第一話 忙殺と閑暇
10年前、アメリカにある宇宙センターが「対策できなければ地球は20年で滅ぶ」と世界に報道し、世の中は阿鼻叫喚の嵐に包まれた。
そんな世の中とは相対し、蛍光灯は切れ、薄暗く、無駄に広い部屋に1人の男がデスクに向かっていた。
男の名前は姫野織人、56歳。
宇宙好きの父に影響され有名な理系学部で流暢に話せるだけの英語力を獲得し、宇宙工学や空気力学、飛行力学、流体力学を学び優秀な成績で卒業した。
26年前、国際宇宙機関JPの開発部に新卒で入社するも、優秀な技術を持つがゆえに周りとの折り合いがつかなくなり、妬み・嫉妬の対象となった。『四角いハコプロジェクト』という企画を提案するも盗用され、事務部に左遷させられた。
周りとの折り合いが悪かった男の言う事は誰も信用してくれず、むしろ、孤高の存在がどん底に堕ちる姿を嘲笑った。家族は死んで友達も居ない、生涯孤独の男が生活をするためには仕方なく事務部に移動するしかなかった。
事務部の仕事は、最初こそ開発などで発生する費用や工事の届出など、宇宙開発に携わっている実感が少なからず得られる仕事だったが、妬みや嫉妬、憂さ晴らしの標的になり、上司からのパワハラや無理難題を押し付けられるようになった。そして例の"報道"がされてから矛先が国際宇宙機関JPに向くようになり、大量のお問い合わせが来るようになったため機関全体の作業が滞った。百名程いた従業員も「家族が心配」だとか「後悔したくない」だとか、気を病んだとかで次々に退職していった結果、男は事務部お問い合わせ係としてただ1人、寄せられた大量の不平不満の矛先に対応することになった。
処理待ち書類の山や大量のエナジードリンクの空き缶、灰皿に溜まったタバコやタバコの空箱が無造作に置かれており、乱雑と混沌を極めている中で、留守電を知らせる光を放つ電話が中央に置かれている。日が経つにつれ犯罪が増え、自殺者が増え、地球の治安は悪化していくため比例してお問い合わせ件数は増えていった。自国に機関があるならそっちに問い合わせしろよ、と思ったが皮肉にも流暢な英語は本来の使い道とは違うところで発揮されることとなった。毎日途方もない問い合わせが来るため、数年前に届いたお問い合わせにすら手をつけられていない。どうせ、一件処理したところで抱えている気持ちは変わらないのに、どうして問い合わせしてくるのだろうか、迷惑を通り越し不思議でたまらないと男は常々感じていた。業務をやらねば上司の機嫌を損ない、より面倒なことになるので現実から目を背けるように目を閉じ、報道後にやめていった従業員たちを思い出してあの時俺も辞めてれば良かったかな、と男は思った。が、家族もいない、友達もいない、やりたい事が無いため後悔や未練も無い、ましてや自殺する勇気もさらさら無い自分があのまま生活する自信が無い。しかし、そのせいでズルズルと大量の書類と電話に追われてこの10年を消費してきた。この人生って本当に無駄だなと諦観した。
この日もまた、絶望的な忙殺の中にいた。鳴り止まない電話を前につまらなさを感じ、忙しいのに暇という矛盾を抱えていた。
巨大な隕石はあと10年後に来るらしく、国際宇宙機関は様々な対策を打ったがどれも効果はなかった。現時点で人類が生き残れる方法は二つ。一つ目は、他の宇宙人と交流し、力を貸してもらい隕石の軌道を修正or破壊してもらう方法。二つ目は現在開発中の「四角いハコ」プロジェクトを完遂させ、人類が他の惑星で暮らす方法。「四角いハコプロジェクト」とはグレーの四角い箱に特定のコマンドや指令を送ると一瞬でその“物”に変化できるモノを開発製品化するプロジェクトだ。廊下から聞こえる愚痴を聞いたところ現段階では1時間ほどしか変化できないらしく、1時間経つと元のグレーの四角い箱になる。
この施設の廊下はよく響くからあんまり話し込まない方がいいぞ、と男は心の中で忠告した。
俺がいたらもうとっくにプロジェクトは成功していたのに、と思わない日はなかったが日に日にどうでもいいか、と思う割合の方が大きくなった。
鳴り止まない電話にも大量の書類にも手をつけず、ぼーっとしていると突然扉が開き、怒鳴り声のような大声が耳に入った。その声の主はパワハラ上司の天宮帝だった。
「おい、姫野聞いてんのか!?お客をもてなせってってんだよ!!!」
面倒で珍しい仕事だ。国際宇宙機関は隕石の対処を模索するため定期的にこの施設に招待し宇宙人と交流する。その際、人員が足りない時に俺は客をもてなすという仕事押しつけられる。前回のもてなしから5年が経っていた。正直やってられっか、と思ったが過去にバックれた際とんだ目に遭ったので渋々、…渋々返事をした。「なんだ?その返事。」と言われ、「疲れてるだけです。」と言い上司を追い越し、『事務室〜お問い合わせ係〜』のプレートがかかる扉を潜った。
この施設に訪れたすべての宇宙人に対して、円滑に会話したり力や容姿を制御する首輪をつけさせる義務がある。前回の客人は首輪を破壊し、大暴れしたので大変だった。そのことを思い出し肩の荷が重くなり、胃がキリ、と痛くなった。今回は穏便にちゃちゃっと終われ、と呪文のように心の中で永遠に唱えながら客人が待つ部屋のドアを開けた。
そこには後にも先にもこう思う事がないと思うほど、圧倒される存在が座っていた。
やつれた人っていいですよね…。




