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約束の神社

今回短いです

 神社の鳥居の前で、千羽が足を止めたときだった。夜の帳がわずかに揺れ、風もないのに木々がざわめく。まるで境界が、何かを許したかのように。千羽は知らない。けれど、彼女が見上げた先、雲間からのぞく月の光が、かすかに社を照らした、その瞬間。誰もいない境内に、もうひとつの気配が立った。


楓は、境内の奥、風鈴の下で佇んでいた。草履の音も立てず、気配を殺すでもなく、ただそこにいる。けれど彼女の目は、鳥居の外を見てはいなかった。神楽鈴に指をかけたまま、楓は静かに言った。


「出てきたら?」


 風も音もない空間のなか、返る声は不意に降る雨音のように、澄んでいて、冷たい。


「ばれちゃ、仕方ないか」


 月──ゆえ──は、楓の背後にある御神木の陰から、ひょいと顔を出した。


 白い和装に銀の髪、夜の帳のなかでもなお輪郭がぼやけない、異質な存在。けれど彼女はどこか軽やかで、いたずらを仕掛けた子どものように、にやりと笑っていた。


「また来てたんだね、月」


「“また”は失礼だなぁ。ちょっと様子を見に来ただけだよ。……ほら、あの子、来ちゃったし?」


 月が顎で鳥居のほうを示す。けれど千羽の姿はもう見えない。きっと境内の影で立ちすくんでいる。

楓は小さく首を振った。


「あの子はまだ、此処には来てない。来ようとしているだけ。……夢と現のあいだ、ぎりぎりの場所で」


「そうかなあ。でもさ、君も手、貸しちゃったんだろ? 風の導き、でしょ?」


 皮肉交じりの言葉。けれど楓はそれを否定も肯定もせず、視線を落とした。


「私はただ、流れを受け入れただけ。……本当は、もう少しだけ、眠っていられたら良かったのにね」


「起こしたの、君でしょ。夢見てる子どもに、優しく声をかけた。……でも優しさってさ、時に一番残酷だよ?」


 月の声が、ほんのわずかに低くなる。夜気が一段と濃くなった気がした。


 楓は、神楽鈴から手を離す。

「分かってるよ。分かってるけど……私は、あの子のことを、ただの“巡り”で終わらせたくないだけ」


「……ふーん?」


 月はその言葉に、真顔を見せたかと思うと、すぐにまた唇を歪めて笑った。


「“誰かだけ”を救おうとする人間、ほんと好きだね、君。神様らしくないなあ」


「私、神様じゃないもの。ただ、ここにいるだけの、通りすがり」


「でも“此処”に縛られてる。自分で望んだくせに」


 その言葉に、楓はほんの一瞬、眉をひそめた。けれど返す言葉は静かだった。


「君こそ。何度、あの子たちの夢に潜るつもり?」


 それを聞いた月は、ゆっくり肩をすくめた。


「さあね。だって、あの子たちが“呼ぶ”んだよ。苦しくて、怖くて、でも逃げられなくて──そんな子が見る夢には、私みたいなのがぴったりでしょ?」


「……わざと、希望を見せるくせに」


「見せてるだけじゃない。“選ばせてる”。私の役目はね、ただ月明かりを灯すだけ。道を選ぶのはいつだって、あの子たち自身」


 その言葉に、楓はそっと息をついた。冷たい夜気が、肺を通り抜ける。


「千羽ちゃんは、まだ十四よ」


「十四だよ。だからこそ、“もう手遅れ”にもなり得る」


 月は神妙な顔でそう呟くと、不意にふっと笑って、踵を返した。


「じゃ、僕はもう行くよ。……楓。君もちゃんと、見届けてあげてね」


 銀の髪が月光に溶けていく。まるで最初からそこにいなかったように、月の気配はふっと消える。


 ──夜が、静かに戻ってくる。

楓は立ち尽くしたまま、ただその余韻に耳を澄ませた。


 そして、小さく、呟く。


「……千羽ちゃん。どうか、あなたが選んだ道が、たとえどんな場所に繋がっていても、最後まで……見つめられる強さを」


 風鈴が、かすかに鳴った。


楓が!出てきました!あ、わからない人は「紅い花と風の約束」読んでねん

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