22.お嬢様は頭をかきむしる
「言っておくけど、君は僕には勝てないよ」
魔族グリシルダは両手を広げて笑みを浮かべた。
「君は魔族を見るのが初めてのようだから知らないかもしれないけど、僕たち魔族にも階級があるんだ」
グリシルダが胸に手を当てて言う。
それを睨みつけたまま、アリステアは顔をしかめている。
「ただし人間のように家柄や財産のようなくだらないものでは決まらない。魔族の階級を決めるものは純粋な強さ。特にその体に内包する魔素の絶対量、魔素値によって決まるんだ」
グリシルダが顔の前で3本、指を立てる。
「魔族は下級魔族、中級魔族、上級魔族に分類される。そして僕は、上級魔族。君たちにとっては残念なお知らせだけどね」
グリシルダが再び両手を広げる。
アリステアは眉間のシワを深くする。
「一般的に、上級魔族の魔素値は1万ゲノ以上とされている。ちなみに、今の僕の魔素値は大体3万3000ゲノ。この町で人間をたらふく食べたおかげで5000ゲノは増やすことができた。今や魔貴族や魔将軍にも迫るほどの魔素値だ……」
アリステアがイラついた表情で舌打ちをする。
「ちなみに、僕たち魔族は相手の魔素値を数値化して見ることができる。一般的な人間――たとえばCランク冒険者なんかだと500ゲノから1000ゲノくらいかな。要するに僕たち魔族にとっては、虫ケラみたいなものさ……」
そう言ってからグリシルダは頭を振ってため息をつくと、アリステアとヒナのいる方に手を差し向ける。
「その点、君たちは素晴らしいよ。銀髪の君は6000ゲノ。そしてメイド服の君は8000ゲノ。Aランク冒険者でも高い方なんじゃないかな。以前の僕となら、多少はいい戦いができたかもしれないね。でも今は、とてもとても……」
グリシルダが「くくく……」と、いやらしい笑みを浮かべる。
「ふふ、どうだい? 絶望したかい?」
それを聞いてヒナは、腰のカタナに手をかけて身構えたまま、冷や汗を流す。
「た、確かに、凄まじい魔力ですね……!」
ヒナの後方で信者たちの先頭に立っているジェイコブは、震えながらつぶやく。
「僕なんか、怖くて心臓が潰れてしまいそうだ……!」
グリシルダは彼らの反応を見て満足そうにうなずく。
「それは何より。話した甲斐があったよ。なぜなら僕は……」
二イッと歯をむき出しにしてグリシルダは笑う。
「絶望した人間の死に顔が大好きだからねぇ!」
すると、グリシルダの目の前でうつむいていたアリステアが顔を上げ、
「ガタガタうるせーぞ〝ダボ〟があッ!」
――――バゴオッ!
とグリシルダの顔面を思い切り殴りつける。
「あぱあッ!?」
顎をカチ上げられたグリシルダが後ろによろめく。
「ベラベラと〝タイマン〟の前にしゃべんじゃねー! 魔族だのゲロだの何だの……6000が8000で、3万の……ああもう、わけわかんねえ! 受験勉強なんかしたくねーんだよアタシは! そもそもテメー〝どこ中〟だコラアッ!」
頭をかきむしってそう言うアリステアを見て、ヒナは「その人たぶん、中学行ってないです……」とつぶやく。
「ば、バカな! たった6000ゲノの分際で……!」
うろたえるグリシルダにアリステアは拳を握りしめて近づく。
「だから何なんだよ! その、ろくせん何とかいう変な数字は! さっきから小難しいことばっか言いやがって! 数学の〝センコー〟かテメーはッ!」
ヒナは首を振り「いや先生でもないです……」とつぶやく。
「ま、まさか君は、瞬間的に魔素値をコントロールできるのか!? そんな芸当、特別種の魔族だって――――!」
グリシルダの言葉をアリステアは
「だからうるせーんだよ〝ダサ坊〟がッ!」
――――メシャアッ!
と殴って遮る。
「ぶげッ!」
グリシルダは潰された鼻を手で抑えながら、アリステアにもう片方の手のひらを向ける。
「ま、まま待ってくれ……! もう一度、僕の感知魔法で君の魔素値を……!」
アリステアはお構いなしにツカツカと歩いて距離を縮める。
「やかましい! また数字の話をしたら〝すり潰す〟ぞッ!」
今度はグリシルダのみぞおちに、アリステアの拳がめり込む。
「おぼおッ! そ、そんな! 8万、9万、10万……どんどん上がって……ッ!」
驚愕の表情を浮かべたグリシルダの顔面に、アリステアは
「アタシに数字の話をするなって言ってんだろーがッ!」
と結界で光り輝く右拳を叩き込む。
「――――じゅうにまッ!」
そう言いかけ、グリシルダの頭部が一気に爆散した。
頭をなくしたグリシルダの体は、首から勢いよく血を噴き出しながら膝をつく。
前のめりに倒れるグリシルダをよけてアリステアは、
「覚えとけ。アタシは数学が大嫌いなんだ……ッ!」
と言ってツバを吐き捨てた。
ヒナは苦笑いを浮かべて「数学っていうほどですかね……」とつぶやいた。
その時、教会の前方、祭壇の方で
「う、う~ん……」
とフリードランド医師と神父エドワードが起き上がる。
それを見てヒナは「意外とタフですね」と目を丸くする。
「そ、そんな、まさか、グリシルダ様が……ッ!」
教会に広がる惨状を目にして、神父の顔が青ざめる。
「よお、ちょうどいいところで目覚めたなぁ……!」
凶悪な笑顔を浮かべたアリステアが、神父と医師の方に歩みを進める。
「ひッ!」
「た、助けッ……!」
神父と医師は恐ろしさのあまりその場に尻もちをつくと、2人身を寄せ合って震え上がる。
「そういえばテメー、さっきこの教会を豪華にしてえって言ってたよなぁ……!」
目の前までやってきたアリステアが腰を曲げて、2人の顔を覗き込む。
「え? は、いや、その……!」
「か、金かッ!? 金ならある、いくらでもくれてやる!」
アリステアは小さく首を振る。
「金なんかいらねーよ……教会を豪華にするにはなぁ……」
神父と医師は困惑の表情を浮かべる。
「え……そ、それはどういう……!」
「な、何をするつもり……!」
アリステアは大きな目を真ん丸に見開き、口の端が切れそうなほど口角を引き上げて笑う。
「教会の屋根に〝シャチホコ〟を作るんだよぉ……!」
神父と医師は2人そろって首をかしげる。
「シャチ、ホコ……?」
「そそ、それは一体……!」
アリステアの髪の毛が素早く伸びて、神父と医師の全身に巻きつく。
「テメーらを〝エビ反り〟にして屋根に飾んだよ……!」
狂気の笑顔を浮かべたアリステアの瞳が爛々と輝き、長く伸びた銀髪が神父と医師を締め上げていく。
ステンドグラスから午後の光が差し込む美しい教会で、神父と医師の骨が砕ける音と汚らしい絶叫が、長く長く鳴り響いた。




