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  作者: 中邑あつし
序章
13/36

13・死

 十三・死



 藤井充が死んだ。


 甲斐に呼ばれたと言い、商店街に向かった藤井は、その後、甲斐と一緒にいるところを清門高と名乗る者等に、後ろから鉄パイプで頭を殴られたらしかった。軽傷だった甲斐は警察の事情聴取、事の次第をを聞きつけた、チサが病院に向かったのだそうだ。

 緊急手術を終えたものの、入院中、容体が悪化した藤井は、懸命の医者の対応も虚しく、死に至ったのである。

 ……何も知らなかった。ホームルームで先生に聞かされるまで。藤井君がどうして……。

 誠には実感がまるで湧かない。学校帰りの今にも、「よう、誠」と藤井が声をかけてくるのではないだろうか。有り得ない。藤井は、もうこの世にはいない。有り得ない期待を膨らませ、誠は時折、後ろを振り返り藤井の姿を捜すのだ。彼はまだ、充がいなくなったという現実を受け止めきれないでいた。

 ……なんで、藤井君なんだ。あんなに元気だったじゃないか。ラーメン食べに行くんだろ? チサさんと柚木君も連れて。どうしていなくなったりするんだ。

 友の死を受け入れきれない誠は、藤井と約束したことを、もうそれに答えることが出来ない彼に問い掛けるのである。

 藤井と友達になってまだ幾何も経っていないというのに、誠に自分でも驚くほどの辛さが伸し掛る。それに比べ、小さい時からずっと一緒だった幼馴染を失ったチサは、どれ程の辛さを抱えているのだろうか。

 藤井が襲われたのは誠と別れた後、甲斐と商店街で。あの時、ふと、虫の知らせがしたのを覚えている。ほんの小さな予感だった。だが、藤井の死がその後に訪れるなど予想出来ようがない。

 ……俺は甲斐くんに会ってみたいって、無理にでも藤井君に付いて行けばよかった。そしたら、藤井君は死なずにすんだかもしれない。

 誠が鉄パイプを持った相手に何か出来る訳ではない。それでも、鉄パイプで殴られる可能性は自分にもあったかもしれない。そしてその結果、死んでいたのは自分だったとしても、藤井が死んでしまうより、そうであった方が余程良かったのではないだろうか、誠はどうしようもない後悔を、何度も何度も頭に巡らせるのである。


 誠は、途方も無く歩いていくと、気付けば藤井と初めて会った公園に来ていた。彼は心の拠り所として、この公園を無意識に求めていたのだ。

 ベンチに腰掛け、誠はただ、このまま日が沈むのを待っていようなどと思った。夕方の公園は、小学生程の子供達が所狭しと遊び回っている。それとは裏腹に、誠のいる空間だけが、まるで別世界にいるような錯覚を覚える。時間があっという間に過ぎ去るようで、それでいて、ゆっくりと流れている感覚。時には、時間が止まっているようにさえ感じられた。

 ふと気付けば、誰かが忘れていったのか、ベンチの脇にある煙草が目に付いた。その箱の中には、数本の煙草とライターが入っている。

 ……藤井くんと同じ銘柄だ。美味いのかな。

 藤井と同じ銘柄の煙草を吸えば、少しでも彼に近づけるような気がした。誠は、見よう見まねで煙草を咥えると、ライターで火を付けた。

「ゲホッ、ゴホッ」

 生まれて初めて吸い込まれた煙草の煙は、肺に拒絶され、誠は酷く咳き込んだ。咳き込むほどに、肺に残った煙は誠の喉を刺激し、喉が悲鳴を上げる。彼に咥えられていた煙草は、音も無く地面に落ちていた。

 泣けてきた。藤井がよく吸っていた煙草、それにさえ拒絶されたようで涙が溢れる。藤井の死を聞かされて、今まで、不思議と誠の目に涙が流れる事はなかった。だが、一度流れだした涙は、もうどうしようもなく止まらない。受け入れきれなかった現実は、煙草によって思い知らされ、友を失った悲しさを背負いきれず誠は人目も憚らず嗚咽した。

 ……友達と言ってくれた時、本当に嬉しかった。それなのに……。

 藤井やチサ、彼等と過ごした日々は、ただ毎日をやり過ごしていた誠に幸せを与え、生きる希望さえ抱かせた。本当に楽しかった。本当に嬉しかった。それだけに、それを失った今、計り知れないほどの哀しみが彼に降り掛かる。

 嗚咽し、唾を飲み込む度に喉は痛みを訴える。それでも涙は止まらない。両手の甲で涙を交互に拭う。ただひたすらにむせび泣き、鼻水、ヨダレを垂らした。辛くて、哀しくて……。

 そして、その彼の足元では、落とした煙草が無情に煙を上げていたのだった。

 ……明日、藤井くんの葬式がある。ちゃんと別れを告げなきゃ。


 葬式場には藤井の親類始め、クラスメイト、仲の良かった友人等が参列し、各々が藤井の死を悲しんでいる。

 チサは目を腫らし、その友人と共に涙に暮れていた。初めて経験する葬式は、悲しみに溢れている。皆、失った藤井充の悲しみに涙する中、当の本人の遺影は、清々しい程の笑顔で中央に置かれている。

 遺影の写真の笑顔が余りにも生き生きとしていて、それがより一層、誠を悲しくさせた。

 と、式場の入口が騒がしくなる。藤井の両親達が誰かと揉めているようだ。

「……来た。お前等が充を……返せ!」

 よく聞き取れない。

「柚木くん」

 チサが入口へ掛け込もうとするが、藤井の親類だろうか、中年の男がチサを足止めした。

「行っちゃ駄目だ」

「だって、柚木くんが」

 納得出来ないチサは必死に男に訴えかけた。

「すまない。でも、察してやってくれ」

 男は、チサの気持ちが解らないわけではないため、その表情は苦悶に満ちていた。

「でも、充くんが死んだのは、柚木くん達のせいじゃないのに、そんなの……」

「仕方ないんだ。充君の両親もそれは頭では理解している。だが、一人息子を亡くした悲しみを誰かにぶつけるしかないんだ。例え、その友人が充君の死に何の関係もなくても」

「そんなの……、だって、おかしいよ。親友なのに……」

 チサは、その場に力なくしゃがみ込み泣き崩れた。

 納得出来ない。そんなのは間違っている。親友の見舞いも許されず、葬式でさえ参列させて貰えないなんて、余りにも悲しすぎる。チサは本人達の意思を無視した、両親の行動に納得がいかなかった。

 ……チサさん。

 誠は、そのやり取りを終始、握り拳に力を込め、ただ黙って見ていることしか出来なかった。


 その後、葬式はしんしんと進み、充の眠る棺桶が中央に開かれる。式場のスタッフが花を参列者に配っている。

 まず、家族、親類からその花を棺桶に供え、藤井との最後の別れを迎えていく。安らかに眠る藤井の周りに、色鮮やかな花達が敷き詰められていく。悲しみの嗚咽が式場に響き渡る。

 誠は、もう目覚めることのない藤井の姿を見ることが出来ず、その場から動こうとしない。彼にはもう動かない藤井を目の当たりにし、現実を受け止めきる自身がなかったのである。棺桶は静かに閉ざされ、遺族達の手により霊柩車の中へ運ばれた。

 両手を併せ、悲しみに泣き濡れる者を後に、霊柩車は追悼のクラクションを重く鳴らし親類と共に火葬場へと向かって行ったのだった。

 結局その日、誠はチサに声を掛ける事が出来なかった。ただ下唇を噛み、泣かないようにするだけで精一杯だった。

 沢山の人達が泣いていた。誠は改めて、藤井が皆に好かれていたことを実感した。皆、それぞれが藤井のいなくなった悲しみを抱えている。チサも、家族も、友人も。最後の別れをさせて貰えなかった柚木はどんな気持ちなのだろうかと、誠は、まだ話したこともない藤井とチサの親友のことを思った。

 ……親友なのに……。

 藤井が生きていれば、自分に紹介してくれるはずだった柚木は、誠の憧れだった。彼は、藤井の話の対象として毎回その中に存在していた。例え一緒にいなくても、二人には繋がりのようなものが感じられたのだ。それが絆というものなのだろう。二人はいつまでも一緒なのだろう思っていた。

 ……こんなの、藤井君も柚木君も可哀想すぎるじゃないか……。


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