28.お嬢様は結界を披露する
謁見の間にやってきたアリステアたちを待ち受けていたのは、昼間と変わらぬ風景だった。
夜中だというのに、兵士や魔術師がずらりと並び、玉座には公爵、その横には宰相がいる。
「もしかして、近衛兵団も魔術師団も全部、魔物が化けているのでしょうか……?」
ナタリーがそうつぶやくと、アリステアとヒナは揃って首を振った。
「彼らの気配は人間ですね」
「きっと、操られているんだと思いますわ」
近衛兵団の中から、痩せて背の高い男が歩み出る。
「私は近衛兵団長バルタザール」
近衛兵団長は剣を抜き去って続ける。
「不可思議な術で階下の兵たちを行動不能にしてくれたようだが、公国随一のスピードを誇るこの私には通用せんぞ」
ヒナがカタナに手をかけるが、アリステアがその前に出る。
「お嬢様……」
「試してみたいのですわ、わたくしの結界の力を」
近衛兵団長は「ふ」と鼻で笑うと剣を構える。
「試すも何も、私の速度を捉えられなければ意味があるまい」
そう言い終わるや否や、近衛兵団長は地面を蹴る。
目を見開いて「き、消えた!?」と叫んだナタリーの横で、ヒナが「いえ、ただの高速移動ですよ」と近衛兵団長の姿を目で追う。
謁見の間の床や壁や天井、至るところからガガガガガッと鋭く蹴る音が響く。
「ふはははは! この私に触れることができるかな!?」
近衛兵団長の声が響く。
アリステアは微動だにしない。
すると――――。
ドサッ。
近衛兵団長の体が床に転がる。
その体にはアリステアの銀髪が幾重にも巻き付いている。
「な、なぜ……!」
アリステアは芋虫のようにもがく近衛兵団長を見下ろす。
「私の髪の毛の一部をわたくしの結界の力で透明にして、伸ばして罠を張ったのですわ」
「と、透明に……!? ど、どういうことだ……! 貴殿の結界とやらは、触れた者を眠らせるものではないのか……!?」
「いいえ。それは本質ではありませんわ」
「ほ、本質……!? それは一体……!」
「もう、お眠りなさい」
アリステアがそう言うと、近衛兵団長はすぐに目を閉じて寝息を立て始めた。
「ほほほ……さすがはウィンズベリーの聖女ということかの」
しわがれた声でそう言ったのは、魔術師団の中でも最も年老いて見える魔術師。
「じゃがの、このワシにはいかなる状態異常も通用せんぞ。このワシの魔力が尽き果てぬ限りはの」
そう言ってから歩き出した一歩目。
「あふっ……」
そんな弱々しい吐息とともに老魔術師はその場に崩れ落ちる。
「ま、魔術師団長殿!」
「一体何が!」
「またギックリ腰ですか!?」
魔術師団の面々がそんな叫び声を上げる。
アリステアが首を振り、自分の銀髪を一束つまんで見せる。
長く伸びた髪の毛は例によって魔術師団長の体に触れている。
「だが魔術師団長殿に睡眠は効かないはず!」
「そうだ、魔術師団長殿は常に自動解呪をかけている!」
「魔力残量がある限り、その魔法防御は鉄壁なのだ!」
アリステアは苦笑する。
「ですから、その魔力を吸ったのですわ。わたくしの結界で」
魔術師団がどよめく。
「なんだと……睡眠や隠蔽だけでなく吸収まで……!?」
「い、一体何なのだ……! お前の結界の力は……!」
アリステアが穏やかな笑顔を見せて言う。
「わたくしの結界の範囲は、体からたった1センチ」
魔術師団が「1センチだと?」「そんな小さな結界ごときが」「とんだポンコツ聖女ではないか」などとささやきあう。
「ですがその1センチに限り、すべてをわたくしの意のままに操る。それがわたくしの結界の本質ですわ」
アリステアが髪の毛をざわざわと動かす。
「わたくしが最初、自分の身を守ることしかできなかったのは自分の心の弱さゆえ。臆病なあまり、誰も寄せ付けない結界の中に閉じこもっていたのですわ。ですが本当は自分自身を守るだけでなく、触れたものを斬ることも穿つことも、癒やすことも意識や魔力を奪うことも、わたくしが強く願えばすべて叶えることのできる結界だったようです」
魔術師団も近衛兵団も、じりじりと後ずさりする。
アリステアの髪の毛が一束、玉座の方へと伸びていく。
「そして悪を見抜き、その正体を暴くことも」
アリステアの毛先が触れたのは、公爵ではなくその横の宰相。
「わたくしはこの結界を『希望の結界』と名付けますわ」
アリステアの結界に触れた宰相の姿がメキメキと変化する。
鬼のような醜悪な顔、牛のような巨体、緑色の肌、額から突き出る1本角。
それを見てナタリーが「お父様ではなく宰相が……」とつぶやき、ヒナは「やはり魔族でしたか……」とつぶやく。
恐ろしい魔族の姿になった宰相が生臭い息を吐く。
「この姿、見られたからには生きて返すわけにはいかぬ」




