3話
ゼノがちょうど寝ようとした時、世話役が慌てたように部屋に入ってきた。
「陛下が来られます!」
「……はい?」
(いや、なにしにここへ……まさか!)
我に返ったゼノは寝台に飛び乗り、毛布を頭から被った。
「風邪! 風邪引いたって伝えてください!」
「そんなふうには見えないが?」
低い男の声だった。
恐る恐る毛布から顔出す。
すでに世話役の姿は消えており、部屋の扉前にヴィンセントが立っていた。その表情は険しい。
(早すぎだろ!)
ゼノは動揺を隠すように、笑みをつくった。寝台から降りて頭を下げる。
その内心は冷や汗だらだらである。
夜に来てやることといえば、ひとつしか思い浮かばない。
花嫁というのは言葉のあやだと考えていたので、そちらの覚悟などまったくできていなかった。
アメリア曰く、ヴィンセントは民に慕われる良き王とのことだが。
(俺が異民だからか……?)
ヴィンセントからは敵意が感じられた。
なるべく寝台から離れようと、水差しが置かれた机に寄る。
「なにか飲まれますか?」
「不要だ」
ヴィンセントはそう言うと、こちらに近づいてきた。
ゼノが視線をさまよわせる。
(まずい。なにか、気を逸らすものは)
「あ――」
なにか言おうと、口を開いた瞬間。
ヴィンセントがゼノを机に押し倒した。
腕を頭上で押さえつけられ、黒い瞳がゼノを見下ろしていた。
(本気か?)
ゼノが目を見開いていると、身構える隙もなく、ヴィンセントの端正な顔が近づく。
咄嗟に顔を背けるが、顎をつかまれ、無理やり唇を合わせられた。
「んっ」
ヴィンセントがゼノの唇をついばむように何度もなぞる。
(ちくしょう)
今すぐその唇を噛み切ってやりたかった。だが、国を思えばできるはずもない。
ヴィンセントもその事を見透かしているようで、試すようにこちらを見ている。
ゼノにできるのは、口を引き結び、ただ睨みつけことだけだった。
ヴィンセントはそれを鼻で笑うと「口を開けろ」と冷えた声で言った。
当然ゼノは応えない。
「無理やりされるのが好きか?」
ヴィンセントは片手でゼノの腕をひとまとめにすると、空いた手でその鼻をつまんだ。
息ができなくなり、酸素を取り込もうとゼノの口が開く。その隙間を縫うようにヴィンセントの舌が入り込んだ。
「んっ!」
分厚い舌に口腔を犯される。舌を絡め取られ、わざと音を立てるように弄ばれる。
「っ、んぅ!」
ゼノは鳥肌が立つのを感じた。純粋な恐怖だった。この男に犯される自分を間近に想像してしまった。
同時に別の気持ちも生まれていた。
それは、このまま怯えているよりはマシな考えに思えた。
(腹に子ができることだけ防げばいい。さっさと終わらせてしまおう)
ゼノは覚悟を決めると、ヴィンセントの舌に自身を絡め、ゆるく吸った。
ヴィンセントが驚いたように唇を離す。
「なんのつもりだ」
「期待に応えたつもりですが、お気に召しませんでしたか?」
ゼノがヴィンセントを見据える。
「……国のためか?」
「だったらなんですか」
「守る価値があるようには思えない」
「あんたも守ってるじゃないですか」
つい口がすべり、乱暴な物言いになる。
「守っているわけじゃない」
ヴィンセントが小さくつぶやいた。
なぜか、その時だけは彼が幼い子供のように見えた。
「興が削がれた」
そう言うと、ヴィンセントは部屋を出て行った。
(ふざけんな)
ゼノは身を起こして寝台のそばに行くと、そのまま倒れ込んだ。