15.お嬢様は通り名に不服を申し立てる
「ダンジョン踏破6時間って、世界記録じゃないか……?」
アルフレッドがそう言って指さした先には、魔法都市レギアムの冒険者ギルドで新しい冒険者プレートを受け取るアリステアがいた。
「やりましたわ! これでついにわたくしも、Bランク冒険者ですわ!」
冒険者プレートを掲げてぴょこぴょこ飛び跳ねるアリステアの前で、女性のギルドマスターは苦笑いを浮かべている。
「Fランクから数日でBランクって聞いたことないわよ……」
ヒナもまた、腕組みをして苦笑いを浮かべる。
「本当に、すぐ追いつかれてしまいそうですね……」
アリステアはそんなヒナを見上げて、
「ですが、それもこれも全部ヒナのおかげですわ」
と言って微笑む。
「わたくしでは途中のコウモリは倒せませんでしたし、この前のドラゴンだってヒナがいなければ倒せませんでしたわ」
それを聞いてアルフレッドたちがアリステアを二度見する。
「え、まさか……」
「エルディムの町でドラゴン討伐したのって」
「当時Fランクの新人って聞いてたけど」
「そ、それも、もしかして……」
アルフレッドたちが「お前だったのか!?」と声をそろえる。
「そうですわ?」
アリステアが振り返ると、アルフレッドたちは尻もちをつく。
「ま、まままま、マジかよォ~~~~ッ!」
絶叫するアルフレッドたちを尻目に、アリステアはヒナに話しかける。
「でもそんなことより、よかったですわね」
アリステアに言われて、ヒナもまわりの光景を眺める。
冒険者ギルドだけでなく、そこから見える町のいたるところに人々が溢れ、ダンジョンの発生で荒らされた町の再建にあたっている。
「ええ。ダンジョンの燃料として、あのディンバイルが町の人たちを捕えていたことで、誰一人死ぬことなく救出することができましたからね」
ギルドの前を通る住民たちは、誰もがアリステアとヒナに手を振り感謝の言葉を伝えていく。
救出直後の住民たちはアリステアを魔法都市の名誉市長にすると大騒ぎしていたが、先を急ぐ2人に断られたばかりだ。
その熱狂はいまだ冷めやらないようで、通りすぎる住民たちの声は感謝の言葉というより歓声に近い。
アリステアは「そういえば」と首をかしげる。
「あのディンバイル博士は、一体どうなりましたの?」
わたくし、あまり覚えていなくて……とつぶやくアリステアに、ヒナは慌てふためきながら応える。
「えっと、つ、捕まりました!」
「あら、そうでしたの」
「ええ! とりあえず、死んではいません!」
その会話を聞いていたアルフレッドたちが口を挟む。
「確かに、生きてはいたけどな……」
「あれじゃ死んだ方がマシっていうか」
「人って、あんなに折れる場所あったのねぇ……」
「人間ワザとは思えない有り様だったな……」
ヒナは冷や汗を流し、大慌てで口の前に人差し指を立てる。
「よ、余計なことは思い出させないでください……ッ!」
小声でそう言ったヒナの後ろで、アリステアは嬉しそうに冒険者プレートを手にとって眺めている。
「これならわたくしも、一人前の冒険者ですかしら……」
ヒナがアリステアに「そうですよ!」と声をかける。
「Bランクなら充分、立派な冒険者ですよ!」
アルフレッドたちも続いて言う。
「まあ当然よね。ドラゴンを倒して」
「たった6時間でダンジョンも踏破した上に」
「この町の人たち全員、助け出しちゃったんだもの」
「もし俺が通り名をつけるなら……」
少し考えてから、アルフレッドが苦笑いをしてつぶやく。
「たとえば『殺戮少女』とかかな……」
アリステアは「な……!」と衝撃を受ける。
「こ、困りますわ! わたくし、聖女ですのにッ!」
ヒナがアルフレッドを睨み、無言でカタナに手をかける。
「か、勘弁してくれよ! せっかく生きて帰ってきたのに!」
アルフレッドが逃げ出すと、魔法都市レギアムの冒険者ギルドに冒険者たちの笑い声が上がった。
そのまわりでは、力強く町を再建する人々の打ち鳴らす金槌やノコギリの音が鳴り響いていた。




