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堅物ガール

初バトル

 双眼鏡が映すは大きな洋館。太陽の位置からして、時刻は正午を過ぎたくらい。双眼鏡を覗いて、それを見たレイの感想は、

「でかっ」

 なんとも即物的な感想だった。






「何であんな所に、あんなん建てたんだろうなぁ」

 不便でしょうがないだろうに。

「貴族が建てたんだろ。貴族の考えはよくわからん」

「にしても頭悪いだろ、これは」

「うちの国に頭のいい貴族はいると思うか?」

「うん、いるわけないね」

 二人は顔を見合わせる。

「「HAHAHA」」

 とりあえずお互い笑ってみた。

「…はぁ。なんか悲しいわ」

「言うな。俺まで悲しくなる」

 この国の貴族は頭が悪すぎる。自分達の利権を守るためになら、レイも目を見張るほどの手腕を見せるときがあるのだが、国民のためとなると、一気に無能の集団になってしまう。

「…尚更めんどくさくなってきた」

「奇遇だな、俺もだ」

 二人して溜め息をつきあう。そんな緊張感のない二人を見かねたのか、サーシャが声を掛けてきた。

「あの、バルド殿。このような所で何を?」

 サーシャの言うとおり、レイ達はここで何をやっているのか。

 場所は、屋敷から少し西にある高台。その場所でレイは地面に寝そべりながら双眼鏡を覗き、バルドは魔力で水増しした視力で屋敷を観察していた。サーシャからしてみると、二人が何をやっているのかわからないのだろう。その疑問に答えるべく、レイは口を開く。

「何って、じょ――」

「貴様には聞いていない」

 サーシャの態度は相変わらずだった。昨日、バルドがフォローしたと言ってはいたが、何の効果もなかったようだ。

 レイは捨てられて、雨に濡れてしまった子犬のような目をバルドに向けた。

「情報収集だ、サーシャ」

「情報収集とは言っても、こんな所で屋敷を見ていても何も分からないのでは?」

「レイが必要だって言うんだから、必要なんだろ」

「む。しかし、そこの男の言葉など信じる必要はない。それに、ここに至っては情報など、もはや、意味はないだろう」

「なっ!」

 この女は今何といった?情報がいらない?

 この女は言ってはいけないことを言った。レイは、サーシャの今までの失礼な態度は我慢した。しかし、その発言だけは許せるものではなかった。

「てめぇ、今、なんつった?」

「貴様の言葉など信じる必要はないと言ったのだ」

 サーシャは悪びれずに言う。しかし、聞きたいことはそれではない。

「違う。その後だ」

レイのいつもとは違った声色に、サーシャは困惑したように首を傾げる。

「…?情報などもはや、意味がないと言った」

 聞き間違いではなかった。レイは激怒した。情報の有用性を否定するとは。どのような状況においても、それは最も必要とされるものなのだ。

「この、お馬鹿さん!貴方には失望しましたわ!まさか、そんなことを言うなんて!」

 興奮のあまり、ですわ口調になってしまった。

「情報に意味がないですって?嘆かわしいにも程がありますわ!王国騎士団長のお口からそのような言葉が出てくるとは思ってもみませんでした!」

 レイはなんだか楽しくなってきた。なので、悪乗りしてそのまま、ですわ口調でサーシャをなじることにした。今まで邪険に扱われた鬱憤を晴らすためにも。

「大体、貴方のような、お若い女性が騎士団長なんてなさっているのが、間違いなのです!犠牲になられた団員の方々も浮かばれないでしょうに」

「っ!何だと!?」

「ほら、このような挑発ですぐに激昂する。貴方には理性というものが存在しませんの?」

「貴様はぁ…!」

 サーシャはかなり怒っているようだった。その美麗な顔は、怒りに歪み、全身は小刻みに震え、今にもレイに殴りかからんといった感じであった。

「はぁ。これでは王国騎士団がへっぽこなのもしょうがありませんわね」

 まったく、といった風に溜め息をつく。無論、女将さんの真似である。これは相手を苛立たせる、至高の一手だった。

「…ぐぅ。今の今まで、我慢してきたが、もう我慢できない…っ!勝負だ、下衆野郎」

「は?勝負?」

 素に戻ってしまった。そして何故勝負をするのか。

「ああ、貴様はバルド殿に相応しくない。いつもふざけて、人を馬鹿にするような下衆は必要ない」

「げ、下衆、下衆言うな!」

 下衆はきつい。

「それに貴様は本当に強いのか?噂によれば、バルド殿がいなければなにもできないらしいではないか」

「王国騎士団長たるものが、噂を鵜呑みにするのはよくないぜ」

「私より弱ければ、我が王国騎士団を侮辱したことを謝罪してもらう」

「って、聞けよ!」

「後、バルド殿とのパーティも解消してもらう」

 人の話を聞かない女だ。こうなれば、バルドになんとかしてもらうしかない。レイはバルドに視線を向けた。

「サーシャ――」

「いくら、バルド殿でもこればかりは譲れない。そして見ていただきたい。どちらが強く、どちらがバルド殿に相応しいのか」

 サーシャは完璧にキレてしまったようだ。バルドの言葉も聞かないくらいとは。少しふざけすぎたかもしれない。

「それで、どうする、下衆。怖いのならやめてもいいのだぞ」

「下衆って言うな。いいよ、やってやるよ。てめぇが負けたら、土下座して、レイ様には敵いませ~ん、って泣きながら言えよ」

「貴様のような下衆に負けはしない」

「…」

 下衆はきつい。





レイとサーシャは対峙する。サーシャはどっしりと構え、槍の穂先を地面に向ける。

 迎撃タイプか。レイは思考する。相手はごつい鎧に兜。速さはそれほどではないだろうが、地面に足が根付くようにしているから、女と言えども力は警戒すべきだ。

「二刀流か」

「まあね」

「変わった剣だな」

「太刀って言ってね。東の方の島国に伝わる武器だ」

 対するレイは、右手に太刀を、左手には小太刀を。特に構えらしい構えは見せず、その両肩に太刀を置き、力を抜いている。

「俺と相性が良くてね。長く使っている。まあ、斬ることを主体にしてるから、お前みたいな鎧を着込んだやつとはやりにくいんだけど」

「ふん。それは負けた時の言い訳か?」

「まさか」

 レイは笑う。対峙しただけでわかる。あの女は、自分より、才能がある。

 レイの言葉を最後に、場は膠着。

「掛かってこないのか?」

 沈黙を破るのはサーシャ。

「生憎と、俺はカウンター派でね。そちらから先にどうぞ。殺すつもりで来いよ」

「そうか。それではっ、遠慮なく!」

 言葉の途中でサーシャが疾走。その速さは鎧を着込んでいるというのに、凡百の剣士のそれを遥かに上回っていた。レイは肩に置かれた太刀を下し、相手に備える。

そのまま、レイの首を狙った一突き。疾走したスピードに加えて、腕の力も加えてのその突きをレイは首を僅かに右にずらすことで避けた。しかし、ぎりぎり目視できるレベルの突きである。首の薄皮一枚を持って行かれた。

 最初の一突きをかわされるのは想定内だったのだろう。そのまま横薙ぎにレイの首の切断を狙う。レイは左手の小太刀でそれを受け止める。無理な体勢から放たれたというのにその一撃の重さはレイの腕を少し押し込んだ。

 サーシャの猛攻は止まらない。横薙ぎの一閃を受け止められた瞬間に、右手を引いて、石突きでレイの脇腹に襲いかかる。レイはバックステップでそれを避け、間合いを開く。

「ちょっ!本気で殺す気か!?」

「貴様が殺す気で来いと言っただろう!」

 槍の間合いを活かした、突きの連続。頭、胸、腹、腕、足と狙われる刺突をレイは両腕の太刀を駆使して防いでいく。弾き、流し、時にはかわす。少しずつ後退していくレイ。その度にサーシャはより強く踏み込み、突きを放つ。

 押されている。レイはサーシャの攻撃を防ぎながら、驚いていた。まさか、ここまで強いとは。少し小手調べのような気持ちで、勝負を受けただけなのに。このままでは、本当に負けてしまうかもしれない。

 その驚きの一瞬。サーシャのより鋭い突きが放たれる。レイは左手の小太刀でそれを防ぐも、弾かれ、剣を手放しはしないが、大きな隙を作ってしまう。その隙をサーシャが見逃すはずもなく、強く踏み込んで首への突き。

 槍の穂先はレイの首に軽く食い込み、止まる。

「…まいった」

 剣を手放し、降参の意を込めて、両腕を上げる。

 その言葉に呼応して首に突き付けられた槍が引かれる。レイの首からは血が少し流れていた。

「わかったか。貴様は弱い。バルド殿の足を引っ張っているのだ」

兜を脱ぎながら、サーシャは告げる。少し息が上がっているようだった。

「へいへい、わかりましたよ。僕は弱いですよ。で、謝ればいいの?」

「ああ。後、バルド殿とのパーティを解消してもらう。今すぐギルドに向かい、解消して来い」

「は?今から?依頼はどうすんだよ」

「私とバルド殿がいれば事足りる。貴様は足手まといだ」

「あっそ」

 沈黙。気まずい沈黙。

「早く謝れ」

「わかったよ。王国騎士団をへっぽこと言って悪ぅございましたぁ。今すぐ王国都市に戻ってパーティを解消してきますぅ」

 レイは謝る気ゼロの言い方ではあったが、サーシャはそれでも一応納得したのか、そのまま後ろに控えるバルドの元へ行ってしまった。

「あ、サーシャ。聞きたいことがあるんだけど」

 ずっと疑問に思っていたこと。

「何だ」

 サーシャは振り向かずに応える。

「何でそんなに強いのに男に怪我一つさせられなかったんだ?」

「…私は直接戦っていない」

「じゃあ、なんで直接戦わなかったんだ?」

「貴様にそれを言う必要はないだろう」

 それもそうだけども。それでも気になったものは仕方ない。

 サーシャの声は硬い。これ以上聞いても何も返ってはこないだろう。

「わかった。ま、お二人さんはこれから頑張って。へっぽこな僕は帰ります」

 そう言って王国都市の方角に足を向ける。日はかなり沈み、逢う魔が時まで、もう少しといった感じだった。

 

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