12.お嬢様は走り抜ける
アリステアとヒナは、魔法都市レギアムを飲み込んでしまったダンジョンの第一層に足を踏み入れた。
「まったく、お嬢様は! ポーションも補給してないのに!」
「だって、事は一刻を争うのでしょう?」
「そうですけど、準備もなくダンジョンに突っ込むなんて!」
そう言いながらもヒナは、町の様子を思い返していた。
ダンジョンに飲み込まれたというレギアムの町には、どこにも住民の気配はなかった。
「まあ……ダンジョンに飲まれたなら、高い魔力を持つ魔道具の店や魔術師ギルドは真っ先に飲み込まれて、地上には残ってなかったでしょうけど……」
装備を整えようにも、地上で店を探す時間をかけるだけ無駄ということだ。
住民救助のタイムリミットは6時間を切っている。
それでもアリステアの独断専行に納得がいかなかったらしく、ヒナはブツブツと文句を言い続けていた。
そこに、冒険者たちと思われる叫び声が聞こえてきた。
「くそおッ! たかがフレイムラットごときに!」
「Dランクのモンスターが、なんでこんなに強えんだよ!」
「ここは魔素が濃すぎるんだ! Bランクだと思って戦え!」
どうやらモンスターと戦っているらしい。
それを聞いてアリステアが走り出す。
ヒナも「もう!」と言いながらアリステアを追う。
「わたくしが加勢しますわ!」
戦闘に飛び込んできたアリステアの声に、冒険者の男が驚いて振り返る。
「お、お前は……?」
「わたくしはアリステア・ウィンズベリー! Dランク冒険者ですわ!」
そう言いながら戦場に走ってくるアリステアに、冒険者たちは口々に叫ぶ。
「いや、Dランクじゃ戦力にならねえって!」
「でも待てよ、ウィンズベリーって!?」
「聖女か! それなら俺たちを結界で守ってくれ!」
アリステアは走りながら叫んで応える。
「わたくしの結界はたった1センチ! 皆様を包むことはできませんわ!」
冒険者たちが「なんだよ、それ!」「使えねえな!」「じゃあ帰れよ!」などと罵る。
「その代わり!」
アリステアが巨大なネズミ型モンスターの群れに飛び込む。
その中で結界をまとって逆立てた髪の毛を振るう。
――――ズバババッ!
冒険者たちを苦しめていたフレイムラットの群れが次々と真っ二つになる。
「敵を倒して、お守りしますわ……!」
モンスターを蹴散らしてそう言うアリステアに、冒険者たちは嘆息する。
「す、すげえ……!」
「あれで、Dランク……?」
「強すぎんだろ……!」
ぽかんとする冒険者たちには目もくれず、アリステアはダンジョンの奥へと駆けていく。
「お嬢様! ダンジョンの中は走らない!」
まるで学校の廊下やプールサイドで生徒を叱る教師のように、ヒナがアリステアを追いかけていく。
冒険者たちは事態を理解できず、ただただ口を開けて彼女たちの背中を眺めるばかりだった。
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ヒナはやっと捕まえたアリステアに、ぐっと顔を近づけて言い聞かせる。
「いいですか、お嬢様。ここから先は私の前には勝手に出ないでくださいよ?」
「どうしてですの?」
「ダンジョンには、恐ろしい罠が山ほど仕掛けられているからですよ」
アリステアが「でも、ヒナだって」と言いかけた時、ヒナは口の前に人差し指を立てて「しっ」と言って目を閉じた。
(どこに罠があるかなんて、ヒナだってわからないのではありませんの?)
アリステアは、そんな疑問を飲み込んだ。
しばらくして、ヒナが目を開く。
「……こっちですね。安全な道は」
「どうして、そんなことがわかるんですの?」
「精神の集中と気配の察知は私の剣の極意。ダンジョンでも、ずいぶん修行しましたから」
そう言ってから音も立てずに歩くヒナの後ろを、アリステアはついていく。
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「この先、気をつけてください」
狭い通路が終わるあたりで、ヒナがそう言った。
アリステアが(気をつけろって何に)という言葉を思い浮かべると、それを読んでいたかのようにヒナが続ける。
「ファントムバット……コウモリの魔物です。天井にビッシリいますよ」
罠ではなく、モンスター。
そう理解したアリステアは「ではわたくしが!」と言って駆け出す。
「ちょっと、お嬢様ッ!」
ヒナがそう言った時にはその目線の先で、アリステアは巨大なコウモリに髪の毛を振るっていた。
しかし、
「あ、あたりませんわ!」
コウモリ型のモンスターは、アリステアの斬撃をヒラリヒラリとかわしていく。
「そうでしょうね」
ムキになって髪の毛の斬撃を繰り返すアリステアに、ヒナは淡々と説明する。
「ファントムバットは素早い動きが特徴。それに、コウモリは反響定位で攻撃の出どころを瞬時に察知します。倒すためには回避不能の範囲攻撃か……」
――――キン。
「このように、音波を超える速攻が有効です」
ヒナはカタナを鞘に収めて、涼しい顔で歩いていく。
それを避けるようにコウモリの肉片がバラバラと落ちていく。
「す、すごいですわ、ヒナ……わたくしも、ヒナのような速さを身につけられたら」
アリステアがそう言いかけると、ヒナは
「……10年くらい、かかるかもしれませんよ?」
と言ってアリステアの先を歩いていった。
「そんなには、待てませんわね……」
アリステアはそう言うと、口を真一文字に結んで頭を抱えた。
ヒナは懐中時計の時刻を確認する。
現在、15時半。
レギアムの町の住民を救い出すためのタイムリミットまでは、あと4時間半。




