5.お嬢様はクエストに挑戦する
「ちょっと、ヒナ! こんなの、ウサギさんじゃありませんわ!」
「イワウサギは、ウィンズベリー領内では滅多に出ませんからねえ。初めて見ると、ちょっと大きくてビックリしますよね」
「これの、どこが『ちょっと』ですのッ!」
アリステアは、草原でイワウサギの大群に追いかけ回されていた。
イワウサギは、その名の通り全身が岩のような鉱物でできているウサギで、その全長は約2メートル。
それが8頭、凄まじい跳躍力でアリステアに襲いかかっている。
「ほらお嬢様、結界を緩めたら、死んでしまいますよ~」
「わかってますわよ! でも、もうこうして2時間も経ちますわ!」
「早く終わらせたかったら、1頭だけでいいので倒してみてくださいね~」
「そ、そんなこと言ったって……!」
アリステアは全身に結界をまとい、飛びかかるイワウサギに攻撃を放っているが素早い動きのイワウサギにはほとんど当たらない。
当たっても、イワウサギの硬い皮膚には、アリステアの軟弱な筋力ではダメージは通らない。
「わたくしも、お姉様たちのように結界を大きく広げて攻撃できれば……!」
「いや、アリステア様の結界は1センチから広がらないと思いますよ? そういう特性の結界なんじゃないですかねぇ~~」
「だったら、どうしようもないじゃありませんの!」
ヒナはイワウサギに囲まれるアリステアを遠巻きに見ている。
口のまわりに手を添えて、ヒナはアリステアにアドバイスを飛ばす。
「イワウサギは斬撃に弱いですからね~。パンチより手刀の方が効果あると思いますよ~~」
「さっきからやってますわよ!」
アリステアはまた飛びかかってきたイワウサギに、横薙ぎで手刀を放つ。
イワウサギの耳の付け根に当たるが、ガキンと音を立てて弾かれてしまう。
「結界をまとっても、手じゃ斬れませんわ!」
「でもずいぶん前に剣術の稽古もつけましたけど全然覚えられなかったじゃないですか~。手でいくしかないですよ、手で~~」
「無理ですわ!」
「そんなこと言っちゃダメですよ~。魔力も闘気も、イメージが大事ですからね~。たぶん結界も同じですよ~。指先にしっかり結界を集中させてくださ~~い」
「そ、そんな……キャッ!」
アリステアがバランスを崩して転ぶ。
草原をゴロゴロと転がり、アリステアの頭からハーフボンネットが脱げ落ちる。
輝くような銀髪がサラリと広がる。
そこにイワウサギが集団で飛びかかる。
アリステアの体を覆う光が弱々しくなっている。
動揺と疲労。
その両方が原因だった。
アリステアはぎゅっと目を閉じる。
――――キンッ。
金属音がひとつ鳴り響き、アリステアは目を開ける。
アリステアの視界には、遠くにいたはずのヒナの背中があった。
「ま、今日はこのくらいにしておきましょうか」
ヒナがそう言ってカタナを鞘に納めると、動きを止めていたイワウサギがすべて同時に、バラバラに斬り裂かれて崩れ落ちた。
「――――す、すごいですわ……!」
驚愕するアリステアを見て、ヒナは爽やかに笑う。
「ふふ、お嬢様を守るために、努力してきた甲斐がありましたね」
アリステアは立ち上がって衣服についた草を払い、ため息をつく。
「わたくしも、もっと頑張らなくてはいけませんわね……」
すると、うつむいたアリステアはイワウサギの断片に光るものを見つける。
「銀色の、糸……? いえ、これは……」
アリステアがそれを手に取ろうとした時、遠くから男の声が聞こえた。
「助けてくれ~~~~! スタンピードだぁ~~~~ッ!」