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05 横浜市小学校

 父の龍輝りゅうきは、再びホバーバイクを上昇させる。

 青空を横切っていたツバメが二羽、驚いて左右へよける。龍輝は、「ごめんよ」とつぶやいた。

 空の、少し低い場所を、水色と薄い黄色の鳥の群れが、悠然と移動している。鳥の名は知らないが、固まった姿は、じゅうたんのようだ。


「うりゃ」

 アクセルを開く。ビル街の上空を直進。あとは、一気に登校だ。紗良葉さらはの通う小学校へ。

「さあ、もうすぐヨコしょうだぞ」

 運転席の龍輝の言葉に、

「うん!」

 ひざに乗った紗良葉が、元気よく返事をした。赤いランドセルの中で、缶ペンケースがガチャッと鳴り、振り返る横顔の、前髪が後ろへなびく。


 周辺をぐるっと囲む街は、無人・空っぽに近いのだが、一つ、そうではない建物がある。

 それが、今から向かう小学校である。通称「ヨコ小」・正式名、横浜市小学校。

 余りにも単純な名前だが、仕方ない事情がある。市内で唯一の小学校だからだ。


 もっとも、横浜市に限らず、全国各地、事情は同じ。少子化・人口減少で、今の時代、小中高すべて、各市に一校ずつのみ設置されている。官民共同の学校が多い。

 ホバーバイク、無人列車を始め、高速の交通手段は発達しているので、登下校に支障はない。

 さらに、昔とは違い、登校日も週に二回程度なのだ。たとえ、家から学校まで三、四十キロメートル以上離れていたとしても、それほど負担にはならない。


 そうは言いながらも、今朝は、親子そろって寝坊をしてしまった。

 そこで、やむを得ず、朝食後の紗良葉の歯みがきは、家を出てからバイクに乗りつつ実行した。危険なので、今日は父が磨いてあげたというわけである。


「久しぶりに、お父さんに歯を磨いてもらって、懐かしかった」

 わずかに振り向いて、照れたように紗良葉が告げる。ニカッと笑った前歯が光る。

 眼下の景色は、高層ビルが減り、横長の三角屋根と、草原そうげんが目立ってくる。草原は、かつての農地だ。今は、放棄・放置されている。

 龍輝がフッと笑うと、紗良葉は、

「何か、おかしい?」

 また振り向いた横顔からは、笑みが消えかけていた。目線が合う。

「悪い」

 軽くわびて、娘の頭をなでながら、

「九歳でも、懐かしいんだなあ、って」

「だって、そりゃー、幼稚園なんか、大昔だもん」

 紗良葉が即答した。唇をとがらせているものの、声は不機嫌そうではない。龍輝は少しホッとして、同時に、少し納得もして、

「……まあ、そうかもな。五年前として、紗良葉の人生の、半分だもんな。――よく覚えてるな」

「覚えてるよ。幼稚園といえば、お母さんが、四つ葉のクローバーを取ってきてくれた時のことも」

「ああ、そうだなあ。そんなことも、あったなあ。――今日は、俺はこのあと、お母さんを迎えに行くから、帰りには会えるぞ。帰りのお迎えは、杏樹あんじゅに頼む予定だからな」

「うん!」

「今日は、クローバーの思い出話も、したらいい」

「お母さん、覚えてるかなあ?」

「覚えてるさ」

 ――緑色、きれいだね。あの日、そう言って、涙ぐんだ杏樹の瞳を、ふと思い出す龍輝。

「だといいな。夕飯はお母さんと、二人きり」

「ああ。ま、俺は仕事だからなあ」

 今夜は、ラーメン屋を早めに切り上げて、アイドルのしのと、ライブなのである。

「おっ」

 その時、丘の上に建つ、横浜市小学校が見えてきた。

「着いたね」

 紗良葉も、はずんだ声を出す。


 青い海に囲まれ、校舎全景の眺望は抜群である。

 四階建ての校舎は、砂色すないろとクリーム色の中間。くすんでいる。

 正面には、丸いアナログ時計。教室の窓は、規則的に四角く区切られている。低めの黒い正門は、横に長い。そばに、太い桜の大樹。花は、散りかけだ。

 ちなみに、門を入ったら、右手に、たきぎを背負った少年の銅像が建っている。有名な、二宮金次郎像である。わきには、白い百葉ひゃくようばこも。


 いかにもレトロな、コテコテの、古き良き時代の小学校、といったデザインだが、これは、わざとである。

 何せ、市内で唯一の小学校なのだ。かつての「学校」を、技術の限りを尽くして再現。まさしく、横浜市の威信がかかっているわけだ。

 建材や設備には、最新の科学が生かされている。古ぼけた外観も、あえて人工的に作り出された物なのだった。

 もちろん、子供たちを守るセキュリティーも手厚く、校舎自体も、火災や震災に耐えられる造りだ。


 正門の辺りには、ランドセルをしょった子供たちが、ざっと四、五十人はいる。皆、歩いて校舎へ入ってゆく。それを、ロボットのガードマンたちが見守る。

 見送りの保護者も、子供の列よりはやや少ないが、かなりの人数である。

 ホバーバイクの高度を下げながら、

「人がたくさんいると、にぎやかでいいな」

「そうだね」

 龍輝の感想に、紗良葉が同意する。人口激減の現代は、「人ごみ」を見かける機会すら、なかなかないのだ。


 正門よりも三十メートルほど手前で、ホバーバイクを着陸させる。

 地面は、アスファルトと、長めの草。

 周囲には、似たようなバイクや、空飛ぶ小型車などが駐車されている。やはり、子供を送る親たちが、乗ってきた物だ。


 シートベルトを外すと、紗良葉はバイクから地面へぴょんと降りて、

「じゃあ、行ってきまーす」

 龍輝の方へ首を回し、手を振ってきた。

「行ってらっしゃい。気をつけてな」

 運転席に腰かけたまま、龍輝も手を振り返す。

「ライブ頑張ってね!」

「おう」

 父がうなずくと、青いワンピースのすそをひるがえして、紗良葉は正門へ駆けて行った。

 地面に散っていた桜の花びらが、走る靴裏くつうらと、潮風に跳ね上がって、低く宙を舞った。

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