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旅は道連れ、世は情け

会話文が多い…

 ギルドから依頼を受けた、翌日の早朝。レイとバルドとサーシャは王国都市を旅立った。レイの持ち物は、普段使っている外套と剣、後、昨日、用意した物を道具袋に入れただけの、およそ戦闘に向かうような装備ではなかった。

 バルドはいつもの防具の上に魔術耐性のあるローブをはおり、食料はバルドが持っていた。

 サーシャは相変わらずのごつい鎧と兜。それに槍。レイのあまりの軽装ぶりに、眉を顰めていたが、特に文句を言ってくることもなかった。


 旅立ってから、早一日。レイとサーシャの間で早速、軋轢が生じていた。

「なあ、サーシャさん。歩いてるときくらい、兜、脱いだら?」

「…」

「そんなん着てて、顔とかむれない?」

「…」

「その鎧、歩きにくくない?」

「…」

「…その槍すごいね~。うまく振れんの?」

「…」

 昨日から、このようにレイが何を話しかけても、無言と言うパンチで返してくるのである。レイはまだサーシャと一度も会話を成立させていなかった。

 少し酷いのではないか。せっかく、この旅を楽しいものにしようと努力しているのに、この仕打ち。レイはサーシャを連れてきたことを後悔し始めていた。

 こうなっては仕方がない。レイはバルドに願いを込めた視線を向けた。

「サーシャさん――」

「っ。サーシャ、でいい。後、敬語も必要ない」

「しかし、王国騎士団長殿に呼び捨てで、しかも敬語をつかわないのは…」

「私の方が年下だ。敬語を使われても逆に恐縮する」

「…ああ、わかった。サーシャ。俺のこともバルドでいいぜ」

「いや、私はバルド殿のことを尊敬している。尊敬している相手を呼び捨てになどできない」

「…」 

 この二人は何をやっているのか。何、仲睦まじく、お互い名前で呼び合おうねっ、的なイベントを起こしているのか。レイがバルドにしてほしかったのは、サーシャにもう少しレイの待遇の改善を進言してもらうことだったのだ。それなのに、何故。

 そしてサーシャ。バルドと自分との扱いに、差がありすぎではなかろうか。バルドに話しかけられると明らかに声色が女の子になってはいないだろうか。

 ここまであからさまな差別を受ければ、誹謗中傷に慣れているレイと言えども、心に傷が付いてしまう。もう一度バルドにその意を込めた視線を向ける。その視線を受けて、バルドは確かに頷いた。

「サーシャ、歩いてるときくらいその兜、脱いだらどうだ?」

「しかし、いつ魔物が襲ってくるとも限らないのでは…」

「大丈夫だ。その辺の魔物どもは俺の魔力に中てられて寄り付かん」

「む、そうか。バルド殿がそう言うのなら安心だろう」

 そう言ってサーシャは兜を脱ぐ。

「…ふぅ」

「やっぱり苦しかったんだろ」

「…心地よいものではないな」

 サーシャとバルドは二人笑いあう。レイを忘れて。

「もったいないな。その兜」

「?」

「サーシャはそんなに美人なんだから、顔を隠すのはもったいない」

「な、なな、何を言うバルド殿!わ、私が美人など…」

「おいおい。その顔で美人じゃないとか言ったら、その辺の女に恨まれるぜ」

「む、むぅ。冗談を言わないでいただきたい」

「冗談なんかじゃない。本音だ」

 バルドのその言葉を聞いて、レイの鋼の如き理性が、砕け散った。

「てめぇら!何、ラブってんだ!何、初心な女の子とイケメン風のデートの雰囲気醸してんだよ!ちょっとニヤニヤしちまっただろうが!

 つーか、バルド!俺が言いたいことは兜のことじゃねぇよ!てめぇ、わかってやってんだろ!」

「?違うのか?」

「わかってなかったのかよ!」

 まさか、バルドに伝わっていなかったのか。レイはバルドとの友情に疑問を感じた。

「この女に礼儀ってもんを教えてやれよ!こいつ昨日から俺のことずっとシカトしてんだろ!そのことについてビシッと言ってやれよ!」

「サーシャ、レイはアホだが無視はよくないぞ」

「…わかった。バルド殿がそういうのならば、仕方がない」

 やっとわかってくれたか。これでようやく会話が成立できる。いじって楽しむためにサーシャを連れてきたのだ。サーシャをいじれなければ何も楽しくない。

「それで、サーシャ――」

「貴様に、呼び捨てにされる筋合いはない」

 レイは泣きたくなった。




=================



 旅の行程自体はたいしたものではなかった。バルドの魔力に中てられ魔物はほとんど出てこないし、出てきてもバルドの魔術で一発だ。レイは非常に楽そうではあった。日課をこなしている余裕もあった。しかし、レイとサーシャの関係は相変わらずで、レイが何を話しかけても、サーシャは一言返して黙りこむのだった。

 レイはサーシャをいじって楽しむのを早々に諦め、男の情報を聞き出すことにしたようだった。もちろん、バルド経由で。

 現在は川のほとりで野営中。リオネルの街は素通りした。レイは宿屋でゆっくりしたいと駄々をこねていたが、サーシャとバルドが反対したので渋々諦めたようだった。恐らくは明日の昼にでも男の潜伏する屋敷に着く。

 レイはバルドに聞きたいことを伝えて、日課をこなすと言ってどこかへ消えていった。

「剣の振り方は?」

「一般的な振り方と特に相違は見られなかった。ただ速さが尋常ではなかったが」

「どのような魔術を使っていた?」

「地面が棘となって隆起したり、水の刃が現れたりしていた」

「詠唱はしていたか?」

「いや、属性の言葉を発しただけだった」

「…そうか」

 魔術師が魔術を使う際には属性の言葉を発する必要がある。一般的な魔術師はその後に魔術の名を言わなければならないが、ある程度のレベルまで達すると、それが必要ではなくなる。魔力はその人間特有のものだ。すなわち、それぞれが特有の魔術を持っていることになる。基本は同じだが、中級程度の魔術を使う際にはその人間の魔術の特性が出てくる。魔術名を言うということは自分の魔術の特性を相手に教えることと同じになってしまう。

 それらを踏まえて考えると、件の男がどれほど厄介かわかるだろう。バルドは考えることをやめた。考えるのはレイの仕事だ。後で伝えればいいだろう。

「すまない、バルド殿。私はあまり魔術に詳しくはないので、これぐらいのことしか伝えられない」

「気にしなくていい。それだけわかれば、後はレイが考えてくれる」

「む、そうか」

 サーシャは不満そうに口をとがらせる。こうして見ると、まだまだ少女らしさが伺える。

「サーシャはすごいな。その若さで王国騎士団長だろ」

「私がすごいのではない。私の父がすごかったのだ」

「サーシャの親父さん?」

「ああ、私の父も王国騎士団長だった。父が急病で倒れたから、私が代わりに騎士団長になったのだ。ただの親の七光りだ」

 サーシャは嫌そうに顔を歪ませる。そのことに納得していないようだった。

「でも、親の七光りだからといって、騎士団長になれないんじゃないのか」

「私には、たまたま槍の才能があった。小さいころから槍を振っていた。そして王国騎士団に私より強い者がいなかっただけだ」

 その若さで騎士団長という責任は、サーシャにとってかなり重荷なのだろう。周囲の人間との軋轢もある。バルドには理解できない苦労があるに違いない。

「それだけでも十分だ。誇っていい。周りが理解しなくても、俺はサーシャのことを評価している」

「バルド殿…」

 サーシャは努力している。あの弱小王国騎士団を率いて、魔物の襲撃に耐えているのだ。十分評価に値する。

「ありがとう、バルド殿。少し気が楽になった」

「気にするな」

 沈黙。しかし、気まずい沈黙ではない。二人の間には穏やかな時間が流れる。焚火の爆ぜる音だけが響く。

「あの、バルド殿、聞きたいことがあるのだが…」

 その沈黙を破ったのはサーシャだった。言いにくそうに口を開く。

「何だ?」

「バルド殿は、何故、あの男と行動を共にしているのだ?」

「あの男って、レイのことか?」

「ああ」

 サーシャはレイのことを避けている。確かにレイはギルドでサーシャにきついことを言っていた。それを引きずっているのだろうか。

「何故、と聞かれると少し困るな。考えたこともなかった」

 本当に考えたこともなかった。気づけばいつも一緒にいる。

「バルド殿程の男にあのようなふざけた男はもったいない。何故パーティを解消しないのか」

「う~ん。まあ、アホではあるが、一緒にいて飽きないからな」

「しかし…!あの男が、バルド殿の足を引っ張っている!」

「…そう見えるか?」

「ああ!バルド殿が、王国騎士団に入らないのは、あの男が邪魔をしているからだと噂になっている!…その、私としてもバルド殿が騎士団に入ってくれれば、その…」

 サーシャは興奮したように捲し立てる。

「王国騎士団に入らないのは俺の意思だ。レイは関係ない」

「っ!それはバルド殿があの男に毒されているからで…!」

 バルドは苦笑した。そんなにレイが気に食わないのだろうか。

「レイのことは嫌いか?」

「嫌いだ。噂を聞いて、最初から良い印象を持っていなかったが、実際に会ってみて下衆な男だと確信した」

「く、ははっ」

「バルド殿?」

 バルドは笑いを抑えることが出来なかった。レイがサーシャの言葉を聞いていたら、またおもしろいことになっていただろう。それを考えるだけで、自然に笑えてくる。

「ま、確かに、アホで、いつもふざけて、口が悪い奴ではあるけど、下衆ではない。それに頼りになる男だ」

 本当に、アホで、常時ふざけてて、ハゲハゲ連呼する口の悪い男ではあるけれど。

 本当は、頼りになる男だ。

「いくらバルド殿の言葉でも、そればかりは信じられない」

「一緒にいたらわかる。さ、もう遅い。夜警は俺がやるから、サーシャはもう寝てろ」

 サーシャは納得いかないように、口を開きかけたが、黙らせる。それにもう夜は更けている。明日には件の男と戦わなければならない。サーシャには前衛に立ってもらうのだ。ならば体力はしっかり温存しといたほうがいい。

 バルドは空を見上げる。そこには雲一つなく、たくさんの星が輝いていた。



================



 日課を終えて、野営地に戻る。二人とも寝ていると思ったが、バルドは起きていた。レイは火照った体を冷ますつもりで、川に頭を突っ込んだ。

「日課は終えたか?」

 ふるふると頭を振って水気を飛ばしているとバルドから声を掛けられた。

「ああ」

「明日には強敵と戦わないといけないんだから、今日くらい止めとけよ」

「俺はこれをしないと、逆に調子悪くなんだよ」

「そうか」

 バルドは黙り込む。レイも特に話すことがないので、口を閉じていたが、バルドが起きていたことが、少し気になった。

「なんでお前も起きてるんだよ。夜警は必要ないだろ」

「お前が戻ってくるのを待っていたんだ」

「なんで?」

「サーシャから聞いたことを伝えようと思ってな」

「別に明日でもよかったのに」

「情報は鮮度が命、だろ?」

「お前もわかってきたじゃねぇか」

 二人でにやりと笑いあう。バルドも情報の重要性がわかってきたようだった。



 バルドがサーシャから聞き出した情報は少なかった。

「これぐらいしか聞けなかったが、大丈夫か?」

「ちょっと少ないけど、大丈夫だよ」

 男はやはり速さを主体としている。魔術も中級レベルの魔術を使用する。面倒な相手だ。距離を離せば、魔術に襲われ、距離を近めても剣撃の速さで相手を圧倒する。その内に距離を取って魔術で殲滅。やりにくい。

「サーシャは男と戦わなかったのか?」

「聞いていないが、何も言ってなかったから、戦っていないんじゃないか?」

「何で戦わなかったんだろ。騎士団長なんだからその男が強いとわかれば、兵を下げて直接戦えばいいのに」

「そういうのはサーシャに直接聞け」

「俺が聞いても答えてくんねぇじゃん」

「そりゃそうだ」

 バルドと会話をしながらでも、思考を止めない。しかし、考えれば考える程、疑問が湧いてくる。レイは小さく溜め息を漏らした

「キナ臭いな」

 本当に、

「キナ臭い?」

 その程度の男が、

「ああ。なんつーか、こう、キナ臭いんだよ」

 王国騎士団を一日で、

「よくわからんぞ」

「俺もよくわからん。確信を持ってないからお前らに伝えるつもりもない」

 壊滅させたのだろうか?


「ま、この話はここでお終いだ。俺はもう寝る。バルドは星に髪の毛が生えてくることでも祈っとけ」

「…童貞」

「おい!こら!俺はハゲって言ってねぇだろ!」

 本当にこのハゲは。なんてことを言うのか。サーシャに聞かれたら、恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。いや、それより、確実にサーシャに馬鹿にされるだろう。「童貞?ふっ」みたいな感じで。

「うるさいぞ。サーシャが起きる」

「てめぇ…」

 レイはバルドのハゲあがった頭をはたくことに決めた。あの音を聞かなければ、安眠出来ないだろう。獲物を狙う鷹の如く鋭い視線をその頭部に向けた時、バルドが口を開いた。

「サーシャはお前のことが、下衆で、嫌いだとよ」

「ひどっ。ま、嫌われてるのはわかってたけども」

 その程度の評価、もう、気にしたりしない。

「一応フォローしといたぜ」

「どうせ、アホだけど、それなりに頼りになる男だ、とかだろ」

「すごいな、正解だ」

「ふんっ」

 まったく、友達甲斐のない男だ。そこは、本当はすごく優しくて、レイさんの強さは俺なんかじゃ足元にも及ばないんだぜ、くらいのことを言ってほしいものを。

「信頼してるぜ、レイ。俺の相棒はお前だけだ」

 だから、そんなこと言われても嬉しくなんかない。

「…俺も信頼してるぜ、バルド。お前の相棒は俺だけだ」

 だから、自分の相棒はバルドだけ、じゃなく、バルドの相棒は自分だけ、と返した。


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