23.お嬢様は赤くなる
「め、女神の加護を受け、この2人は結婚しようとしています。この結婚に正当な理由で異議のある方は申し出てください。異議がなければ沈黙をもって、えっと、祝福の意志を……」
教会の祭壇で、しどろもどろになりながらお決まりの言葉を読み上げているのは、顔を真っ赤にしたアリステアだった。
その前にいるのは、純白の服を着たジェイコブとシェリー。
「汝ジェイコブは、この女性を妻とし、富める時も貧しき時も、喜びの時も悲しみの時も、ええと……病める時も健やかなる時も、ともに歩み、この者を妻として愛し、助け、慰め、敬い……死が2人を分かつまで、その心を尽くすことを、誓いますか?」
「はい、誓います」
ジェイコブの晴れやかな声が教会に響きわたる。
アリステアはうなずいて続ける。
「汝シェリーは、この男性を夫とし、富める時も貧しき時も、喜びの時も悲しみの時も、病める時も健やかなる時も、ともに歩み、この者を妻として愛し、助け、慰め、敬い、死が2人を分かつまで、その心を尽くすことを、誓いますか?」
「はい、誓います」
シェリーの声がかすかに震えている。
「それでは、指輪を交換してください」
ジェイコブとシェリーは、お互いの薬指に指輪をはめる。
そしてアリステアの顔が、いっそう赤くなる。
「ではヴェールを上げて、誓いの、き、きき、キスを……」
シェリーのヴェールを上げてジェイコブがキスをする。
思わず両手で顔を覆ったアリステアは、重なり合う2人の唇を、指の隙間から見つめていた。
参列者たちから拍手が鳴り響いた。
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2人で鐘を鳴らすジェイコブとシェリーを眺めて、アリステアはつぶやいた。
「はあ……わたくしには刺激が強すぎましたわ……」
「恥ずかしがりすぎですよ、お嬢様。キスくらいで」
「キスくらいって! ヒナはしたこと、あるんですの!?」
アリステアに詰め寄られて、ヒナは顔を背けて「いや、それは、イメージトレーニングと言いますか、何と言いますか」と言ってから下手くそな口笛を吹く。
聞き取れなかったアリステアが「ヒナは何歳の頃に、キスしましたの!?」とヒナの服を引っ張っているが、
「アリステア様! ヒナ様!」
というシェリーの声で、そのやりとりは中断された。
ジェイコブを連れて、シェリーがアリステアとヒナのもとに駆けてくる。
「本当に、ありがとうございました!」
「2人がいなければ僕たち、この町は大変なことに……」
そう言ってジェイコブとシェリーは深くお辞儀をする。
その後ろでアリステアに救われた元信者たちも、口々に礼を言う。
「あれから、体もすっかり良くなりました……!」
「何もかも、お2人の御力でございます……!」
「あのままでは神父と医者に殺されるところでした……!」
「アリステア様に救われて、目が覚めました……!」
アリステアは「いえいえ!」と後ずさりする。
「わたくしはただ、できることをしたまでですわ……!」
信者たちの中から、中年の女性が歩み出る。
「おかげで病院もすっかりキレイになったよ、聖女サマ」
それは看護人メアリーだった。
看護服ではなく紫色のドレスを身にまとっている。
「元院長と神父の財産を元手に、病院の改革が始まったんだ。どこかの誰かさんが専門家も手配してくれたみたいでね」
「それはよかったですわ! でも誰かさんって一体、誰が」
「あたしのカンじゃ、すぐ近くにいるメイド服の『誰かさん』だと思うんだけどね」
メアリーはそう言ってヒナをちらりと見る。
ヒナは顔を背けて下手くそな口笛を吹く。
「まあ、いいさ。それよりこの教会は、これからあんたが引き継いでくれるっていうことかい? 聖女サマ」
メアリーがそう言うと、アリステアは
「そ、そんな、わたくしには荷が重いですわ! さっきの祝福の言葉だって、何度もつっかえてしまいましたし。わたくしはまだ聖女として未熟ですわ!」
と言って、顔の前でぶんぶんと手を振る。
ジェイコブとメアリーがアリステアに詰め寄る。
「未熟だなんて、そんなことは……!」
「アリステア様以上の聖女様はいらっしゃいません!」
その後ろの元信者たちも、うんうんとうなずく。
「ありがたいお話ですが、わたくしたちは先を急がなければなりませんの」
アリステアがそう言うと、一同がガックリとうなだれる。
メアリーがしわがれた声で言う。
「まったく。辛気くさいね、あんたたちは。仕方ないだろう。きっとこの聖女サマには、あたしたちには想像もできないほど大きな使命があるんだ。せっかくなら、明るく見送ってやんなきゃ」
それを聞いて、一同は顔を上げる。
「戻りたくなったら、いつでも戻ってきてくださいね!」
「この港町ロスベルグはお2人をいつでも歓迎します!」
「今日も時間の許す限り、おもてなしさせて頂きます!」
「こちらにお食事もたくさんご用意していますので!」
そこでアリステアがふと思い至る。
「ところで、神父様とお医者様は結局どうなりましたの?」
ヒナがギクリとして思い返す。
アリステアが彼らをシャチホコにしたのは、もう3日前の話。
「……誰か、屋根から下ろしましたっけ?」
一同は顔を見合わせる。
戸惑いながらもざわざわと小声で「確かお前が」「いや俺じゃない」「私でもないわよ」などとささやきあっている。
咳払いをして、ジェイコブがシャンパンのボトルを手にする。
「きょ、今日は結婚式だ! 細かいことは忘れて飲もう!」
シャンパンの泡が吹き出し、人々は歓声を上げる。
なかば強引に盛り上がる人々の様子に、アリステアは首をかしげている。
教会の鐘が鳴り響き、屋根のシャチホコが発する弱々しい悲鳴は、抜けるような青空に人知れず吸い込まれていった。




