは誠の静止を振り切り、走って帰っていった。

 取り残された誠は、ただ、呆然と立ち尽くした。自分から立ち去ろうとするチサを止めようと伸ばした右手は、何も留めることも出来ず、虚しく空に浮いていた。

 ……どうして、ねぇ? 藤井君、どうしてだろう……。チサさん、俺に笑顔で話かけてたけど、凄く辛そうだったんだ。だから、元気出して欲しかった。だって、友達だから……。


『あなたに、私達の何が分かるって言うの? 分かったような事言わないで!』


 チサの最後の言い放った言葉が、誠の頭に木霊する。

 ……俺には分からないのかな? 友達の接し方なんて分かんないよ。だって、初めてだったんだ。友達が出来て嬉しかったんだ。友達亡くして悲しかったんだ……。

「ごめんね、チサさん……」

 誠は、やりきれない思いを独り呟いた。

 ……また、一人になっちゃった。いや、もともと俺はいつも一人だ。そうして今まで生きてきたんだ。これからだって……。たった一ヶ月も満たない短い友達くらい、失くしても全然平気だ。平気なんだ。平気の……、はずなのに……。


 ……どうして、涙が止まらないんだろう…………。





 その夜、家に帰って自室で冷静さを取り戻したチサは、誠に感情的になってしまったことを後悔していた。

 ……どうして、私、あんなこと言ったんだろう。

 気が滅入っていた。充の死に。誠が自分を励まそうと、元気付けようと言葉を掛けてくれていたのは、今になって痛いほど痛感出来る。ただ、柚木の名前が彼から聞かされたとき、胸に畝ねるものがあった。彼女は知らなかったのだ。寺田のことはもう干渉しないと言った彼が、未だに寺田を追っていたことを。それで、気が動転してしまった。ほぼ八つ当たりだった。

 そして、充の死で誰もが嘆き苦しんでいるというのに、その場に不釣合いと彼女には思えたのだ。「幸せ」、という言葉が。

 どういう気持ちで彼がそれを言ったのか、理解しようともしなかった。ただ、闇雲に抱え込んだ悲しみを彼に吐き出した。彼の目が、余りにも澄んでいたから……。


 ……明日、誠くんに謝らなきゃ。


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