29.お嬢様は本性を明かす
「吾輩の名はエギルラルダ」
緑色の巨体に似合わず、理知的な口調で魔族は名乗った。
「最初に言っておこう。吾輩はグリシルダのような単細胞とは違う。吾輩を殺せば公爵も死ぬ。吾輩の秘術によって肉体が同期しているのだ」
エギルラルダが自らの右腕を左手の爪で引っかくと、玉座の公爵の腕からも血が噴き出した。
公爵の頭の上に半透明の魔法陣が現れ、そこから下に伸びた魔力の糸が公爵の全身につながっている。まるで人形使いのいない操り人形のようだ。
それを見てアリステアが髪の毛をざわつかせる。
「おっと、髪の毛を伸ばすなよ。透明にしても無駄だ。吾輩の感知魔法を逃れる手段などない。妙な動きをすれば公爵の首を跳ね飛ばすぞ。吾輩は体をいくら斬っても千切っても自動再生できるからな」
その言葉の通り、エギルラルダの右腕の傷はみるみるうちに塞がっていく。
「く……ッ!」
アリステアが顔をしかめる。
「ふはははは……手も足も出まいて。それでは兵どもを使って嬲り殺しにさせてもらおうか」
エギルラルダが手を上げて合図すると、兵士たちが揃って一歩を踏み出す。
その瞬間。
「抜刀術、麒麟――――呪魔崩刃……!」
ヒナが腰のカタナを抜き去り一閃する。
すると公爵の頭の上の魔法陣が粉々に砕け、全身につながった糸がはらりと切れて消える。
「これはあらゆる呪いを断ち切る斬撃。これであなたと公爵様の同期は途切れました。さあ、観念してもらいましょうか」
ヒナが抜き身のカタナを光らせる。
エギルラルダは「ぐぐ……!」と顔を歪め、体を震わせる。
そして全身からドス黒い魔力を立ち上らせると。
「ならば、全員まとめて殺人ガスで死ねえッ!」
両手を上げたエギルラルダの巨体から、魔力の霧が放たれる。
しかし、その直後。
あっという間にエギルラルダの周囲を銀色の膜が覆った。
「毒ガスが広がる前に髪の毛で包み込みましたわ。わたくしとあなただけを。ガスは結界に触れて浄化されます。外に漏れることはありませんわ」
銀色のドームの中では、アリステアとエギルラルダだけが向き合っている。
エギルラルダは一瞬驚きの表情で周囲を見回してから、アリステアを睨みつけて醜悪な笑みを浮かべる。
「だが、この状況で貴様に何ができると言うのだ」
エギルラルダはアリステアに人差し指を突きつける。
「貴様の魔素値は1万2000ゲノ。人間としてはなかなかのものだが、魔貴族である吾輩に勝てるほどではないぞ」
巨体を揺らしてエギルラルダはアリステアに一歩ずつ近付く。
「くくく……吾輩と2人きりになったところで逃げ場を失っただけだな」
アリステアは穏やかな微笑みを浮かべて目を伏せる。
「そうですわね、確かに今のわたくしでは勝てそうにありませんわ」
それを聞いてエギルラルダは嬉しそうに笑い声を漏らす。
「ふふふ、そうであろう、そうであろう。だが吾輩は油断せぬぞ。グリシルダは貴様のもうひとつの人格に殺されたと聞いておる。極限の怒りとともに現れるもうひとつの人格にな。故に吾輩は、貴様のその人格を目覚めさせることなく速やかに一撃で貴様を葬るとしよう」
アリステアは目を伏せたまま小さく息を吐く。
「怒る間もなく、ということですの?」
「ああ、怒る間もなく、ということだ」
「……あなたとわたくし、2人きりで良かったですわ」
「……? どういうことだ」
アリステアは「ヒナが怒るので内緒なのですが」と前置きしてから、不敵な笑みを浮かべて上目遣いでエギルラルダを睨みつける。
「実はもう〝マブダチ〟ですの。わたくしとキョーコ先輩」
「は……?」
エギルラルダはわけがわからない様子で目を見開く。
「夢の中では盗んだバイクで〝2ケツ〟したり、極悪高校に2人で〝カチコミ〟に行ったり。うふふ。実はわたくしも、そんなに良い子じゃありませんの。夢の中ではね。ですから最近は、いつでも代われますのよ。代わると大体わたくしは眠ってしまうのが難点ですが」
それからアリステアがひとつ瞬きをすると、その微笑みが可憐なものから凶悪なものへと一変する。
「待ちくたびれたぜ、アリステア……!」
エギルラルダは「お、お前は……!」と思わず後ずさりする。
それを追い詰めるようにアリステアも一歩踏み出す。
「そういえばお前、千切っても〝再生〟すんだよな……?」
「そ、そうだが……!」
「懐かしいな、思い出すぜ……!」
「な、何をだ……!」
脂汗をダラダラ流して後ずさりするエギルラルダに、アリステアは一歩ずつ迫っていく。
「ガキの頃よくやった〝お人形遊び〟をだよ……! アタシが触るとすぐ首や手足が〝もげて〟壊れちまったんだけど、お前なら大丈夫ってことだよな……?」
注射を怖がる子供のように、エギルラルダは顔をブンブン左右に振って言う。
「い、いや……! 再生できても痛いのは痛いのだが……!」
アリステアはお構いなしにエギルラルダの巨体にゆっくりと手を伸ばす。
「今日は思う存分〝遊ばせて〟もらうぜ……?」
アリステアの髪の毛で作られた銀色のドームの外側までエギルラルダの長い悲鳴が漏れ聞こえて、ヒナは深くため息をついて額に手を当てた。




