6.お嬢様はスタンピードに立ち向かう
「スタンピード……? お嬢様! 逃げましょう!」
ヒナがそう言った時には、アリステアはすでに走り出していた。
助けてくれと言った男の声が聞こえた方向に。
「いや逆ですよ、逆! お嬢様!」
追いかけるヒナに、アリステアは走りながら振り返る。
「何を言っているのです、ヒナ!」
「?」
「助けを求める声が聞こえて逃げる聖女がどこにいますか!」
ヒナは一瞬立ち止まってから「ふ」と笑って再び走り出した。
「まったく、お嬢様は……! お人好しが過ぎますよ……!」
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しばらく走ると、森が見えてきた。
そこを分け入った先で冒険者と思しき数人の男たちがゴブリンやオーク、キラーウルフといった大量の魔物と交戦していた。
冒険者たちがアリステアとヒナに気付いて振り返る。
「援軍か! ありがてえ!」
「この奥にバカでかいドラゴンがいる!」
「そいつに追いやられて魔物が暴走してやがるんだ!」
ヒナがカタナを抜いて、つぶやく。
「では、そのドラゴンを叩けば」
冒険者たちがうなずく。
「ああ、スタンピードは止まる。だが」
「ドラゴンを倒せる冒険者なんて、こんな田舎町にいるわけがねえ!」
「だから、とにかく時間を稼ぐしかない」
「ギルドの緊急招集を受けて、Sランク冒険者が来てくれるまでな」
それから冒険者の1人が、ヒナに目線を向けた。
「俺はCランク冒険者、マックスだ。ところで、あんたは?」
ヒナは魔物たちを斬り伏せながら応える。
「私はヒナ・ヒムラ。お嬢様の侍女にして、Aランク冒険者です」
冒険者たちから喜びの声が上がる。
「Aランク! 助かるぜ!」
「地獄に女神とはこのことだな!」
「どうにか、耐えられるかもしんねーぞ!」
そして冒険者マックスが、アリステアをじろりと見る。
武器も持たず可愛らしい服装のアリステアに対して、訝しげな視線だ。
「で、あんたは?」
アリステアは胸を張って応える。
「わたくしは、アリステア・ウィンズベリー。Fランク冒険者ですわ!」
冒険者たちが一斉に「はぁ?」と顔を歪める。
「Fランクだと!?」
「足手まといだ! 帰れ!」
「ガキのお守りしてるヒマはねえぞ!」
そこでマックスが首をかしげる。
「でも、ちょっと待てよ? ウィンズベリーだって?」
アリステアは小さくうなずく。
「ええ、聖女ですの」
すると冒険者たちが喜色満面となる。
「こんなところに、あのウィンズベリーの聖女だって!?」
「マジかよ! ウィンズベリーの結界があれば俺たちも」
「それどころか町ごと守れるだろ、ウィンズベリーなら!」
しかしアリステアは左右に首を振る。
「いえ、無理ですわ」
頭の上に「?」を浮かべる冒険者たちにアリステアが続ける。
「わたくしの結界は1センチしか広がらないのです」
冒険者たちが再び顔を歪める。
「使えねえな、おい!」
「そんなの聖女って言わねえだろ!」
「さっさと帰れ! 偽聖女が!」
浴びせられた罵声を意に介することなく、アリステアは魔物の群れの中に歩みを進める。
「お、おい! 危ねえぞ!」
「Fランクは下がってろって!」
「邪魔だよバカ!」
アリステアは体の表面に結界をまとう。
魔物たちが一斉に襲いかかる。
――――ガギギギギギィン!
ゴブリンの棍棒は根本から折れ、オークの斧は刃が粉々に砕け散り、キラーウルフの牙はボロボロになって口から血を吹いて痛みに悶えた。
冒険者たちはそれを見て唖然とする。
その中の1人が「ど、どうなってんだよ……!」と声を漏らす。
仁王立ちのまま、アリステアはつぶやく。
「わたくしの結界は、たった1センチ。ですが、決して誰にも壊せませんわ」
冒険者マックスは、冷や汗を流して苦笑いする。
「……た、タンク役としては、なかなか優秀かもしれんな」
それから数十分、アリステアとヒナは冒険者たちと協力しながら魔物の群れを片付けていった。
そうしてかなりの数の魔物の死体が積み重なった時、
――――グォオオオオオオン……!
森の奥から地響きのような鳴き声が聞こえてきた。
「おいでなすったぜ……! ドラゴンだ……!」