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04 主役は今や 川では魚、空では鳥

 向き合った紗良葉さらはが、水筒から、麦茶を口に含んだ。

 それを見届けると、父親の龍輝りゅうきは、紗良葉の小さな体を、左右から両手でかかえる。

「んんっッ」

 紗良葉が、一瞬だけ、くすぐったそうな素振そぶりを見せた。

 次に、

「よっ」

 持ち上げた紗良葉を半回転させて、ひざの上に、前向きに座らせた。赤いランドセルが、視界に入る。

「よーし、地上の方へ下りるぞ。口の中の麦茶は、川に吐き出すといい」

 振り向く紗良葉は、今はしゃべれないので、黙ったまま、こっくりとうなずく。ふくらませた口で、麦茶をブクブク言わせている。


 ホバーバイクの運転席で、龍輝は前へ身を乗り出す。紗良葉のランドセルが、胸に押し当てられた。

 ハンドル付近へ腕を伸ばし、自動操縦を一部、手動に切り替える。レバーを手前に倒して、高度を下げる。

 親子を乗せたホバーバイクは、朝の高層ビル街を、勢いよく降下してゆく。

 紗良葉の後頭部の、ポニーテールが跳ね上がる。またしても、風圧でワンピースもふくらんだ。

「んんーッ!」

 口を閉じたままで、うれしそうに紗良葉が叫ぶ。

 鼻から抜けた声は、笑いを含んでいる。ジェットコースターみたいなスリルを、楽しんでいるのだ。


 紗良葉のスカートが、めくれ上がる。幸い、ランドセルを背負っているので、スカートのすそは、そこでガードされた。

 だが、ランドセルを真ん中に、左右、外側は、スカートが真上に逆立つ。まるで、青い花びらのように。

「こらこら、また! スカート、スカート!」

 苦笑いして龍輝が注意するも、紗良葉は、面倒くさそうな手つきで、軽く押さえただけ。

(恥じらいとかは、まだ、ないのかなア……)

 異性のことは、よく分からぬ。

 対する男の子は、一般的に、十歳にもなれば、女の子のスカート内への性的な興味は、とっくに芽生えている。少なくとも、龍輝や周囲の少年たちはそうであった。

 今は、父親として、それを娘にどう伝えるべきなのか。難しいところだ。

(まあ、今日は杏樹あんじゅが帰ってくるし、母親から言ってもらうか)

 バイクは、さらに降下する。


 都市の一角に、広い川がある。流れは速い。

 その水面から二メートルほど上で降下をやめ、スピードを落とす。あとは、ゆっくり直進。

「よし、ここだ」

 龍輝が声をかけると、紗良葉は上半身をよじって、左へ身を乗り出す。それから、川面かわもへ、口の中の液体をブーッと吐き出す。

 龍輝は水筒を持って、

「もう一丁!」

 と、麦茶を注いだフタを、背中から、肩越しに手渡す。うなずく紗良葉は、もう一回、「ブクブクうがい」をやった。


 ひと昔前なら、「自然破壊だ、環境汚染だ!」と叩かれたかもしれない。

 しかし、この都市に人は少ない。辺りに、見とがめて怒る者がいないのだ。

 さらには……。

 水面スレスレを飛ぶホバーバイク。

「お魚さん、すごーい!」

 歯みがきが全て終わり、しゃべれるようになった紗良葉が、歓声を上げる。

「そうだな」

 澄んだ川には、銀色、オレンジ色、緑色の魚が、キラキラとあふれるように泳いでいる。

 この国で、いや、地球で。

 もはや、人間の勢力は弱いのだ。自然界が力を盛り返し、都会を流れる川も、田舎の川と大差はない。

 そう、そもそも、怒る者がいる・いない以前に、多少、人間が川を汚そうとも、びくともしないのだった。


 今や、世界人口は激減し、大自然に対する人類の影響力も、相対的に低下の一途をたどっていた。

 都市の大部分に、住人はいない。ほとんど、遺跡のようなものだ。

 遺跡のような都市は、AIによる巨視的、包括ほうかつ的な監視と、全自動の清掃ロボットによって、清潔に保たれている。

 一方、その上空には大小の鳥たちが飛び、川には輝く魚たちが泳ぎ、生き生きと栄えているのだった。

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