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恋の海に花筏

作者: いかも真生
掲載日:2026/01/30

ご訪問ありがとうございます

本作は花吐き病の設定をお借りしています

※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています

婚約者交流の茶会は、今日も穏やかに終わった。

隣に立つ彼──私の婚約者は、原作どおり優しく、礼儀正しく、非の打ち所がない。

いずれ私ではない女性に恋をする男であったとしても。


「今日も楽しかったよ。君と話せて嬉しい」


微笑む彼の横顔を見た瞬間、胸の奥がツキン、と痛んだ。

私は“当て馬令嬢”で、彼は“ヒロインの運命の相手”だ。

私は、彼の幸せな物語のために存在する、添えものでしかない。

再認識してしまうと、胸が苦しくて仕方がない。

その違和感を抱えたまま部屋に戻った途端。

ふわり、と淡い色の花が、口から零れ落ちた。


「……え」


ピンクの、小さなブーゲンビリア。

見覚えのある“症状”。

手に取った花弁を見下ろしたまま、まるで全身が凍りついたよう。


「……嘘。これって……」


──花吐き病──


前世で知っていた、創作の病。

叶わぬ恋の象徴。

まさか……私が?

彼に?

そんなはずないのに、吐き出された花は残酷に真実を突きつけた。

どうして……だって知っている。

彼は原作では、私を捨ててヒロインに恋をする男なのだ。

……深く考えてはいけない、とゆるく頭を振る。

絶対バレてはいけない。

証拠は即燃やす。

これからは、花を吐く度に得意の炎魔法で焼き払うことになるだろう。

初めて花弁を燃やした夜、私は眠りにつくまで何度も胸に手を当てた。

熱は引かず、恋心を自覚してしまった痛みだけが静かに残り続ける。

この気持ちさえ隠し通せれば、原作は狂わない──そう自分に言い聞かせ、きつく瞼を閉じた。



翌朝。

朝の光が窓から差し込む。

淡い光の中、私はドレスの裾を整え、鏡の前で深呼吸をした。

今日も、あの人は優しいだろうか。

婚約者として接する彼の微笑みを思い浮かべる。

優しい人だ。

だけど、前世の記憶で知っている。

いずれ彼は、この物語のヒロインに恋をする。

私の想いなど、届くはずがない。

茶会の間、彼はいつも通り穏やかに私に話しかけてくれる。

私は静かに微笑み返す。

誰にも悟られぬよう、心の中で必死に想いを抑える。

和やかな茶会を終え、自室に戻って。

胸の奥に、言いようのない感情が湧き上がった。


「ああ……これが、恋心……」


喉に熱い違和感が走り、咳が込み上げる。

慌てて口元に手を当てると、掌に散ったのは淡く小さなリナリアの花弁だった。


「……っ……!」


慌てて炎魔法を放ち、花弁を瞬時に燃やす。

誰にも、見られてはいけない。

これは、私だけの想いなのだから──。

吐き出した花を燃やした香りは、私の胸に深く刻まれた。

明日も、彼は優しい笑顔で私に接するだろう。

でも、もう私は、決して平穏ではいられない。




「……少し顔色が悪いように見えるが、大丈夫か?」

「ええ、少し寝不足なだけですわ」


恋心の痛みも、吐き出す花の存在も、すべて隠さねばならない。

彼は何も言わないが、眉間にわずかな皺を寄せる。


「……庭で炎魔法を使っているところを見かけたんだが、なにを燃やしていたんだ?」


聞こえた言葉に、胸が高鳴る。

あなたを想うたび喉が熱くなり、花を吐き、炎で燃やしている、などとは言えない。

誰であろうと知られるわけにはいかない。


「魔法の練習をしていただけですわ」


私は、いつも通りに笑えているだろうか。

精一杯、自然な笑みを作る。


「……最近、妙だな。何か隠してる?」


声は柔らかいけれど、真剣そのもの。

私は深く微笑むだけで、否定すらできない。

胸の奥で、吐き出した花の感触と恋心の痛みが燃え上がる。

緑の香りが満ちる庭園を、彼に促されゆっくり歩く。

いつもと同じはずなのに──今日は、胸がざわつく。


「風が強いな。髪が……」


彼が、ふわりと私の髪に手を伸ばす。


(…! 近い……!)


喉が焼けるように熱くなり、呼吸が乱れた。


「っ……けほっ、……っ、ぁ……!」


こらえようとしたのに、激しい咳が溢れ。

次の瞬間、掌に落ちたのは見慣れたピンク色の花弁。


「……っ!」


私は反射的に魔力を練る。

見られる前に、燃やさなければ──!

けれど。


「──やめろ!!」


強く、けれど震える手が私の手首を掴んだ。

炎魔法が霧散して、私は息を呑む。


「な、何を……っ」

「何を、じゃない!!」


彼は、今まで見たことがない表情をしていた。

優しく穏やかで、どこか距離を置いていた彼が、今はただ取り乱しているかのよう。

彼の視線が、私の掌に散った花弁へ落ちる。


「……やっと分かった。君がずっと隠してきたものを」


風が止まったかのように、世界が静かになった。


「その花……っ、君の想いの証だろう」

「……っ!」

「騎士団で聞いたことがある。王都で花吐き病の症例が確認された、と。まさかと思ったが……全部繋がった」


彼は私の手首をそっと握り直す。

怒りではなく、恐怖と優しさで震えていた。


「君が僕と会うたびに席を立つこと。戻ってきたあと、どこか焦げた匂いがすること。あれは……吐いた花を、燃やしていたんだな?」


逃げたいのに、体が動かない。

羞恥と罪悪感と、どうしようもない恋心で胸が締めつけられる。


「どうして……どうして僕に隠したんだ……!」


彼の声は、悲痛だった。

私は……彼を困らせたくなかっただけなのに。

彼は深く息を吐き、私の両手を包み込む。


「……君の気持ちには……まだ、答えを返していないのに」

「ちが、……私は…っ!」

「いい。今は何も言わなくていい」


彼の手が、優しく、それでも決意を込めて私を握る。

私の心臓が大きく跳ねた。

彼はまっすぐに私を見つめる。


「君は……僕に恋しているんだね」

「──っ!」

「そして僕がどうすればいいか……もう、分かっている」


優しい声なのに、逃げ場がないほどに熱がこもっている気がせる。


「君を救う方法は、ただ一つだ」


その瞳があまりに真剣で、私の呼吸が止まった。


「僕が──君を、愛すことだ」


ザッ、と庭園の風が揺れた。

けれど、それよりもずっと熱いものが胸に流れ込んでくる。


「来週のガーデンパーティーは欠席しよう」


王宮主催のガーデンパーティには、必ず出席しなければならない。

会場でヒロインとの出会いがあるのに、欠席させるわけにはいかない。

それが私の、当然の務めだと思っていた。

けれど──彼の言葉が、私の思考をかき乱す。


「君の病気が治らない限り、僕は君を無理に出席させるつもりはないよ」


彼は強い意志を持って、私を見つめる。

その目に、揺るがぬ決意が込められているのがわかる。


「君が無理をして体調を崩したら、すべてが無駄になる。だから、来週は一緒に休もう」

「でも……」

「これからは、僕が一瞬たりとも君の側を離れない。絶対に治そう。だから、ゆっくり療養しよう」


彼の言葉に、私は無意識に息を呑む。

その強い言葉に背中を押されるように、ついに口を閉じて黙り込むしかなかった。


「でも……ガーデンパーティに出席しないと、あなたの立場が……」

「立場なんて、今はどうでもいい。君の体調が最優先だ。君が元気を取り戻さなければ、何も意味がない」


彼の瞳には、心からの心配が込められているのがわかる。

その眼差しに、胸が苦しくなる。

私は力なく頷くしかなかった。

ガーデンパーティを欠席することになり、私は部屋で静養することとなった。

彼は足繁く部屋にやってきては、花束を持ってきたり、心配そうに顔を覗き込んだりする。


「少し眠るといい」


「無理しないで、ゆっくり休んで」


「──少しだけ、庭に出てみようか?風が気持ちいいよ」


そんな彼の姿に、私は次第に気づく。


(あれ?私、──)


その気づきは、日に日に大きくなっていった。

彼がこんなにも私のために尽くしてくれるのは、もしかしたら──いや、確実に──彼が私を気にかけてくれているからだ。

でも、それ以上に、心の奥底で湧き上がるのは。

彼の優しさが、今、私にとってはとても大切で、未来をより苦しいものに変えるのだ、という気持ちだった。

次第に彼の存在が、私にとって欠かせないものになっていくのがわかる。

一週間が過ぎ、その間、彼は一度も私から離れることなく私を支えてくれた。

でも、気づいてしまった。


(……優しくて、あたたかい人──)


例え、使命感に基づいた偽りの愛でも構わなかった。

このまま彼を騙せないという罪悪感と、それが偽りだとしても、彼が私を愛そうとしてくれている歓びで胸が張り裂けそうになる。

少しずつ、私の体調は悪化していった。

毎日のように花を吐き、炎で焼き尽くす。

最初はわずかな花びらだった。

ブーゲンビリアやリナリア、アンスリウムなどから深紅の薔薇、チョコレートコスモス、パンジーなど、だんだんとその種類と量は増えて、時には口から零れる花が床一面を埋め尽くすこともあった。

それでも、私はただひたすらに炎魔法で燃やすことしかできない。

彼は、相変わらず私を気にかけてくれた。


「君が吐いた花を焼いても、僕は君を見放さないよ」


彼の言葉が、私の胸に響く。

でも、心のどこかで感じていた。

このままでは私は治らない──彼を想うことを止められない限り、完治することはないと。




その日、私はとうとう限界を迎えた。

胸を締めつける痛みは日に日に増していたが、この日は違った。

喉の奥が焼け付くように熱く、息を吸うだけで涙が滲む。


「……っ……!」


堪えきれずに咳き込む。

次の瞬間、床いっぱいに深紅の薔薇が、重たく、濃密な香りを放ちながら溢れ落ちた。

その奥から、黒いクリスマスローズがゆっくりと零れ落ちる。


(……ああ……終わりだ)


恋が極まった証。

もう、隠すことも、偽ることもできない。

私は崩れ落ち、その場に手をついた。


──ガチャ


微かな音に顔を上げると、扉の向こうで彼が息を呑んでいた。


「……君……これ……」


床に散る花と、崩れる私の姿。

次の瞬間、彼は走り寄り、私を抱きしめた。


「どうしてだ……!どうしてこんなになるまで隠したんだ……!」


震えた声が耳元で落ちる。

私は首を横に振ろうとしたが、力が入らない。


「だって……あなたには、あの子が……未来が……」

「未来なんて、知らない!」


彼の声は、今まで聞いたことがないほど必死だった。


「君が苦しんでいるのに……どうして君がいないかもしれない未来を、僕が受け入れることができるんだ!」


私は息を呑む。


「……僕はね、気づいてしまったんだ」


彼の額が私の額に触れ、優しい温もりが伝わる。


「……僕は君を守りたいと思った。義務でも、婚約だからでもなく、気づいたら、君のことばかり考えていたんだ。それなのに君は、僕に恋をしながらも、自分以外を宛がおうとする」

「……ちが、う……私は…ただ…」

「違わない」


彼の声が震えている。


「君が笑っていると、それだけで心が安らぐ。君が苦しんでいると……胸が張り裂けそうなんだ」

「、…それって……」

「──恋だよ」


世界が止まった。


「君の病気よりも大事なことなど、この世にない」


彼は私の手を握る。

その手は、驚くほど熱く。


「僕は、君を選ぶ」

「……っ」

「誰かに決められた未来より、君と生きる今のほうが、ずっと大切だ」


涙が零れ落ちた。

彼の言葉は、あまりに現実離れして、まるで夢のようだ。

溢れる涙。それが、共に罪を犯すことへの歓びなのか、愛が救われたことへの安堵なのか、判別がつかない。


「……治そう。君を」


彼の手が私の頬を優しく包み込むと、彼の温もりがじんわりと伝わり、そっと顔を寄せる。


「相思相愛になれば……治るんだろう?」


答えるより先に、彼の唇が触れた。

胸の奥で、何かがふっとほどける。

痛みが消える。

温かい光が身体を満たしていく。

口から零れたのは、深紅や黒の花ではなく、白銀の百合だった。


「……治った?」

「……はい……」


涙の跡が残る私の頬に、彼はそっと触れた。


「これからは、君を二度と苦しませない」


その目が、深い感情で震えていた。

そして、私の手の中の白銀の百合を見つめ、彼は震える声で言葉を紡ぐ。


「これは……君が、僕を想ってくれている証なんだな」


私は、ただ静かに頷いた。

そして、彼の目を見つめながら、心からの想いを伝えた。


「はい。私は、あなたが──」


その言葉を言い終わる前に、彼の手が私の頬に触れ、そして──


「僕もだ、君を愛している」


彼は優しく、私の唇にキスをおとす。

風が静かにカーテンを揺らす。

私はその腕の中で、初めて穏やかに息をついた。


ご一読いただき、感謝いたします

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