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電池売りの長沢優奈は、街角にて商売のため電池を道行く人々に売るが、果たして売れるのか?
東京・渋谷の大通りにて。日が暮れて、多くの人々が行き交う歩道上で、私は電池を売っていた。
「電池はいかがですかー。単三電池はいかがですかー」
道行く人々に声をかけてみても、誰も足を止めるどころか、反応すらしてくれない。
私、長沢優奈は、都内の公立高校に通う高校一年生である。勉強と趣味のギターを両立させ、自分なりに楽しく過ごしている。しかし、私には勉強以上にやらねばならないことがあった。
それは、電池を売ること。
私の父は、町工場を自営しており、独自の技術を駆使して電池を生産している。主に作っているのは単三電池、最も需要が高いが、独自の技術で生産しているので、値段も一本百円と、百均ショップの四本入りで百円の電池よりも一層高い単価になっている。
父は高く売りたいがために、コンビニや雑貨店、百均、ホームセンターなど、あらゆる店に売ってみたが、今時、単三電池で一本百円なんてあり得ないということで、営業してきた全ての店に断られている。そこで父は、私に渋谷・原宿みたいな人通りの多い路上で電池を人々に直接売ってくれ、と言って、自分は町工場の生産に注力した。以後、その間に私は区に営業許可を取って、人通りの多い路上で一本百円の単三電池を売りつけるようになった。しかし、三か月以上経っても電池は一向に売れない。売れたとしても、良くて一日に十数本。普段は、一本も売れない日々が続いている。
売れない理由も大体分かる。一つ目は、人々が忙しいから。行き交う人々は、みんな仕事や用事で忙しそう。足もせかせかとしていて、こんな路上で一人電池を売っている私のことなんか見向きもしない。そして、もう一つは、何よりも電池の値段がリーズナブルでないこと。たまに足を止めて電池を買おうとしてくれる人がいるが、値段を聞いた途端に、その場から去ってしまう。
何より一番嫌なのが、電池を一日に一万円以上売り上げないと、父に殴られるということだ。自分の値段設定や売り方を棚に上げて、思う通りの結果が出なかったら、必然的に私にぶつけてくるのだ。
そんな状況下でも、私は今日も黙って電池を路上で売ることしかできない。まるでロボットのようだ。 でも、電池を売らないわけにはいかない……。
気が付けば、夜も八時を回った。早く帰って勉強したり、ギターを弾いたりして寝たい。私は少し強硬手段に出ようと、道行く男性サラリーマンの前に出て声をかけ、「電池はいかがですかー」と話しかけ、足を止めさせようとした。しかし、
「邪魔だ!」
男性は私を払い除け、そのまま歩き続けた。その言葉が胸に突き刺さり、悲しみが込み上げるのを感じた。
結局夜遅くなっても売れなかったので、私は引き返して、今日の売り上げ、たった七五六円(消費税含む)を持って、家に帰った。
続きは次節(2)にて。