選ばれし者編「サーシス」
常闇の空間で断末魔とアンノウンが手合わせをしている。
その傍らではノベレットが腕を組んで二人を眺めていた。
「随分と古風な稽古をつけているのだな」
その時、誰のものでも無い声が空間に響き渡った。
すると突如、ノベレットの横で炎が燃え盛えはじめる。
そしてそれは人の形に姿を変え、やがて炎の中から男が姿を現した。
断末魔とアンノウンは思わず動きを止めてしまい、男を凝視する。
男は身長の高いノベレットよりさらに高く2メートルにも及ぶほどだった。スキンヘッドに黒い肌で白い装飾だらけの服を着ている男はなによりも赤眼が特徴的だった。
「あなたこそ古風な登場をするのね」
ノベレットが言った。
動きを止めずっと凝視している二人を男は見る。
「これがお前の選んだ戦士か。よくわからん選別だな。それにしてもなぜ効率の悪い訓練をさせている?」
「能力を高めて上げるだけなら簡単よ。経験値を無理矢理上げてやれば良いだけだし、ドーピングアイテムを使うのも手ね。けど、今この子達に養わせたいものは実戦経験なの。これだけは本人にリアルな経験を積んでもらうしかないわ」
「我ならばそれらも含めてもっと効率的に伸ばしてやれるがな」
「へぇ」
「ただし代償はあるがな。……少し手を貸してやろう」
男は二人に近付き言った。
「我の名はサーシス。大魔法使いの端くれだ。ノベレットに代わり少しお前達の面倒を見よう」
「大魔法使い……様。は、初めまして」
アンノウンはサーシスの放つ異様な威圧感に圧巻される。
そんな中、ノベレットが言った。
「その人レアキャラよ。私もほとんど会わないわ。大事件があっても顔を出さないのに今回の魔人の件には積極的に顔を出してくるのよねー」
「世界の行く末を見届けるのが我が使命。そして今回の件は人間にとって大きな分岐点だと判断した」
サーシスはそこで一度黙り込むと、アンノウンを指差して続けた。
「よし、ではまずお前の力から試そう。かかってこい」
アンノウンはサーシスと戦闘をする事に利益を見いだしたのか、素直に構えをとって言った。
「……はい。お願いします」
「out of nowhere『夢幻と威光』」
サーシスが静かに魔法を唱えた所で、アンノウンが飛びかかる。
すると身動きしないサーシスの手のひらからイバラのツタが飛び出し、アンノウンを突き刺しては宙に浮かせた。
「おい! 不明瞭!」
思わず叫ぶ断末魔。
サーシスは鼻で笑うと言った。
「案ずるな。この魔法は幻。何の支障もない。まぁもっとも現実にすることも出来るがな」
イバラのツタがガラスのように砕け散り、常闇の地に散乱する。
解放されたアンノウンは、地に着地すると突き刺さされた無傷な腹部を確認して言った。
「不思議な魔法……」
「古来から魔法は不可能を可能にするために作られた。この魔法はその思想を根強く継いだ魔法と言えよう。魔力の消費が少ない幻による攻撃を仕掛け、もしその攻撃が有効、もしくは決定打になりうるならそれを現実へと化する」
「あーう……。すごい合理的な魔法ですね!」
「あぁ。それにしてもこれでお前は1度死んだ事になる。次はそうならんように合理的に動け。命は一つしかないのだからな」
アンノウンは大きく頷くと魔法名を口にする。
「ミュー『slepton』」
するとその手に柄から刀身まで白の短剣が握られた。
そして駆け出す。
対してサーシスは半歩前に進んだ。すると突如、地面から半透明の壁が我先にと背競り上がる。
アンノウンがその壁に衝突し、行く手を拒まれていると、あろう事かその壁はアンノウンの方へゆっくりと傾いていった。
そして逃げ場を無くしたアンノウンに覆い被ように倒れ、アンノウンの額に壁が衝突した所で所で壁はガラスのように砕け散る。
ガラスの破片を被るアンノウンにサーシスは言った。
「お前は2回死んだぞ」
アンノウンは短剣を強く握りしめ、また駆け出した。
そしてまたしてもサーシスの手のひらから現れるイバラのツタがアンノウンを襲う。
そして今度は取り囲むようにアンノウンをツタとツタの間に閉じ込めた。
静まりかえる空間でサーシスが溢す。
「……ふむ。期待外れか? 我も目が鈍ったものだ」
しかしサーシスにとって異変が起きた。
と言うのもアンノウンがイバラのツタを伝い、突如、手元のイバラの根元の中から飛ぶように姿を現したのだ。
そしてアンノウンは短剣でサーシスの首元に切りかかる。
サーシスはそれを下がって回避すると、宙に浮くアンノウンの細い腹部を巨大な手でわし掴もうとする。が、アンノウンの腹部が水に溶けた絵の具のようになって掴み損ねてしまう。
思わずアンノウンを睨むサーシス。
するとあろう事か、アンノウンが大爆発を起こした。
腕を顔の前で交差させ、爆発を耐えしのいだサーシスは笑いながら言った。
「はっはっはっ! そこまでだ! 素晴らしい成長と発想だ。まさか我に幻を見せてくるとは思わなかったぞ。そして待避場所も考えたな。姿を見せると良い」
そう言われてアンノウンはノベレットの背後から姿を現した。
「お褒めの言葉ありがとうございますっ」
「我の攻撃を凌いで尚、余裕そうだな。不思議なものだ」
先にノベレットが言った。
「この子は天才よ。特殊な補正が掛かっているもの。一度受けた魔法に耐性が付く特性」
「あーうー、そんな良いものじゃないよー。それに大魔法使い様の魔法によるダメージが無かったからですよー」
「なるほど。これは確かに代償を払う必要もないな。これからも精進するが良い。お前なら大魔法使いをも狙える」
サーシスはそこで一端区切ると断末魔の方へ振り向き続けた。
「次はお前の番だな」
「……Re:Union『再結合』」
断末魔は魔法名を口にすると、地面から引き抜くように、装飾された鎌を取り出した。
「良いぞ。いつでも向かって来るが良い」
断末魔は1つ頷くと駆け出した。
しかしサーシスからの攻撃は無く、断末魔は難なくサーシスに切りかかる。
しかしサーシスはそれをも回避することは無かった。
そしてサーシスの首に大鎌が振り掛かる。
「弱いな。避ける価値もない」
しかし振り払われた大鎌はサーシスの首に掛かっただけでそこで動きを止めてしまった。
「見掛けだけの武器を手に取り満足か? 小僧」
サーシスは大鎌の刃に手を伸ばすと、お菓子を千切るように刃を割った。
「稽古はここまでだな。これ以上は無意味だ」
「おい、待てよ……! まだだ! THOD『断末魔』」
断末魔が魔法を唱えると、背後に魔方陣で作られた扉が現れた。
対してサーシスは千切り取った刃を扉に向けて投げる。
するとそれだけで扉は、派手に割れてしまい姿を消した。
「魔力をまるでコントロール出来ていない。学園で学んで来ると良い」
「ふ……ざけやがってぇ! 学園のナンバー4がこの様だと……!?」
「肩書きにすがる事ほど見苦しいのものはないな。それにしても学園の生徒も質が落ちたものだ」
「俺は何の為に努力してきたってんだ……?!」
「たった十数年の努力ではないか。たったそれだけで満足の行く結果が残せるのであればそれは、もはや努力家ではなく天才だ」
そこでノベレットが横槍を入れる。
「その子、天才だったのよ。ついこないだまではね。私の手によってだけど」
「それを我が才能と、我が努力とほざくのが哀れなだと言っている。だがまぁ、今度は我が天才にしてやらんでもない」
俯いていた断末魔が顔を上げる。
「俺はなんだって良い。力が欲しいんだ」
「力か……。良いだろう。与えてやる。だが今以上に苦しみの道を辿るだろうが覚悟の上か……」
「力が得られるなら構わねぇよ」
サーシスは笑うと言った。
「愚かな……。背を向けろ」
断末魔は言われるがまま背を向けた。
サーシスの手から光の玉が放たれる。
それは断末魔の背の魔方陣に直撃すると、断末魔は声も出さずに倒れ込んだ。
「断末魔君!?」
「案ずるな」
サーシスがそう言ってすぐに断末魔が立ち上がった。
「あァ。心配いらねェ。最高の気分だァ」
その様子を見ていたノベレットは怪訝そうに聞く。
「魔方陣に細工を……? あなたがそんな事まで出来るとは思わなかったわ」
「なに。お前のした細工に少し手を加えただけだ。だとしてもこれが限界か」
「大魔法使い様よォ。これほどの力を授けてくれて感謝するぜぇ」
「ところで代償を話しておかないといけないな」
「代償ォ……?」
「今のお前の力は、お前が今後なりうる最高の強さを誇る状態だ」
ノベレットがまたしても横槍を入れる。
「と言う事はフルステータスカンストね。逆に考えればこれ以上の成長は見込めないって事よね」
「あぁ、その通りだ。自分の限界に気付いてしまうのは想像を絶する絶望だからな」
「これが俺の限界……?」
断末魔は黙り込んでしまう。
サーシスはそんな断末魔をよそにノベレットに言った。
「我が出来るのはここまでだ。また機会があれば会おう。さらばだ」
サーシスはまた炎となって消えていく。
ノベレットはその燃えカスに返事をした。
「近々魔人と戦うイベントが起きるわ。またその時ね」
そしてそのまま断末魔へ振り返り続けた。
「という事であなたの出番はここまでね。友達の治療は済ましておいたから退場願いまーす」
「お、おい。不明瞭はァどうすんだァ?」
「決まってるわよ。ここで訓練続行よ」
ノベレットのその声を最後に、断末魔は突如足元に現れた穴に落ちていく。そして気がついた時には見知らぬ病院の前に立っていた。
「ちきしょう……!」
断末魔は近くの病院の壁を殴る。それにより壁が雪崩のように崩れ砂埃が舞った。
「こんな程度なのか……! 俺はよォ……!」
断末魔は病院を眺めて続けた。
「とりあえずあいつらを迎えに行くしかねェか……」