第十三話 壊れる音
春が過ぎ去り、夏の訪れを感じているころでも記憶の図書館はいつも通り営業中だ。シオンは、数冊の記憶の書を抱えながらブルーと並んで歩いていた。
「そろそろ、暑くなってきますね。」
「そうですね。」
歩いているだけでもわずかに汗が流れるほど、じんわり気温が上がっているのがわかる。ブルーは手伝いながらもふと、シオンに話した。
「そういえば、アスター様とともに積極的に調べ活動をしているのですよね。何か見つかりましたか?」
シオンは少し考えた後、小さく首を傾げた。
「いえ……しいて言えば、光殺し事件の原因が二通りあるのではないかという結論がつけられました。」
「なるほど。いい着眼点ですね。」
ブルーが顎に手を当てて感心する。そしてそのまま玄関ホールに行こう足を踏み出した。
何気ない一日だった。なにもない平和な日だと思っていた。次の音を聞くまでは。
けたたましい警報音が、館内に響き渡った。ブルーは慌てることなく記憶の書をシオンに預けて盾を取り出す。その動きはたったの数秒。手馴れている。
「シオン様、絶対離れないでください。」
「はい。」
不安そうではあるものの、ある程度慣れたのだろう。それに自分も戦えるようになった。少しだけ自信がついたのかもしれない。
「一体どこから……。」
「とにかく玄関ホールから離れましょう。ここでは出くわしてしまいます。」
「はい。」
ブルーに守られながら、シオンは館の奥へと進んでいく。かなり激しいのか、剣と魔法の轟音が館を包んでいた。
館内放送が響く。
【警告。警告。館内にいるお客様、スタッフ。直ちに非難を開始してください。繰り返す。警告。警告……】
アナウンスが彼らの頭をつんざくように鳴り響いている。シオンたちが走る、近くの窓ガラスが余波で割れた。パリンという音と、怒号やら悲鳴やらも聞こえている。先ほどまで穏やかな平日日和だったというのに。
「シオン様、こちらに。」
近くにあった、隠し部屋にブルーと二人で入る。館内にはいくつか、こういう時用に部屋が用意されている。使用人は必要に応じてそこに主人と客人を隠すのだ。
シオンは記憶の書を保管庫に転送するため、水晶に触れた。便利なものだ。魔法で管理する書物だからこそすぐに隠すことができる。
ひとまず安堵の息を漏らしたが、外はまだ荒れている。自分たちも立ち向かうべきか、記憶の管理者として生存を優先するのか。それは誰にもわからない。
しばらく沈黙が続いていると、ブルーが重い口を開いた。
「……シオン様。あのアナウンスが流れますと、俺も出動しなくてはなりません。ここを自分から開けないでください。」
シオンは目を丸くした。ブルーも出るのだと。
「待ってください。五人でどうにかできる相手なのですか?数が異常だと思うのですが。」
実際に何人の敵がいるのかいないのかはわからない。だが、以前の襲撃時に比べて音が異常に大きく感じる。それほど今回の戦闘が激しいことを物語っている。
「……我々は不老不死。死にはしません。」
そうブルーは微笑んでいった。明らかに無理をしている。しかし、今のシオンに止める力はない。確かに光属性魔法をつかえるのかもしれない。しかし、すべてを知ったわけじゃあない。まだ打ち合わせも済ませていない以上、どの魔法を使うかわかってもいない。だから基礎練習しか、今はできていなかった。
「分かりました……ご武運を。」
それしか言えない事実に指が白くなるほどこぶしを握った。ブルーは深々と頭を下げると部屋を後にする。その背中は覚悟が表れていた。
一人になった部屋でシオンは壁によりかかるように腰を下ろす。何もできないという不甲斐なさがこみあげてくる。
「どうして私は……。」
そんな無力感の声を漏らした。
一方外では。
「うわあああ!」
敵の叫ぶ声。悲鳴。いろんな声があたりから聞こえてくる。対応していた使用人らは顔をしかめた。
「いくら何でも人数がおおいなあ。」
そういっていたのは、黒い鎌を振り回していた金髪の使用人マリー。館の屋根の上から、周囲を観察していた。疲労感こそあるものの、不老不死の体なのか怪我一つない。
「いったた、けふ。」
瓦礫の中から、銃を構えたキュラが出てくる。よく意識を保っていられた。キュラの声を聞いたマリーは少しだけ安堵したように声をかけた。
「だいじょぶそう?」
「うん。だいじょぶ。」
埃やら汚れまみれになっても平然としていたが、やはり疲労感を漂わせている。
「こんなの、千年前ぐらいの勢力だなあ。」
「もー、不吉なこと言わないでよ、キュラ君。」
水晶を取り出すと、これでもかというほど顔をしかめた。
「げ、第二群来るってさ。一郡でこの威力。ああ、腕が鳴るなあ……。」
ポジティブにそういうが、キュラもさすがに眉を顰める。
「うーん。困ったな。ちなみに増援のほうはいつ来るの?」
「あと一時間後。別のところでも戦闘開始してるってさ。ほんと、物騒になったよね~。」
鎌を背負いなおすとひょいっと地面に降り立つ。三階からそれも屋根上から飛び終えたとは思えないほど軽やかだった。
「あと一時間ガンバロー!」
「おー。」
謎に掛け声を出した彼らの目線の先には、さらなる敵が押し寄せていた。中には魔物も混ざっており、武器を再度握りなおす。
「さーて、どこまでやれるか。」
マリーはそういうと、鎌を上空に掲げた。




