[因果の鑑定] 私が売った武器を、死体から回収する旅 〜心臓を射抜いたのは、私が研いだ矢だった〜
この物語は、感情を失った一人の少女が、自らの「正直な労働」の報いを知り、その因果を刈り取るために歩み出す物語です。 淡々とした筆致の中に、鉄の冷たさと少女の心の温度を感じていただければ幸いです。
戦火が過ぎ去った野原は宝物庫だ。
血の臭いが鼻をつくが、私にとっては焼き立てのパンの匂いと同じくらい馴染み深い。息を吸い込めば、今日も働けるという実感が湧く。
私は泥棒ではない。
死者のポケットを漁ったり、金歯を抜いたりするような卑しい真似はしない。 そんなことは神の御心に背く。
神様は明確に線を引いておられる。私はその線を越えない。
私の仕事は単純だ。泥の中に埋まった矢を拾い、折れた剣から使い物になる破片を選び出す。
主を失い捨てられた「鉄」を回収すること。古鉄に再び命を吹き込むこと。
それが私の正直な労働だ。作業場に戻れば、まず祈りを捧げる。
今日一日、無事に働けたことに感謝を。祈りは短い。欲は言わない。ただ今日のように生かしてほしいと願うだけだ。
次いで、研磨の時間だ。矢尻の錆を丁寧に落とす。炭で擦り、油を差して光沢を出す。
やりすぎないように。光りすぎると安っぽく見える。
私はそんな品は作らない。羽が傷んだ矢は、大事に取っておいた三色の糸で結び直す。
適当な糸は使わない。この糸は丈夫で長持ちする。結び目の数はいつも同じに揃える。手が覚えている。
「いい子だね」 村の人たちは私をそう呼ぶ。その言葉は嫌いではない。私は殺生を嫌う。虫一匹だって無闇に殺さない。足元に蟻がいれば避けて通る。
それが正しいことだと信じている。私が磨いたこの美しい矢たちが、誰かを守る力になることを願うばかりだ。 攻撃ではなく防衛。
そのために使われるのだと思っている。
市場で矢の一束を売り、麦パンを買った。 値切りはしなかった。交渉もしなかった。正直な品には正直な値がつく。
帰り道に出会った野良猫にパンを半分分けてやった。猫は警戒していたが、やがて食べ始めた。 私は今日も善良に生きた。明日もそうだろう。
二日後、戦場は川べりだった。 魔導師たちが放った火炎の痕が地面を焦がし、雷に打たれた木は半分焼けて煙を吐いていた。
戦士たちは泥まみれの鎧を纏い、互いに押し合い、刃と盾がぶつかる音が川のせせらぎをかき消していた。
誰かが叫び、誰かが倒れる。 私は遠くからそれを眺めていた。 矢が飛んでいく方向だけを、静かに目で追いながら。
戦闘は終わり、勝者たちは戦利品を抱えて去っていった。
残されたのは曲がった槍の柄と、捨てられた肉体だけだ。川の水は何事もなかったかのように流れていた。
川辺の草むらで一人の少女を見つけた。敵軍の服を着た、私より少し幼い子だ。 胸に矢が深く突き刺さっている。息はまだある。か細い呻きが漏れた。
私は彼女の横に膝をついて座った。助ける術はない。私は医者でもヒーラーでもない。
私は彼女に水を差し出した。革の水筒を傾けると、少女の唇が微かに動いた。
「……ありがとう」 ほとんど聞こえない声だった。私は頷いた。
それが私にできる全てだった。人を救うのは騎士や聖職者の役目だ。私は矢を拾う人間だ。
少女はそれ以上語らなかった。ただ呼吸を繰り返す。何かを待っているように見えた。
何を待っているのか、私にはわからなかった。私は視線を逸らした。
胸に刺さった矢を見ないようにした。 しかし、仕事で見慣れた目は、望まずとも細部をなぞってしまう。
羽の色が目に入った。三色の糸。私が使っている糸だ。惜しんで、本当に傷んだ時にしか使わないもの。
私は首を振った。
戦場には矢が溢れている。似たようなものも多い。私だけが使うわけではない。そう思った。 少女が再び息を乱した。
「……痛い」 短い言葉だった。恨みも、非難もなかった。ただ事実を口にしただけだ。
私はわけもなく手を洗った。川の水に手を浸し、引き上げる。綺麗になった手を見て安心した。
私は汚い真似はしていない。
矢尻を見た。錆はなかった。光りすぎてもいなかった。私の好む程度の光沢だった。
羽は固く結ばれていた。糸の結び目の数まで、私が習慣にしているあの数字だった。
息が詰まった。この矢は、私が磨いた。
昨日、いや一昨日だっただろうか。市場で売った。代金は正直に受け取った。交渉もしなかった。
その金で麦パンを買った。猫に半分分けてやった。私は善良だった。
なのに今、この矢はここにある。少女の胸に。
「待って」 私は意味のない言葉を口にした。何も変わらないのに。少女の目が私に向いた。すでに濁っていた。
「……寒い」 私は躊躇い、外套を脱いでかけてやった。
手が震えていた。矢には触れなかった。
それは私が作った物だが、今は道具だ。肉を貫く道具だ。
祈りを捧げようとしたが、言葉が出てこなかった。
私は弓を引いたことがない。私は人を殺していない。それなのに、この光景を見ている。
少女の息が絶えた。とても静かに。川の音に紛れて消えた。
私はしばらく立ち上がれなかった。正直な労働の対価は、麦パンと硬貨だと信じてきた。
だが、間違っていた。前回の労働は、今日の「結果」となっていた。
私は水の一口を差し出したが、その前に、心臓を撃ち抜く矢を売ったのだ。
手を見下ろした。綺麗で、血はついていなかった。だからこそ、逃げられなかった。 私はゆっくりと矢を抜いた。
初めて、自分が作った物を回収した。これは収穫ではなかった。
労働でもなかった。私は矢を抱いて川辺を去った。あの日以来、私はもう矢を美しく磨くことはなかった。
私は長い間、その矢を胸に抱いていた。冷たい鉄の矢尻が肌に食い込んだが、何の感覚もなかった。
痛いのか、悲しいのかさえ分からなかった。ただ、一つの事実だけは明白だった。
「正直な労働……そんなもの、なかった」
口から出た声は乾燥していた。私はただ、死を体裁よく磨いて売った商売人に過ぎなかった。
少女の胸に刺さった三色の糸の結び目、私が丹精込めて出した光沢。
その全てが、ただ誰かを害するために存在したのだという事実が、ようやく目に焼き付いた。
私は少女の墓標代わりに、自分が持っていた最も鋭い短剣を突き立てた。
そして決めた。私が世に放ったこれらの品々を、この手で直接回収してくることを。
その瞬間、視界の端に無機質な文字が浮かび上がった。
【特殊スキル:『因果の鑑定』が活性化されました】
戦場で無数の古鉄を拾い上げ、鍛えられた私の目に、以前とは違う情報が結びつき始めた。胸に抱いた矢の上に、透明な光の筋が細く立ち上った。
【アイテム:無銘の矢(回収対象)】 作成者:私 状態:使用済み(目標物停止) 繋がり:同一の工程で作成された矢11本が近隣北西の傭兵団駐屯地にあり
「……視える」
単に物の価値を測る目ではなかった。この品がどこへ流れ、その兄弟たちがどこで次の番を待っているのか。細い糸のような足跡が、四方へと長く伸びていた。
私は泥を払い、立ち上がった。麦パンを買ったコインの袋は軽かったが、胸の奥には何かが引っかかったような重みがあった。
「行こう。全部、取り戻しに」
私は野良猫にあげようとして残っていたパンの欠片をポケットに入れ、川辺を後にした。
私のしたことが正直な労働だったかどうかは、重要ではない。
ただ、私が作った物がここにあるのは、「間違い」だ。
狂った計算は、正さなければならない。 それが、私の知る唯一の「責任」の取り方だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
自分が磨き上げた武器が、誰かの命を奪う道具になっていた。その事実に直面した彼女が、これからどのように世界を巡り、何を手にするのか。 これからの旅路を、静かに見守っていただけると嬉しいです。
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