選ばれし者編「魔人と人間とハーフと」
埃が舞う常闇の王の間。そこに一人、玉座に腰掛ける非禁禁忌。
「非禁禁忌……。お願いがあるの」
そこへ対面の扉から、輪廻が歩み寄る。
「魔人と愚かな大魔法使いを止めたいのだけど、手伝って頂けないかしら?」
輪廻は顔の横で片手を広げ空に向けて言った。
非禁禁忌は足を組み直すと、その手にイバラが絡み合って出来た剣を出現させ、輪廻の足元に投げて地面に突き刺す。それにより静かな風を生み、輪廻のドレスと剣の赤いバラの装飾品を揺らめかせた。
「この剣は何かしら?」
「……ありとあらゆるモノを禁ずる剣、その内の一つ。お前に預ける」
輪廻はその剣を手に取ると横に振り払い、満足げな表情を浮かべては剣を空間の狭間に隠し去った。
「ありがたく借りるわ。それよりあなたは戦ってくれないのかしら?」
「……その時がくればな。すぐに来る」
輪廻は少し沈黙するとそのまま非禁禁忌に歩み寄り、空間の狭間から質素な椅子を取り出す。それおを玉座の横に並べるとそこへ腰掛けた。
「まだその時じゃないのね。まぁいいわ。ところでここはどう言った場所だったのかしら?」
「……避禁忌避の間」
「避禁忌避……?」
「……人間が最も恨むべき存在であり、魔人の王。覚えて無いか」
「知らないわ」
「……無理もないな」
「どうして?」
「……存在を禁止している」
「だけど私が避禁忌避と言う名前を認識できたって事は……」
「……そう、その時が来たようだ」
非禁禁忌は徐に立ち上がると、初めからそこに居たように永久機関の前に立ちはだかる。
輪廻が気付いた時には、既に周囲は薄暗い廃墟になっており、崩れ落ちた壁や砕け散る窓の外からは木々が遮った後の微かな光が届いていた。
「意味が分からないわ……。何が起きたと言うの? まさかと思うけど距離が離れている事を禁止したのね……」
思わず質素な椅子から立ち上がった輪廻は前方を睨みながらぼそりと呟く。
その輪廻が見つめる先の、非禁禁忌よりさらに一回り体が大きい永久機関が特に慌てる事無く話し出した。
「とうとう動き出したか。呑気な事で」
「……かつては魔人を統べていた側のお前が、こんな所で何をしている。堕落者と変わらないじゃないか」
「まぁ、お前もこんな所に来た時点で同類だがな。それにしても良かったぜ。お前の禁ずる魔法は万能では無かったようでな」
「……何が言いたい?」
「避禁忌避。この言葉を認識出来るって事は、あのお方は復活なさるようだ」
「……戯言を」
「だがそれが事実だろぉ?」
永久機関は非禁禁忌の胸倉を掴み上げ、殴り飛ばそうと腕を引く。
しかし非禁禁忌が軽く永久機関の胸を押し飛ばしただけで、巨体が吹き飛び廃墟の壁を貫いた。
永久機関はそのまま何枚もの壁を貫き、床を転がりながらも着地すると、再び非禁禁忌との距離を詰める為、駆け出すが既にそこに非禁禁忌は居ず、永久機関の肩を背後から掴んでいた。
「相変わらず無茶苦茶な力な事で!」
永久機関が背後へ拳を振り払う。
しかしその拳が非禁禁忌に届く前に永久機関の体が勢い良く地面に叩きつけられ、その事に本人が気が付いたのも床に顔を擦り付けてからだった。
慌てて立ち上がる永久機関。周囲を見渡すと、あろう事が全ての景色が逆転していた。
非禁禁忌と輪廻が天井に立ち、それだけでなく散乱する瓦礫やゴミまでもが天井に吸い付いている。
そこで永久機関は気付いた。逆転しているのは自分で、その自分が天井に立っている事に。
「くそ、手品みたいな真似しやがって」
「……手品で済むといいがな」
非禁禁忌は背後に魔法陣を出現させると、そこへ腕を突っ込み、透き通った剣を引き抜く。
それは徐々に色を得、実体を露にすると、永久機関の足元へ投げ飛ばされた。
当然、永久機関はそれを回避するが、あろう事かその剣は天井を広範囲に破壊しては、次の階層の天井まで破壊して行き、とうとう空を露にする。
なんとか建物の露出した鉄骨にしがみ付き難を逃れた永久機関だったが、その時には既に非禁禁忌の次の剣が鉄骨を砕いて行った。
そうして遥か空へ打ち出された永久機関は空中でじたばたともがくが、当然成す術も無くただひたすらに空へ空へ舞い上がっていく。
「……どうした? 怖い顔をして、悪い夢でも見ていたか?」
しかし次の瞬間には、永久機関は傍らに立つ非禁禁忌の足元にひれ伏していた。
「どういう事だ? 今のは全て幻か? それとも無かったことにしたのか……?」
ふらふらと立ち上がる永久機関は、後ろへ跳ね、距離を取った。
「相変わらず化け物染みた奴だ。魔法を禁止されちゃあ何も出来ない上に、魔法詠唱をしなければならない事を禁止しているお前は俺に魔法を使うタイミングを教える事無く魔法を使えるってわけだ。だがな、肉弾戦はこっちの十八番よぉ!」
永久機関は地面を殴る。すると地面が崩れ、土がうねり、非禁禁忌と輪廻を浮かび上がらせた。
そこへ永久機関は浮いた非禁禁忌へ渾身の力で拳を振り払う。それを非禁禁忌が靴底で受けると、拳を振り払った本人がどう言う訳か吹き飛んでいった。
またしても壁を何枚も破り、天井も含めた三つの大穴を開けた所で、永久機関は先程の幻が現実だった事を強く認識する。
「あなたのポリシーは変わってないのね」
非禁禁忌の背後で不安定な足場に立つ輪廻は続けて話す。
「魔人と人間のハーフであるあなたは、人間と戦う時は人間としての力だけを。魔人とは魔人としての力だけで戦う。あなたがそのポリシーを守り続ける以上は魔人は脅威にならない。人間しか脅威になり得ない。そうよね?」
「……だと良いな。それよりこいつは俺が預かる。残りの魔人はお前たちで立ち向かえ」
前方で爆音がする。
二人が視線をそちらに戻すと、破壊された壁をさらに破壊しながら永久機関がこちらへ向かって来ていた。
「非禁禁忌いいぃぃ!!」
走りながらも大声と共に近くの大きめの瓦礫を両手で掴み上げ、投射する永久機関。
それは非禁禁忌の目前まで迫ると突如、進路を直角に曲げ、周囲に散乱する。
そして次には目前に立つ永久機関の拳が非禁禁忌を襲うが、それを非禁禁忌は上半身を前へ屈める事により回避すると、そのまま片足を頭上に振り上げ、永久機関の脳天に振り下ろした。それは見事に永久機関を地面にねじり込ませ、崩れた床を土を強く浮かび上がらせる。
そしてその土や瓦礫は雨の様にひれ伏す永久機関の上へ降り注いた。
「……どんな分野でもお前が適う要素は無い」
「くそ! シェミハザは何をしている!? こいつの魔法陣さえ破壊できればッ!!」
額から流れ出る血を押さえながら永久機関は立ち上がる。
非禁禁忌はまたしても永久機関の胸部を軽く押し飛ばすと、地面へ向けて吹き飛び、そのまま地面を抉りながら完全に静止した。
「……なるほど。俺の禁止から避禁忌避が漏れ出したのはシェミハザが原因か」
歩み寄る輪廻が聞いた。
「だったらあなたが倒してしまえば良いじゃない」
非禁禁忌は遠い空を見て言った。
「……俺は先に行かなければならない所がある」