4.カサンドラへの報告 【追放者サイド:1】
「カサンドラ様、お耳に入れたいことが」
ウィンズベリー伯爵家の老執事、ヴィクター・アダムズはカサンドラの執務室に入るなりそう言った。
「手短に」
カサンドラは事務仕事の手を止めることなく口先だけ動かして言った。
ヴィクターは左手を腹部に当て、30度きっちり腰を曲げて話し始める。
「アリステア様との面会を望む声が殺到しております」
眉をピクリと動かし、カサンドラは顔を上げる。
「アリステアと……殺到?」
「はい。エディントン商会の会長ブラフォード様、グレッグ・ブラザーズ銀行の頭取ルーファス様、天文学者アーサー・ラッセル様、錬金術師リサ・トリー様、その他にも数名、いずれも領内の有力者でございます」
「……彼らがアリステアなどと、何のために?」
ヴィクターはお辞儀の姿勢を保ったまま、目を伏せて応える。
「皆様いずれも、アリステア様に恩返しがしたいと」
「恩返し?」
「はい。どなたも大なり小なり、アリステア様に助けられた過去をお持ちです」
思案し沈黙するカサンドラに、ヴィクターが付け加える。
「また、皆様は口をそろえて『もしアリステア様との面会を許可して頂けないのなら、カサンドラ様がアリステア様を追放したという噂は本当か伺いたい』ともおっしゃっています」
カサンドラは顔色を変え、机を叩いて立ち上がる。
「追放!? なぜそんな話が出ているのです!」
「出どころは定かではありませんが、領内では庶民までもが『アリステア様はカサンドラ様に追放された』と噂しているようでございます」
「な……! 一体なぜ……!」
「噂の出どころを調査いたしましょうか?」
「……いえ……、その必要はありません……」
ヴィクターは顔を上げ、カサンドラの表情を伺う。
カサンドラは拳を握りしめ、ギリギリと歯ぎしりをしている。
「有力者たちには何と?」
カサンドラは苦虫を噛み潰したような表情で、しばし沈黙する。
ヴィクターは直立不動でカサンドラの回答を待つ。
ふーっと大きく息を吐き、カサンドラが口を開く。
「有力者たちには『アリステアは自分の意志で旅立った』と伝えなさい」
「……それだけでよろしいので?」
「主に同じ発言を繰り返させるつもりですか、ヴィクター」
カサンドラが空気を震わせて威圧する。
ヴィクターは再び30度に腰を曲げてお辞儀をする。
「申し訳ございません。歳のせいですかな、つい差し出がましい真似を。それでは、アリステア様との面会希望者には『アリステア様はご自分の意志で旅立ったため、面会できる状況にない』とだけ連絡いたします」
そう言い終わると、ヴィクターは無駄のない動きで退室しようとする。
それをカサンドラが呼び止める。
「それより、メサティア公国でアリステアはどうしているのです?」
ヴィクターが意外そうに目を大きく開く。
その顔の動きで少し下がった丸眼鏡を、指先で持ち上げてから返答する。
「無事、エルディムの町に入られたそうです。何やら冒険者登録をされたようで。大変お元気でいらっしゃるようですよ。今後も、アリステア様の動向を逐次ご報告いたしましょうか?」
カサンドラは「ええ」とうなずいてから、ニヤリと微笑む。
「あれでも、アリステアは我がウィンズベリー伯爵家の娘。キズモノになるようなことがあってはなりません。ましてや、万が一にでも死んでしまったら、メサティア公国に調査を入れなくてはいけなくなりますからね……」