断末魔短編『堕落者』
『堕落者』、そう呼ばれる魔法使いがいる。
平たく言うと、思うように成績が伸ばせず、卒業を諦めた不良達の事だ。彼らは集団を作っては度々悪さをする為、最近大きな話題を呼んでいる。
唐突だが断末魔はそんな彼らが嫌いだった。
断末魔の様な強き力を妬み奇襲を仕掛けて来る奴が嫌いだった。
何の努力もしないで、『上の奴らは認めてくれない』などと抜かす彼らが嫌いだった。
努力をしている者を簡単に傷付け、踏みにじる彼らが嫌いだった。
しかし断末魔はそんな彼らを救いたいと願う。
その為、断末魔は努力し、人の上に立つ立場まで這いあがってきた、『堕落者』から。
「……俺の癇に障ってんじゃねェよ。ゴミクズが」
静かに呟くとようやく、宙に浮いているゴリラの様な体格の男を睨む。
その男は体格に似合わず、優雅に宙に浮いていた。『堕落者』と呼ばれる者だ、自分の力では無いだろう。どうやって手に入れたかは分からないが恐らく、科学の力を駆使しているのだろう。
宙に浮かぶ男は必死に睨む断末魔を不快に笑うと、手先を大きく広げ、手の直線状と断末魔を合わせる。そして、何の予備動作も無しに手から風により出来た、激しく回転する空気を断末魔、目掛けて放つ。
断末魔はとっさに女の子を抱き抱えると、落下防止の為の手すり目掛けて走り出す。さっき自分が居た場所で何かが砕ける音がする。走りながらも後ろを向きそれを確認すると、コンクリートで出来た地面が10㎝ほど抉られていて、その無数の破片が宙に浮き、灰色の霧を作り出していた。
慌てて前を向くと、鉄で出来た落下防止用の手すりが無理矢理、放物線状に曲げられていた。
しかし、止まる事は出来ない。元より止まる予定など無い。そして断末魔はハードルを飛び越える様に綺麗なフォームで曲げられた手すりを飛び越える。
屋上の高さは校舎によって違って来るが、ここは4階位はある。
普通の人間なら運が悪ければ死に、運が良くても骨折は免れないだろう。
しかし、断末魔は普通の人間とは違う。空中でバランスを取りながら、何とも無かったように地面に綺麗に着地する。4階から落ちたと言うのに、あまりにもケロッとしているので逆に男の方が面喰っていたくらいだ。
そして窓を突き破り、校舎内へと逃亡する。自分の為では無い。今も突き破ったガラスの破片が当たらない様に覆い被さる様に抱きかかえている女の子の身の為だ。
そして突入した部屋から廊下へと再び走りだす。
他の生徒が各々で驚き、中には悲鳴を上げ、廊下を走って行く断末魔を不思議そうな顔で見つめる。無理も無いだろう、いきなり窓が割れる音がしたと思ったら、あの断末魔が見知らぬ少女を抱えて走って行くのだから。
そして何よりも断末魔のあの焦った顔など今まで誰も見た事が無いのだから。
「ここで隠れていたら、ちったァ時間も稼げるだろう。こいつ本当に無事なんだろうォな」
以前はたくさんの生徒で賑わられていただろう、元生徒会室。
今はその明るさは消え、細長い机や大きな本棚とあちらこちらに埃が被っている。
その暗い静かな部屋で断末魔は必要以上に焦っていた。最初こそ何とも無かったが、この女の子が目を覚まさない内にどんどん不安になって行く。
今まで、孤独な事にも1人で過ごしてきた断末魔にはこの事態があまりにも過酷過ぎた。初めて体感する、自分のせいで仲間が傷付けられると言う状況、そしてそれにより沸く不安と言う感情。
これはプレッシャーとなり断末魔に重く圧し掛かる。
その時、床に寝そべる女の子の、か細い声が静かな元生徒会室に響き渡る。
「断末魔様……私は一体……」
「ちっ、足引っ張ってんじゃねェよ。新入りが。ぶっ殺すぞ……」
話は出来るがやはり体調は優れないらしく、立ち上がろうとしない。
さっきよりは、ましになったとは言え、やはり不安と言う感情が断末魔の体から抜けなかった。
そんな時、断末魔は部屋が若干暗くなった事に気付く。太陽の光が雲に隠される様な、しんみりとした淡い暗闇に覆われた事に。
恐る恐る窓の方を見ると、静止したカーテンに何かシルエットが映っている。そしてそのシルエットに気付くと同時に、窓を粉々にしながら突き破り、カーテンを微塵に裂く風の刃が断末魔に襲いかかる。
それを断末魔は女の子の盾になる様に全身で受け止める。
そして攻撃が止んだ後、服の所々が裂かれた断末魔は突き抜けになった窓越しの相手に重い声で囁く。
「てめェ。本気で俺をキレさせたい様だなァ?」
今回は断末魔様とゴリラ男との戦闘です。
まぁ、逃げてばかりでしたが、それは彼の優しさ故です。