2.お嬢様は冒険者ギルドのテストを受ける
アリステアとヒナの2人はメサティア公国の南部に広がる荒野を抜けて、最初の町エルディムに到着した。
「さて、この町ではお嬢様にやって頂くことがあります」
「わたくしに? 何をですの?」
「冒険者登録ですよ」
ヒナの言葉に、アリステアの目が輝く。
「冒険者登録ッ! わたくし、夢でしたのよ!」
「ウィンズベリー伯爵領ではカサンドラ様に禁止されて、できませんでしたからね。でも、聖女として成長するには冒険者の経験が一番有効なんですよ」
「冒険者の経験が……聖女としての成長に?」
「ええ。討伐クエストやダンジョン攻略なんかが特に……実戦経験がなければ、結界スキルの成長も頭打ちですからね」
「実戦経験……」
不安そうに眉をひそめるアリステアの小さな肩に、ヒナが手を置いて微笑みかける。
「大丈夫ですよ。私がついていますから」
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「新規の冒険者登録には、Cランク以上の冒険者からの推薦が必要です」
事務的にそう言った冒険者ギルドの受付の女性に、ヒナは銀色のプレートを渡した。
「こ、これは……Aランク冒険者の、ヒナ・ヒムラ様……! 大変失礼いたしました!」
恐縮する受付の女性を前に、アリステアが目を丸くする。
「え、Aランクだなんて、ヒナ、いつの間に……!」
「お嬢様のお世話係として働く合間に、私も必死で努力したんですよ。いついかなる時も、お嬢様をお守りできるように」
ヒナはそう言って胸を張り、腰のカタナに手をかけた。
侍女だというのにメイド服で片眼鏡をかけて腰にはカタナという妙ないでたちのヒナのことを、アリステアは『変わった服のセンスですわ』と思っていたが、カタナについてはこれで少し謎が解けた。
アリステアの知らないところで、ヒナは戦ってきたのだ。このカタナで。
どこで手に入れたのかはわからないが。
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「Aランク冒険者からの推薦ではあるが、一応テストをさせてもらうぞ」
クマのような巨体で立派なヒゲをたくわえたギルドマスターが、修練場でそう言った。
アリステアの冒険者登録にあたって、実戦形式でテストをするらしい。
砂の地面を踏みしめ、口を真一文字に結んで身を固くするアリステアに、ヒナが声をかける。
「そう緊張しないでください、お嬢様。まずは落ち着いて結界を張りましょう」
アリステアがうなずくと、ギルドマスターは目を見張る。
「ほう……結界か。聖女だというのは本当のようだな」
ギルドマスターは剣を後ろにひき、盾を前に構える。
警戒の姿勢だ。
「ウィンズベリーの聖女の結界はとてつもない大きさらしいからな……。発動した結界の威力で吹き飛ばされてはかなわん」
アリステアが全身に力を込めると、その細身の体が光を放つ。
ギルドマスターは「来るか……!」と身構える。
しかし結界が広がる様子はない。
ギルドマスターが首をかしげる。
修練場を一瞬の静寂が包む。
アリステアは全身に薄い光の膜をまとったまま、頬を赤らめてつぶやく。
「す、すみません……わたくしの結界、1センチしか広がらないのです……」
ギルドマスターは「そ、そうか……」と言って咳払いをする。
「ならば、その硬さを試させてもらおうか」
ギルドマスターは盾を前に構えたまま突進し、結界をまとったアリステアにシールドラッシュを見舞う。
――ガキィン!
「う、うおッ!」
鋼鉄製の盾が弾かれるが、アリステアは微動だにしていない。
反動でギルドマスターの盾は跳ね上がり、胴がガラ空きになっている。
「今ですよ! お嬢様!」
ヒナの声に反応し、アリステアが結界をまとった拳を構える。
「マズイ……ッ! この硬度のパンチを食らっては……!」
かわそうとするも、体勢が崩れたギルドマスターの回避は間に合わない。
その腹部にアリステアが渾身のパンチを放つ。
「やあッ!」
――ぷにん。
ギルドマスターのふくよかなおなかに、アリステアの小さな拳が弾かれる。
「えい! えいえい、えいッ!」
ぷにぷにぷに、ぷにん。
棒立ちになったギルドマスターの腹にパンチを繰り返すアリステアは、まるで駄々っ子のようだった。
「う~む。確かに拳は硬いんだが、威力がなぁ……」
アリステアの連打を受けながらもギルドマスターはそうつぶやいて、気まずそうに後頭部をかいた。
「むう……! ギルドマスター様のおなか、なんて強力な結界ですの……ッ!」
「いや、結界っていうか、ただのビールっ腹なんだが……」
「まさに柔よく剛を制す……! わたくしの拳がまったく通用しませんわ……!」
「まあ、金かかってるからなあ。ここまで腹を出すのにどれだけ飲んだことか……」
照れ笑いするギルドマスターの腹に、アリステアは必死でパンチを打ち続けた。
それを眺めながら、ヒナは腕組みしたまま苦笑した。
「……まあ、今のお嬢様の筋力じゃこんなもんでしょうね」