3.お嬢様はゴロツキに絡まれる
「攻撃力はアレだが防御力は問題ないし、何よりAランク冒険者のヒナ殿がいるのだから、とりあえず合格としておこうか」
アリステアはギルドマスターから受け取った冒険者プレートを両手で掲げ、満面の笑みで飛び跳ねた。
「やりましたわ! これでわたくしも冒険者の仲間入りなのですね、ヒナ!」
「ええ、Fランク冒険者ですが」
「嬉しいですわ! わたくしも、いつかヒナに追いついてみせますわ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるアリステアを見て、ヒナは目を細めて微笑み、ギルドマスターは「頑張るんだぞ」と腕組みしてうなずいた。
「では、俺は仕事があるのでここで」
ギルドマスターがそう言って奥へ引っ込むと、ヒナは受付の壁にビッシリと並ぶ張り紙のひとつを指さして言った。
「まずは、あのクエストから実戦経験を積んでいきましょうか」
【Eランククエスト】
・概要:イワウサギの討伐
・目的:エルナー草原に異常発生したイワウサギの駆除
・条件:イワウサギの耳を持ち帰ること
・報酬:1体につき100ゴル
・警告:特になし
「ウサギさんを、狩るのですか……?」
悲しげな顔をしたアリステアに、ヒナは首を振る。
「ウサギと言っても魔物ですから。それに、イワウサギはそもそも……」
ヒナが説明を始めたところで、背後から男の声がした。
「どうなってんだよ、この町の冒険者ギルドはよぉ~~!」
その声にアリステアとヒナが振り返ると、そこには3人の若い男がいた。
それぞれ葡萄酒の瓶、骨付き肉、干し肉を手に持ち、時折それを口にしながらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
「見ろよ、この女の格好。ここは舞踏会の会場かぁ~~?」
先頭の男はアリステアを指さしてそう言い、笑い声を上げる。
その後ろの2人が、それに続いてゲラゲラと笑う。
アリステアの服装は、細かい花柄の刺繍が入った黒のドレス。
黒であわせたハーフボンネットとそのドレスは、アリステアのまばゆい銀髪や白い肌と見事なコントラストを生んでいる。
ほとんどモノクロの全身の中で大きな瞳だけが紅く、体は華奢で手足は長い。
人並外れて小さな顔は人形のように整っていて、確かに冒険者ギルドには不似合いなほどの美少女だ。
「もし舞踏会ならよぉ、俺と踊ってくれよ、お嬢ちゃ~~ん」
男がアリステアに顔を近づけ、酒臭い息を吐きかける。
アリステアは思わず顔を背ける。
「おい、無視してんじゃねえぞ、ガキ!」
「……いえ、無視したわけではありませんわ」
「おいおいおい。聞いたか、お前ら。『ありませんわ』だってよぉ?」
男たちは一斉にギャハハハハと下品な笑い声を上げる。
アリステアは何を笑っているのか意味がわからない様子で首をかしげている。
「行きましょう、お嬢様」
ヒナがアリステアの手を握ってその場を離れようとする。
しかし男たちは2人の前に回り込み、先頭の男が声を荒げる。
「邪魔してんじゃねえぞ、ババア!」
ヒナのこめかみがピクリと動く。
「ババア……?」
「おう、ババアにババアっつって何が悪いんだよ」
「私はまだ25歳ですが……?」
「ハッ、18の俺らからしたら普通にババアだよ」
「ほう、いい度胸ですね……」
ヒナがそう言って腰のカタナに手をかけるが、
「いけませんわ、ヒナ」
と言ってアリステアがヒナの手に手を重ねて止める。
「こんな些細なことで暴力に訴えてはなりません。わたくしは人々をお救いする聖女。そしてヒナ、あなたはそんなわたくしの侍女なのですから」
ヒナは「お嬢様……! 立派になられて……!」と涙ぐむ。
すると先頭の男が、
「それならよ、こうしても怒らねえってのかぁ?」
と言って、アリステアの頭からドボドボと酒をかける。
「……ええ、怒りませんわ」
アリステアは酒でびしょ濡れになりながらも、穏やかな微笑みを浮かべて男を見上げる。
男は思わず息を呑む。
アリステアは微笑みを崩さない。
が、アリステアの顔はどんどん赤くなっていき、
「怒りませんけども、なんらか、すこし、ねむく……」
と言いながら、ふらりと後ろに倒れ込んでしまう。
「お嬢様ッ!」
ヒナがアリステアを支える。
男たちは「ギャハハハハ!」「情けねえ!」「一瞬で酔いつぶれちまったぜ!」と腹を抱えて笑う。
「よ~~し、せっかくだからよ、俺たちの宿屋に連れってって犯してやるか」
下卑た笑みを浮かべて先頭の男がヒナの腕の中のアリステアに手を伸ばす。
ヒナが臨戦態勢に入るが、その前に
ガシッ。
と、男の手首をアリステアがつかむ。
「へ?」
男は間抜けな顔で驚くが、その顔色は次第に青ざめていく。
男の目線の先、アリステアの表情が先ほどとは打って変わっている。
顔をしかめ、鬼のような表情でアリステアは、
「てめえ……〝上等〟じゃねえか、コラ……!」
とつぶやき、ゆらゆらと立ち上がる。
そのままアリステアは、男の手首をメキメキと握りしめる。
「い、いてててて! な、なな、なんだよ、この馬鹿力は!」
男はアリステアに握られた手首の痛みに耐えかねて膝をつく。
それを見て、ヒナが額に手を当ててため息をつく。
「はあ、出ちゃいましたか……お嬢様のアレが」
後ろの2人の男が慌てふためく。
「あ、アレってなんだ、アレって!」
「なんなんだよ、この小娘は!」
ヒナは頭を振って応える。
「実はお嬢様は、二重人格なんですよ」
「二重人格……?」
「ええ。お嬢様は、興奮したり意識を失ったりすると……」
「どうなるんだよ……?」
「…………スケバンになります」
「は?」
目を丸くする男2人に、ヒナが苦笑いを浮かべる。
「どうやら、お嬢様の前世がスケバンだったようでして。それも武闘派の。怒りの頂点で、その人格が顔を出すんです。武器を〝ドーグ〟と呼び、出発を〝デッパツ〟と言い、敵を〝解体す〟まで止まらない、恐怖の最強ヤンキーです」
「スケバン……? ヤンキー……?」
「わからなくて結構。いずれにせよ、あなたたちはもう終わりですよ」
再び深いため息をついたヒナの前で、アリステアは男の手首をグシャリと握りつぶす。
「うああッ!」
「お前、さっきアタシと〝踊ろう〟って言ったよなぁ?」
「え、いや、い、言ったかな……」
「言ったよなぁ!」
「はいィ〜〜ッ! い、言いましたぁ!」
そしてアリステアは3人の男をじろりと見回し、凶悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ今から〝踊って〟やんよ……。死ぬまでなぁ……!」
冒険者ギルドに、男たちの悲鳴がこだました。