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8.聖女と番長

頭から血を流して、アリステアは立ち上がる。


口元へ伝い落ちた血を長い舌で舐め取ったアリステアは、一歩一歩ドラゴンの方へと歩いていく。


「だ、大丈夫かよ……! そんな怪我で……!」


冒険者のマックスが差し伸べた手を払い、アリステアは口の中の血を吐き捨てる。


「こんなもん……毎月の生理痛に比べりゃ屁でもねえ……!」


アリステアの発言に男たちがどう反応して良いものか戸惑う中、ヒナだけが静かにうなずいた。


「それにアタシもよぉ~~、コイツん中からいろいろ見てきてんだ……!」


アリステアは歩みを進めながら続ける。


「言ってたよな……『聖女が逃げるわけにはいかない』ってよ……。なかなか、ビッとしてんじゃねえかよ……!」


ドラゴンに正対したアリステアは立ち止まり、睨み上げる。


「アタシも女だてらに〝番〟張ってた立場としちゃあ、逃げるわけにいかねーのは同じだよ……!」


そしてアリステアの体から、光が放たれ始める。


「使わせてもらうぜ、アリステア。アンタの聖女としての力をよぉ……!」


アリステアの全身の結界が、今までになく強く光り輝く。


ドラゴンが咆哮とともに火炎のブレスを放つ。

その中をお構いなしに突っ切って、アリステアは飛びかかる。


「聖女なめてっと〝解体(バラ)〟しちまうぞコラアッ!」


その場の誰もが目を疑うほどの大ジャンプの頂点で、アリステアはドラゴンの顔面を殴り抜ける。


――――バキィッ!


ドラゴンの目の下が大きくヘコみ、その巨体が宙に浮く。


「に、人間が……!」

「ドラゴンを……!」

「殴ったあッ!?」


冒険者たちが息をあわせて叫ぶ。


「いやいやいや、いくら最強ヤンキーだからってそれはさすがに人間離れしすぎじゃ……」


ヒナが苦笑いして首を振る。


「ま、待て……アレを見ろ……!」


ヒナのとなりでマックスが、アリステアを指して言う。


「あ、アレって……?」


ヒナはアリステアの姿に目を凝らす。


アリステアは吹き飛んだドラゴンの背後に超高速で回り込み、今度はその背中を蹴り上げる。


「先ほどの跳躍の際には脚、パンチの際には拳、そして今のキックではまた脚が激しく光を放っている……。これは彼女が結界を我々の闘気や魔力のように使っているということではないのか……?」


「な、なるほど……! お嬢様の結界は体の1センチまで。ですが、その狭い範囲だからこそ結界の力を爆発させ、身体強化魔法のように活用できているのかもしれませんね……!」


マックスとヒナがそんなことを話している間も、アリステアはドラゴンのまわりを凄まじい速度で飛び回り、次々と拳や蹴りを食らわせている。


「オラオラァ! これがアタシの火事場の馬鹿力だあッ!」


アリステアのそんな叫びを聞いて、マックスとヒナは顔をひきつらせて苦笑いする。


「火事場の馬鹿力、なのか……」


「結界の力じゃないんですかね……?」


「これもうわかんねぇな……」


そして体中をボコボコにされたドラゴンは、今にも倒れそうにフラフラしてだらりと開いた口からよだれを垂らしている。


そこにアリステアが、


「トドメだあッ!」


と叫んで飛び込む。


「えっ!?」


ヒナも冒険者たちも、声をそろえて目を丸くする。


ドラゴンの口の中に、アリステアの小さな体が入り込んでしまったのだ。


「ちょ、ちょちょちょっと! お嬢様!?」


「食われちまったのかッ!?」


「で、でもさっき、トドメって……!?」


ドラゴンは自分を苦しめていた敵が突然どこかに消えてしまって、戸惑っているかのようにあたりを見回す。


「いや、でも結界があれば消化はされないはず……」


マックスがそう言うが、ヒナは頭を抱えて慌てふためく。


「ででででも、どこから出るんですか!?」


「そりゃ、尻の……」


「こ、困りますよ! 麗しのお嬢様がそんな下品な!」


右往左往して「どうしよ、どうしよ」と散々うろたえてから、ヒナは「すーっ、ふーっ」と大きく深呼吸をする。


気を取り直したヒナは「よし、かくなる上は」と腰のカタナの柄に手をかけ、居合い斬りの姿勢で腰を落として目を閉じる。


「いや、待て! 見ろ!」


マックスの声にヒナが顔を上げると、ドラゴンが「グ、グガガガァ……」とうめき声を漏らし始める。


ドラゴンの腹部が、ボコン、ボコン、と波打っていく。


その波は次第に大きくなり、ドラゴンが口から血を吐き出す。


「ギギャアアアアアアアアアッ!」


ドラゴンが甲高い叫びを上げるとその腹が大きく膨れ上がり、それが一気に裂けて大量の血とともに人影が中から飛び出してくる。


――――ズドォオオォン……!


崩れ落ちたドラゴンのすぐそばに着地したのは、アリステア。

血の雨を浴びながら、彼女はつぶやく。


「へっ、やっぱ〝デカブツ〟は、中から殺すに限るぜ……!」


それを聞いてヒナがため息をつく。


「中からでも外からでも、厚さは同じだと思いますが……」


アリステアは満足そうに笑い、ゆっくり目を閉じる。


「こんなに暴れたのは〝黒怒羅言(ブラックドラゴン)〟の奴らをアタシだけで潰した夜以来だぜ……!」


そのつぶやきとともに、アリステアは前のめりに倒れ込む。


「お、お嬢様ッ!」


ヒナに続いて、マックスたちがアリステアに駆け寄る。


「ぐごぉおおお……ぐごぉおおお……」


ドラゴンのものかと思われたその地鳴りのような音は、アリステアのいびきだった。


「こ、このいびきは一体どっちの人格の……!」


ヒナは膝から崩れ落ちた。


「私のお嬢様のイメージが……!」


嘆き悲しむヒナの傍らで、マックスたち冒険者の面々は所在なげに立ち尽くすばかりだった。

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