27.お嬢様は突き進む
「わたくしの結界にこんな力があったのなら、わざわざ捕まる必要はありませんでしたわね」
地べたに寝転びいびきをかく警備兵の横を歩き、アリステアはそうつぶやく。
守衛室で回収したカタナを腰に差してヒナもうなずく。
「お嬢様の結界にこんな特性があったとは……まあ、よくよく考えてみれば納得というところですが」
「……どういうことですの?」
「だって、結界の特性って術者の性格に起因するっていうじゃないですか。カサンドラ様は、やっぱり強欲で大雑把なところが出てますし、お嬢様だって一見控えめなのに実はけっこうマイペースっていうかワガママっていうか」
「あらヒナ。わたくしのこと、そんな風に思ってましたの?」
「いや! もちろん、そこが最高にカワイイんですよ!?」
「……ふ~ん。でも、ワガママなのですわよね」
「う……! だって、私が止めても突っ走ること多いし、ちっとも話聞いてない時もあるし……で、でも本当に、私はそんなお嬢様が大好きなんですからね!?」
「まあ……そう思ってくれているのはわかっていますけれど」
アリステアとヒナがそんなことを言い合いながら通路を歩いていると。
「あの、もし……!」
通路に立ち並ぶ牢獄のひとつから、若い女性の声が響いた。
アリステアとヒナがそちらの方を向くと、鉄格子にしがみつく美しい少女の姿がそこにあった。
「私はメサティア公爵家の長女、ナタリー。お二人は、どうしてこんなところを歩いておられるのですか? 警備兵には見えませんが……!」
アリステアとヒナは顔を見合わせる。
「脱獄したのですわ」
「脱獄!? い、一体どうやって……!」
「お嬢様の結界が覚醒して……って詳しく説明すると長くなるんですが、それよりあなた、公爵令嬢のナタリー・フィリアーナ・メサティア様なんですか?」
「え、ええ。そうですが」
鉄格子の向こうでナタリーはうなずく。
着ている服はボロボロにほつれてすっかり汚れてしまっているが、よく見れば上質なドレスのようだった。
ヒナはそれを二度見してから鉄格子に近づく。
「この国のお姫様がどうして投獄されてるんですか!?」
「それこそ、話せば長くなるのですが……私のお父様、メサティア公爵は誰からも慕われる為政者だったのですが、ある日突然、別人のようになり……いえ、私には本当に別人に思えてならないのです。姿形はお父様そのものなのですが。その真相を探ろうとしていたら、この地下牢に入れられてしまって」
唐突な話にアリステアが「わ、わけがわかりませんわ」と混乱する横で、ヒナは「はは~ん」と大きくうなずく。
「なるほど、わかりました。魔物か魔族がメサティア公爵になりすましているってことですね。姿を変える魔道具か何かを使って。それで、自分たちを脅かしかねない私とお嬢様を投獄したんですね。なのでこれから私たちは偽公爵の正体を暴くために、真実の姿を映し出す鏡を近くのダンジョンに取りに行くと。RPGの定番ですね。で、その鏡が隠されているダンジョンは、どこにあるんです?」
ナタリーは鉄格子をつかんだままぽかんとしている。
「いや……ないと思いますけど。そんな鏡もダンジョンも」
ナタリーのつぶやきにヒナは「ええッ!?」とのけぞる。
「じゃあ一体どうすれば……!」
頭を抱えるヒナの肩に、アリステアの小さな手が置かれる。
「大丈夫ですわ、ヒナ」
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アリステアたちは地下牢を出て、謁見の間へと向かった。
謁見の間の奥に、公爵の私室があるという。
「ナタリー様は、地下牢にいた方が安全だったんじゃないですかね」
ヒナがそう言うと、アリステアは振り返って微笑む。
「大丈夫ですわ。わたくしが守りますから」
アリステアはそれだけ言うと、髪の毛をざわざわ伸ばしながら進んでいく。
ナタリーとヒナはその後ろについていく。
宮殿の広間や通路など、アリステアたちが行く先々には大勢の衛兵たちがいたが、彼らはすべて深い眠りについていた。
アリステアが髪の毛の結界で触れ、強制的に眠らせたのだ。
「確かに……今のお嬢様は誰にも止められなさそうですね」
「す、すごい……! 詠唱もなく……一体どんな魔法なのですか?」
「魔法ではなく、わたくしの結界の力ですわ」
アリステアは謁見の間の扉の前で立ち止まって再び振り返る。
「わたくしが自分の結界の本質に気付いた今となっては、兵隊さんが何人いても問題ありませんわ」
アリステアが謁見の間の扉を開けると、そこには思いも寄らぬ光景が広がっていた。




