14.お嬢様はこの騒動の真相を知る
「本当に、すまなかった」
アルフレッドたちはそう言って、アリステアとヒナにそろって頭を下げた。
「……何がですの?」
アリステアは目を丸くして首をかしげる。
アルフレッドが「いや、それは、その、お前たちをバカにするような」と言い始めても、アリステアには理解できないらしく困った顔でしきりに首をひねる。
ヒナは腕組みをして「ぶっちゃけ、私はムカつきましたけど」と言う。
「お嬢様がお許しになるなら、私も許します。それに、そんなことより」
ヒナはダンジョンの奥へとつながる通路を見据えて続ける。
「時間は一分一秒を争います。あなたたちにも、協力してもらいますよ」
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アリステアたちがダンジョンの第七層を出た時には、ヒナの懐中時計の時刻は18時に差し掛かっていた。
レギアムの住民を救い出すタイムリミットまで残り約2時間。
だがそれも一般的な災害救助の常識で考えれば、の話だ。
水分補給はできるかもしれないが、ここは無数のモンスターが蠢くダンジョン。
タイムリミットよりもっと手前で、住民たちが全滅しても何ら不思議ではない。
はやる気持ちを抑えて、ヒナの先導でダンジョンの最下層へと進む。
様々な魔物や罠をかいくぐって最下層と思われる場所にたどり着いた時には、時刻は19時を過ぎていた。
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あとわずか1時間弱で、この目の前のモンスターを倒さなければならない。
怪しく輝く魔石を守るように鎮座するのは、巨大なスライム。
ゲル状の透明な体の中に、いくつかの臓器が見える。
「おそらく、あの核を破壊すれば倒せるはずですが……!」
ヒナはそう言ったが、その表情は苦悶に満ちていた。
「一体コイツには、どんな攻撃なら通用するんだ……!」
「スライムのくせに魔法も効かないって、どういうことよ!」
「俺の魔法剣の炎でも氷でもダメなんてな……」
「解析魔法も弾かれて、弱点も分析できないよぉ~」
アルフレッドたちも困惑していた。
巨大なスライムに対してすでにあらゆる攻撃手段を試したものの、そのどれもダメージにならない。物理攻撃も魔法攻撃も、そのすべてがブヨブヨの体に飲み込まれるばかりだった。
「結界をまとった髪の毛の斬撃も射撃も効きませんわ……!」
アリステアも肩で息をしてそう言った。
その時、しわがれた老人の笑い声が響いた。
「けっけっけ、愚か者どもめ。無駄じゃ、無駄じゃ……!」
その声とともに、魔石の向こう側から腰の折れ曲がった老人が現れた。
頭はハゲ散らかし、薄汚れた白衣のようなものを着ている。
「あ、あなたは……ッ!」
「ヒナ、あの方を知っていますの?」
「ええ、あれは……!」
ヒナが説明を始めるのを遮るかのように、老人は「けーっけけけけ」と不快な笑い声を上げる。
「そうとも! このワシこそが世に名高い天才魔法科学者ディンバイル博士じゃ! お主らごときに、このワシの実験の邪魔はさせんわ!」
「実験……?」
「ああ、そうじゃ。実験じゃ。我が魔石研究の集大成! ダンジョンを思うがまま操り、町の住民をエサにして持続的に拡張し、ゆくゆくはこの国、いや、この世界のすべてをダンジョンにしてやるのじゃ!」
アリステアがわなわなと震えながら疑問を漏らす。
「な、何のためにそんなことを……!」
ディンバイルは「え?」と耳に手を当てて聞き返す。
「一体どうして、人々を犠牲にしてまでそんなことをするのかと聞いているのですわ……!」
いくつか歯の抜けた口を開いて、ディンバイルは醜悪な笑顔を見せると、
「楽しいから」
とだけ、間の抜けた声で言い放った。
アリステアの震えが大きくなる。
「たったそれだけの理由で、この町の人たちを……?」
ディンバイルは「何を言っとるんじゃ?」と首をかしげる。
「科学者が実験用ラットを殺して、何が悪い?」
アリステアのこめかみに血管が浮かぶ。
「ゆ、許せませんわ……! あなただけは、絶対に……!」
拳をギリギリと握りしめる音が、ヒナにも聞こえてくる。
「い、いけませんよ、お嬢様……!」
うろたえるヒナに、アルフレッドたちは「何がだ?」と不思議そうな顔をする。
ヒナは「お嬢様は、お嬢様は……!」と繰り返す。
「な、何か奥の手があるのか……?」
アルフレッドがそう言った瞬間、
「まあそんなわけで、お主らもまとめて死ねえッ!」
とディンバイルが言って手を上げると、巨大なスライムが酸を吐き出す。
逃げ場なく広がった酸が勢いよく、アリステアたちを襲う。
「ま、マズイ……!」
「いやあぁぁぁぁあああぁ!」
「何か奥の手があるなら早くやってよ~ッ!」
「その『お嬢様』がどうなるってんだよ!」
慌てふためくアルフレッドたちの横で、ヒナがつぶやく。
「お嬢様は、怒るとスケバンになるんです……!」
アルフレッドたちは「は?」と声をそろえる。
すると震えていたアリステアが顔を上げ、鬼のような形相で
「フザケてんじゃねえぞ! この〝シャバ僧〟があッ!」
と叫んで飛び出す。
「ぶっ飛びやがれえ! オラアッ!」
そう叫んでアリステアが殴りつけたのは、前方の地面。
――――ズガァンッ!
ダンジョンの地面は隕石が落ちたように大きく陥没し、大量の岩石が激しく砕け散る。
そして飛散した岩石のヴェールは強烈な勢いでスライムの酸を吹き飛ばしていく。
「えぇえええぇぇぇぇええええッ!?」
アルフレッドたちは一斉に声を上げる。
ヒナは額に手を当て「もう滅茶苦茶ですよ……」とつぶやく。
「うおおッ!? じゃ、じゃがワシのかわいいスライムには、いかなる攻撃も通用せんぞ!」
ディンバイルのその叫びに、アリステアは
「スライムだろうが〝警察〟だろうが、アタシは誰にも止められねえんだよおッ!」
と叫んだままスライムの体に突進していく。
「けけけけけ愚かな! スライムの消化液の餌食じゃあッ!」
ディンバイルが高笑いする。
しかしスライムの中をズムズムと、アリステアは進み続ける。
「なかなか頑張りおるわい! じゃがそれも今すぐに……!」
アリステアはただただ進み続ける。
スライムの体の中をかき分けるように。
「今すぐに……! あれ?」
ヒナが深いため息をつく。
「はあ……お嬢様の結界に、消化液なんか効くわけないんですよねえ」
ズムズムと強引に進み続けたアリステアは、とうとうスライムの体内にある核の目の前まで到達する。
「や、やめろ……! やめろォ~~~~ッ!」
ディンバイルの声はアリステアには届かない。
スライムの中で何かを叫びながらアリステアは腰だめに拳を構える。
次の瞬間。
強烈な光とともにアッパーカットを放ったアリステアは、核を粉砕したその勢いのままスライムの体の中から上に飛び出す。
それを見上げてアルフレッドたちが
「俺たちの苦労って、何だったんだ……?」
「さあ……」
「弱点属性とか関係なく結局パワーだもんなあ……」
「もはや考えるだけ無駄だと思うわ……」
とつぶやいている。
そしてアリステアが着地したのは、ディンバイルの目の前。
「お、お主は、お主は一体……!」
驚愕の表情で震えるディンバイルを、アリステアは見下ろして言う。
「見ての通り、聖女だよ……!」
「そ、そそそんな聖女がおるかッ!」
「あァん!?」
アリステアにガンをつけられてディンバイルは「ひいィ!」と縮み上がる。
「許さねえぞ……罪もねえ奴らを食いモンにしやがってよ……テメーは〝タコ人間〟の刑に決定だ……!」
「な、なな何じゃ! そのタコ人間とかいうのは!」
「タコってよぉ、骨がねえだろ……?」
「そ、そうじゃが……!」
「だからテメーの全身の骨を折って〝タコ人間〟にしてやるって言ってんだよぉ……!」
ディンバイルは「ひ、ひぃ~~~~ッ!」と悲鳴を上げて腰を抜かし、小便を漏らした。




