9.お嬢様は二階級特進する
「アリステア・ウィンズベリー! 君をDランク冒険者に認定する!」
エルディムの町に戻ったアリステアは、冒険者ギルドでギルドマスターから新しい冒険者プレートを受け取った。
「よかったですね、お嬢様」
「ええ! 身に余る光栄ですわ!」
冒険者プレートを胸の前で掲げて、むふーんとしているアリステアを、ヒナは優しい眼差しで見つめている。
そんな2人を取り囲む冒険者たちからも拍手喝采が送られる。
「昇格も当然だよな!」
「なんたってこの町で初めてのドラゴンスレイヤーだ!」
「本当に、アンタたちが来てくれなかったら、どうなっていたことか……!」
冒険者たちの輪から、マックスをはじめとした数名の冒険者が歩み出る。そのうちの1人が「それからよ」と切り出す。
「すまなかったな……いろいろと」
「足手まといだとか何だとか言っちまって」
「結局、俺たちはアンタらに守られてばかりだった」
申し訳なさそうに肩を落とす冒険者たちに、アリステアは「何を言っていますの」と眉根を寄せる。
「皆様がいなければ、ドラゴンにたどり着く前に力尽きていましたわ。あれだけの数の魔物を倒せたのは、間違いなく皆様のおかげですわ。それに……」
そこまで言ってアリステアは、胸を張って笑顔を見せる。
「皆様をお守りするのは、聖女として当然の務めですもの!」
冒険者たちから再び大きな歓声が上がる。
「あ、アンタこそ真の聖女だ!」
「本当だ! こんなに清らかな人、俺は見たことがねえ!」
「ああ! ずっとこの町にいて欲しいくらいだ!」
最後の言葉に、アリステアは小さく首を振る。
「ありがたいお言葉ですが、そうもいきませんの」
冒険者一同が「?」と首をかしげる。
「私たちの旅の目的地は『約束の地』。あまりのんびりしているわけにもいかないんですよ」
ヒナがそう言うと、冒険者たちに落胆のムードが広がる。
「マジかよ……俺たち、まだ何も恩返しできてねえのに」
「ああ……このまま行かせちまったら、面目が立たねえや」
「せめて、パーッと酒でもおごらせちゃくれないか?」
その申し出に、アリステアが困った顔を見せる。
「いえ、わたくしお酒は得意ではありませんの……」
「だったらよ、甘いもんなんかはどうだ?」
「それは、いただきますわ」
アリステアが鼻息荒くそう言うと、冒険者たちが気色立つ。
「よし! 決まりだ! 町中のお菓子持って来い!」
「俺、母ちゃんに頼んでアップルパイ焼いてもらってくる! 美味いんだぜ! 俺の母ちゃんのアップルパイ!」
「ウチの婆さんも今朝シフォンケーキを焼いていたはずだ! すぐ持ってくるから、もうちょっとだけ待っててくれ!」
慌ただしく動き始めた冒険者たちを見つめながらギルドマスターが「ウチの冒険者ギルドとしてもな」と話し始める。
「ドラゴン討伐を果たすなんて本当はCランク、いや、いっそのことAランクにしてやりたいくらいなんだがな……。一度に上げられるランクは2つまでなんだ」
そう言って「すまない」と頭を下げたギルドマスターの前で、アリステアは難しい顔をしてつぶやく。
「つまり、二階級特進ということですわね……?」
それを聞いてヒナが「いや、それ縁起悪いですよ!」と言ってから、ハッとしてアリステアに詰め寄る。
「ていうかそんな言葉どこで覚えたんですか、お嬢様!」
「ええと、なんだか急に頭の中に浮かびまして」
「そ、それって……!」
「もしかしたら、わたくしの中で『あの方』が言ったのかもしれませんわね」
「な……! な……!」
ヒナが頭を抱えて苦悩する。
「うおおおお……私のお嬢様が、あのスケバンに乗っ取られてしまうぅ……!」
それを見てアリステアがケラケラと笑う。
「もう、ヒナは心配しすぎですわ」
「心配しますよ、そりゃ! 大事なお嬢様がいなくなってしまったら生きる意味を失いますよ私は……!」
「大丈夫ですわ。乗っ取ったりするような、そんなに悪い方だとは思えませんもの。わたくしの中にいる『あの方』は」
「だから、お嬢様はお人好し過ぎるんですよ……!」
「そんなに褒められると照れますわね」
「褒めてませんよ!」
悩み悶えるヒナを尻目に、アリステアの笑い声が冒険者ギルドに響いた。
やがて冒険者ギルドには次々と甘いお菓子が集まり、無骨な男ばかりがアリステアとヒナを囲む風変わりなティーパーティーが始まった。