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25.お嬢様は狙撃される

メサティア公国の首都メルドリアは、海を臨む温泉地だ。

街の至るところから湯気が立ち上っている。


それを一望する山の上の塔。


その屋上で、少女フィニーは風に吹かれている。


黒いワンピースの裾をはためかせたフィニーが不機嫌そうに眉根を寄せてギリリと歯を噛みしめると、鋭く尖った犬歯があらわになる。


「カサンドラの奴め……誇り高き吸血鬼である(わらわ)を好き勝手に使いおって……」


フィニーがカサンドラの子飼いとなったのは今から20年ほど前のこと。


カサンドラがウィンズベリー伯爵領からスタンティアラ伯爵領まで結界を拡張した際に結界の感知に引っかかったのが、スタンティアラ伯爵領の山奥の古城に住んでいた吸血鬼フィニーだった。


10歳ほどにしか見えないフィニーだが、実年齢は200歳を超えている。


「聖女の言いなりになどなりとうないが、あやつの命令に逆らおうとすると頭が爆発しそうになってしまうからの……」


結界内部のものから力を奪う、カサンドラの『支配の結界』。


力を奪い尽くされたフィニーはカサンドラの操り人形となり、政敵を始末する暗殺者として利用されてきた。


「じゃが、今回も妾にとっては容易(たやす)い仕事じゃ……」


フィニーはピストルのように伸ばした人差し指の先に黒い魔力を集中させる。


「距離は2000メールト以上。人間では視認もできまいて」


高い塔の屋上から見下ろすフィニーの視線の先。

そこに見えるのは、湯気の立ち込める浴場。

その湯に浸かっているのは一糸まとわぬ姿のアリステア。


「攻撃に気付かなければ、結界も無意味じゃの」


ニヤリとフィニーは笑い、指先から魔力の弾丸を発射した。



**********



「あふぅ……生き返りますわ……」


肩まで湯に浸かったアリステアが表情を緩ませる。


「今回もいろいろと大変でしたね、お嬢様」


体を洗い終えたヒナが、足先から湯に入る。


「それにしても驚きましたよ、お嬢様の目覚ましい成長には」


ヒナがアリステアのとなりに身を沈めると、アリステアは「え、でもわたくしはまだ、ヒナほどでは……!」と顔を赤らめて自分の胸を手で覆う。


「いえ、そちらはまだ今後の成長に期待……ごほん、失礼、鼻血が……そうではなくて、結界の話ですよ、お嬢様」


アリステアは顔を赤くして居住まいを正す。


「け、結界のことでしたのね。それはまあ、そうですが、それでもお母様やお姉様たちに比べたらまだまだですわ」


「まあ、あの人たちは街どころか国単位ですからねぇ。でもお嬢様の結界だって、もはや見劣りしませんよ。特にその汎用性は。守備だけでなく斬撃に射撃、治癒に浄化、それに……もうすっかり一人前と言えるんじゃないですかね」


「……結界は、そうかもしれませんわね」


アリステアは湯に浮かぶヒナの胸と自分の胸を見比べてから、口元まで湯に浸かりブクブクと泡を立てる。


その視線に気付いたヒナは「ふふ」と笑う。


「聖女といっても、お嬢様もお年頃の女の子ですからね」


「……ヒナは、いつからそんなに、その……大きくなりましたの?」


「え?」


「ですから……わたくしと同じ14歳の頃は、ヒナもこれくらいでしたの?」


「いや……まあ、そのくらい、だったと思いますよ……?」


「……なんか、しどろもどろに見えますわ」


アリステアがじっとヒナを見つめると、ヒナはその視線を避けるようにそっぽを向いて口笛を吹く。空気が漏れるだけで鳴らない口笛。


その時。


――――チュインッ!


アリステアのこめかみで何かが弾けた。


「どうしました!?」


ヒナがザバッと立ち上がり、アリステアに寄り添う。


「いえ、なんだか突然、結界が出たのですわ」


「結界が……?」


「最近わたくしの結界、勝手に出て防御することがあるんですの。そういえばロスベルグの病院からそうだったのですが」


「なんと……自動防御(オートガード)まで……!」


「ええ。それに……」


アリステアの頭髪がざわざわとうごめき始める。



**********



「き、聞いとらんぞ……自動防御(オートガード)なぞ……!」


高い塔の屋上で、フィニーは地団駄を踏んだ。


「カサンドラの奴め、何が『アリステアはろくに結界も張れない落ちこぼれです』じゃ……! 守備力だけならとっくに最強クラスの聖女ではないか……!」


そしてフィニーは目前に迫るものを見て驚愕する。


「こ、これは一体何じゃ……ッ!」

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