1.お嬢様は追放される
短編の連載版ですが、主人公の旅立ちから書いておりエピソードは使い回しませんので、短編を読んでいても読んでいなくても楽しんで頂けます。
「アリステア、あなたにはこの家から出ていってもらいます」
ウィンズベリー家当主の女伯爵カサンドラは、四女アリステアに冷たくそう言い放った。
母の言葉に、長女のウィニカがうなずく。
「落ちこぼれのアリステアには、当然の措置ですわね」
次女のイザベラはキャハハと笑う。
「まともに結界も張れないクズなんて、ウチにはいらないもんねえ」
そして最後に、三女のオリヴィアが目をこすって眠そうにつぶやく。
「アリステアに、聖女なんか無理に決まってるの」
ウィンズベリー伯爵家は、聖女の家系だった。
生まれるのは女児ばかり。
娘たちは代々、強力な結界を駆使して人々を守護してきた。
その中でも現当主カサンドラの結界は飛び抜けて巨大で、ウィンズベリー伯爵領だけでなく東のスタンティアラ伯爵領まで、ハルベニア王国の北半分を覆い尽くしている。
長女のウィニカ、次女のイザベラ、三女のオリヴィアも、それぞれに独特で強力な結界を持ち、ハルベニア王国における重要な防衛戦力となっている。
そんな中、四女アリステアの結界は、たった1センチ。
体の表面に薄い光の膜を張ることしかできなかった。
これでは防衛力として利用することはできない。
政略結婚に使っても、家名に泥を塗るだけだ。
そのため、アリステアは家の中で存在しないものとして扱われた。
社交の場に連れて行かれることもなかったし、家族が対外的にアリステアの話題を出すこともなかった。
貴族なら通常は12歳から通うことになるはずの魔法学園にも、アリステアは14歳になった今も入学していない。
「この家を出て、あなたにはハルベニア王国の北方の隣国、メサティア公国の北端に位置する『約束の地』へと行ってもらいます」
カサンドラがそう言うと、長女ウィニカが相槌を打つ。
「約束の地と言えば、魔王を滅ぼす勇者が生まれると言い伝えられている土地ですわね。伝承と違って、勇者はまだ生まれていないようですが」
「そうです。なぜ約束の地で伝承通り勇者が生まれなかったのか、その原因を究明することがアリステアの使命です」
「……なるほど。さすがお母様ですわ」
次女イザベラと三女オリヴィアが首をかしげる。
「でもさ、勇者が生まれるはずだったのって、もう30年も前じゃない?」
「今さら調べに行っても、意味がないの」
長女ウィニカが「バカね、あなたたちは」とため息をつく。
「目的なんて、どうでもいいのよ」
壁際に控えてその会話を聞いていた侍女のヒナ・ヒムラは歯ぎしりをする。
(要するに、実質的な追放じゃないの……!)
ヒナは10年前にこの世界にやってきた転移者だった。
転移した直後、森で盗賊に襲われていたところを当時まだ4歳だったアリステアに助けられ、それ以来アリステアの世話係としてウィンズベリー伯爵家に雇用されている。
ヒナはその立場から、これまでアリステアが一人前の聖女になるために、恵まれなかった結界スキルをどうにか伸ばそうと苦心してきたことや、領民のために小さな人助けを重ねてきたことを見続けている。
そのすべてを否定されたのが、この瞬間だった。
(お嬢様……! これは、さすがに怒っていいですよ……!)
しかし、うつむいていたアリステアが上げた顔は、満面の笑みだった。
「ありがとうございます、お母様! これは各地の守護にお忙しいお姉様たちにはできない大切な仕事ですわね! この旅で成長して、わたくし、必ず立派な聖女になってみせますわ!」
拳を握りしめたアリステアの意気込みが、虚空に響きわたる。
カサンドラも娘たちも、そろってポカンと口を開けている。
ヒナは額に手を当て、頭を振ってため息をつく。
(まったく、お嬢様は……! お人好しが過ぎますよ……!)
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ハルベニア王国とメサティア公国は、長城で分かたれている。
アリステアとヒナはそこで出国手続きを済ませ、メサティア公国側に出た。
「ま、あんな家、出ることになってよかったんじゃないですかね、お嬢様」
「口が悪いですわよ、ヒナ。『あんな家』だなんて」
「だって、そうじゃないですか。お嬢様のことをないがしろにするし、領民の扱いだってひどいもんですよ。税金も高いし、治安も最悪のまま放置してるし。そもそもカサンドラ様って、強い結界さえ張っていれば領民なんてありがたくそこに入っているもんだと思ってるフシありますよね」
アリステアは困った顔をしてうつむく。
「……わたくしも、力不足で責任を感じますわ」
「いや、お嬢様はよくやってたと思いますよ。伯爵令嬢なのに聖女の修行だからって毎日のように領内を見回りして。昼はお年寄りの荷物を持ったり迷子の親を見つけたりして人助けしてましたし、夜はたまに悪者相手に大暴れしてましたし」
「夜の方は……あまり覚えていないのですけれど」
「そうでしょうね。まあいずれにせよ、お嬢様がいなくなったウィンズベリー伯爵家は没落すると思いますよ」
「え、どうしてですの……?」
「決まってるじゃないですか。お嬢様がいなくなったら悪者は放ったらかしになりますから。それに、ほら」
そう言ってヒナは、先ほど出てきた長城の方を振り返る。
アリステアもそれを見て振り返る。
長城の上には、大勢の兵士たちが二人に手を振っている。
「アリステア様ぁ~~! お元気で~~~~ッ!」
「早く帰ってきてくださいね~~!」
「アリステア様のご無事をお祈りしていま~~~~す!」
アリステアも大きく手を振り、彼らの声に応える。
その横でヒナがポツリとつぶやく。
「これだけの人気者が追放されたと知られたら、民衆の不満は爆発するでしょうね」
そしてヒナは二イッと口角を上げる。
「私としては、願ったり叶ったりですが」