選ばれし者編「名医と大魔法使い」
「なんだァ? それほどの腕の立つ医者だって言うから来てみればこんな森の中に住んでいるのかァ? ったく卒業者ってのはみんな隠居生活をしたがるんだなァ」
小さな森の中で、ぽつんと存在する木製の建物の前で断末魔はぼやいた。
「こら! 断末魔君失礼だよ!」
アンノウンがそう言いながら引き戸を開けると、ちりんちりんと鈴がなった。
「すみませーん」
アンノウンが玄関でそう言うと、白衣を着たまだ若い男性がのそのそと奥から出てきた。
「お嬢ちゃんか、また来たのか。帰ってくれ。君に治療は必要ないだろう。それともまさか私の治療に何か問題でもあったと言うのかい?」
「あーうー。そんな訳無いって分かってるくせにー。今日は他に治療してほしい人が居て」
「……興味が湧かないな。お嬢ちゃんの様に特殊な体質なら治しがいがあるのだが、生憎私も暇じゃなくてね。貴族の様に大金が用意できるなら話は別だがね。……ところで一緒に居る子が見て欲しい子なのかい?」
男性は断末魔を一瞥する。
そこへ断末魔が返事をした。
「いや、俺が依頼主だァ」
「ほう。君に大金が用意できるのか」
「いくら必要なんだァ」
「アクア家の財産の半分ほどは頂こうか」
「なに!? って貴様ァ、そこまで分かって……」
「別に私は金が欲しくて言ってるんじゃない。興味が湧かないと言ってるんだ。しかしどうしても治療を頼みたいと言うのであればそれ相当の物を用意するべきとは思わないかね。それに君、一目見ただけ分かったよ。魔力に異常が見られる。きっと供給源に原因があるのだろう。故に魔法は安定しにくく、体ばかりは異常な魔力のおかげで頑丈。まぁそれも知れているがね。しかし必要以上の魔力の供給は言ってしまえば体に無理をさせている事に他ならない。君は時折、魔力に支配され自我を失う事があるだろう。ここに来たのはさしずめ自我を失った事による暴走で傷付けてしまった人を治療して欲しいと言った所か。アクア家の娘が昏睡状態なのは君が原因なのだろう?」
「……。あァ、その通りだよォ」
「まぁ、良い。アクア家には興味は無いが、君の異常な魔力は実に興味深い。魔法陣に細工されてるな?」
そこへアンノウンが割り込む。
「魔法陣って、普通の魔法陣じゃなくて、私たちの体に刻まれている魔法陣の事だよねー?」
「そうだ。私たちはその魔方陣から魔力を得ているが、どうも彼はそこが誰かに弄られたらしいな」
「すごーい。でも今の技術じゃ不可能ってお父さんから聞いたよ?」
「不可能か……。いや、大魔法使いならあり得るかも知れない。まぁ、それも治してみれば分かる。私は弄る事は出来なくとも治す事は可能だからね」
男性が断末魔をベットに導くと仰向けに寝かせ、背中を露出させる。
そこには魔法陣が浮かんでおり、男性が目を閉じて魔法陣を撫ぜると、突然断末魔がうめき声を上げた。
「……なるほどな」
徐に周囲を見渡す男性。
そして合わせる様に窓の外が暗くなる。
「なんだァ……何が起きたァ」
苦しそうに聞く断末魔に男性は答えた。
「細工した張本人のご登場のようだ」
地響きが鳴り出し、真っ黒の雲が空を包み込んだ。
次第に風は強くなり、唐突に部屋の真ん中に赤く光る魔法陣が浮かび上がる。
そしてやがて魔法陣は扉の形へ姿を変えた。
「来るぞ」
男性がそう呟いてすぐに、返事が返ってきた。
「来たわよ」
一斉に視線を向けた先には、窓を開け、体を乗り出す一人の女性が居た。
黒いドレスで身を包み、髪を上げた女性だった。
「私の実験の人間に異変が現れたみたいなので、飛んで来ました。中々、迫力のある演出だったでしょ」
「お前が彼の魔法陣に細工をした人間だな?」
男性は淡々と聞く。
「えぇ、そうよ。まぁ、もっとも人間を超えた力なんだけどね」
「人間を超えた力?」
「魔法陣の改ざんはロストテクノロジー。即ち、魔人に等しき力。興味は湧くでしょ?」
「あぁ、実に興味深いね。だが、僕はそれを治してしまったみたいだ」
「そうみたいね。見れば分かるわよ。ところであなたと会うのは久しいわね――」
女性はそのまま窓の枠に腰掛けながら、少し考えた後に言った。
「――……そう、名医ルウィン」
男性は怪訝そうに聞く。
「確かに僕は医者であり、名前もルウィンだが、僕は君を知らないな」
「あら? じゃあ、思い出させてあげようかしら。もちろん、お約束の方法でね!」
女性は窓から外へ姿を消すと、背後の魔法陣の扉から姿を現し、男性の背を押す。
それだけで男性はふわりと風を纏いながら吹き飛び、目の前の窓からガラスを散らしながら外へ飛び出していった。
「いきなり何を」
男性が尻餅を付きながら、窓から覗く女性に言った。
「強制イベント中よ」
女性は窓から飛び出ると、地面に手を埋めた。
そして笑顔を浮かべると、まるで台をひっくり返すように、容易に地面を塊のままひっくり返す。
男性はすぐに立ち上がり、波のように迫る土の攻撃を、拳を叩きこんで八方に分散させた。
しかしその先では既に剣を握っていた女性が斬りかかって来ていた。
「まだまだこれからよ」
女性は身構える男性の目前で剣を地面に突き刺すと、男性を越える様に飛び跳ねる。
男性と宙に浮く女性が睨み合い、事は起きた。
突如、男性の家が大爆発を起こしたのだ。
「なんだ?!」
男性が自分の家へ視線を向ける。
「二人は避難済みよ」
「どういうつもりだ?」
「私の奇妙な行動に気を取られ過ぎよ。だから家を爆発させられたのよ」
「違う! そう言う意味じゃない!」
「だーかーらー。意味なんて無いのよ。重要なのは事実。あなたは家を焼かれ、二人を誘拐されたのよ。私の実験人間に手を出したお仕置きよ」
「はは。なんだそれは。無茶苦茶な奴だ」
「人は治せても、家は治せないのはあなたにとって大きな短所よ。良かったわね、人生飽き飽きしてたでしょ? 次の目標ね!」
「何を勝手な事を」
「あなたレベルの人間は今の地位に満足して向上心が減る傾向があるのよ。もったいないわ」
「話の通じない奴だ」
「でもこうなる事は容易に想像出来たはずよ? 断末魔に手を加えるってのは立派なフラグよ。私が来る事くらいあなたなら分かってたはずよ。少なくとも、今この状況を誰かが見て居れば、誰もが『誰か現れるな』って思うわよ」
「良く分からんな」
「でしょうね。そんな顔してるわよ。それともう一つ。その剣、ただのブラフじゃないわよ」
女性がそう言うと、腕を振り上げた。
すると剣が勢い良く飛び出し、剣へ視線を向けた男性の顔に柄の部分が衝突してから、女性の手元へ帰って行く。
顔を押さえる男性をよそに女性は言った。
「あなたほんとは強いけど、いつも本気で戦おうとしないわね。適当に戦った振りをしたり、時には勝てるのに負けたり。なぜかしら?」
男性は鼻を押さえながら返事をする。
「いつもって……君が何を知っているんだ。……私は戦いに疲れたんだよ。魔人の恐ろしさは良く知ってるつもりだよ」
「その魔人なんだけど――」
女性がそこまで言うと、男性が割り込んで言った。
「――蘇ったんだろう? それくらい分かるよ」
「ふふ。話が早くて助かるわ。協力感謝するわよ」
女性は笑みを浮かべると、突如、足元に落とし穴が現れたかのように地面に吸い込まれて消えた。
一人残された男性は顎を撫でながら言った。
「協力するなんて言ってないんだけどなぁ……。あ……思い出した。大魔法使い。ノベレット。なるほど、これもフラグとでも言うのだろうな、彼女は」