依頼とアホと魔術師と不当な評価
「そろそろ本題に入ってもらえないだろうか」
レイとバルドが互いの友情を確認し合い、熱い握手を交わしていると、不機嫌そうで、かつ横柄な声が二人に掛けられた。宰相だった。アルメリア王国の№2にしてその実権を振るう見た目五十代の男。
無能ではないが、平凡な能力しか持たない宰相の名前をレイは失念していた。どのように呼べばいいだろうか、と頭を悩ましていると、隣のバルドが口を開いた。
「申し訳ありません、宰相殿」
真面目な口調で謝罪するバルド。バルドは「宰相殿」と呼んでいたのでレイは、自分も「宰相」でいいか、と思った。
「ま、おふざけはここまでにしときますか。すいませんね、宰相さん」
レイのおざなりな謝罪に、宰相は苛立ったかのように目を見開いたが、鼻を鳴らして、ふんぞり返るように座りなおしただけだった。レイはそんな宰相の態度に苛立ったので、自分も鼻を鳴らして、ふんぞり返るようにして座りなおそうとした。しかし、鼻を鳴らした段階で、バルドに頭をはたかれたので、渋々それを諦めた。
「それでは本題の方に入らせてもらいますね」
二人のあまりに普段通りの行動に、ハーベスタは、くすり、と笑いながら説明を始めた。
「二人もご存じでしょうが、魔神を信仰している街や村を襲っている男についての話です。その男が動き出したのは数年前からです。今までは、信仰の中心になっている建造物の破壊や、魔神が正しいと声高に主張する者を傷つけるだけだったのですが、約二週間前に大きな被害が出てしまいました。王国都市から北にあるリオネルという街で大量に人が殺されたのです。それこそ老若男女関係なく」
「待った。俺は街の為政者と老人どもが殺されたと聞いたが」
「国からはそのように情報を流しています。王国都市の近くに、また王国内に大量殺人を犯した男がいると知られると何かと不便ですので」
ふむ、確かに。レイは一応納得した。そのような男がいると知られれば国民は怯え、商人は寄り付かないだろう。いつ殺されるか分からない国で商売をしたいと考える人間は少ないはずだ。
そう考えると有効な一手だ。レイは感心した。情報のすべてを隠匿するのではなく、一部を隠して公開する。人の口に戸は建てられない。隠し続ければ、より大きな噂となって王国内に、果ては他の国にも広まるだろう。商人は魔神など信仰しない。彼らにとっての神様は金だ。殺されたのは魔神を盲信している為政者と老人。それならばその男を恐れる必要はない。
恐らくはハーベスタの入れ知恵だろう。王族と王国貴族の連中にそれほどの知恵はない。
「わかった。続けてくれ」
「はい。それで、その男を捕縛ないし討伐するために四日前に王国騎士団が百五十人体制で出動しました。しかし、その男は激しく抵抗して、王国騎士団員約百人を殺害し逃走しました。そのため王国騎士団では手に負えない、ということで私どもに依頼が来たのです。」
「まあ、王国騎士団のへっぽこ共じゃ、そんなイカれた男の相手は無理だろうな。それに百人を犠牲にして何もできないとはお笑い種だね」
「何だと!?」
レイの言葉にサーシャが色めき立つ。秀麗な顔を怒りに染め、その視線はレイを射殺さんばかりに鋭くなっていた。
「何?否定できんの?王国騎士団がへっぽこなのは事実じゃん。自分たちが敵わないから俺たちに依頼しにきたんでしょ?」
「…くっ!」
レイの歯に衣着せぬ発言に、サーシャは唇を噛み締め押し黙る。その拳は固く握られ、事実を言い当てられた怒りと、騎士団員百人を犠牲にしてしまった悔いを、その拳で握りつぶすことによって平静を保っているように思われた。
「…レイ。その辺にしておけ」
バルドの仲裁にレイは口を噤む。しかし、レイはサーシャに謝る気は毛頭なかった。この女は騎士団員百人を犠牲にして、何も出来なかった。そしてそれをただ悔いているだけ。後はギルドに泣きついて他人任せ。そのような人間に頭を下げるなど腹立たしいことこの上ない。レイはそれを表すために、むっつりと口を閉じてそっぽを向いた。
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「…はぁ。すいません、サーシャさん。このアホには後でよく言い聞かせておきますから」
「…バルド殿が謝る必要はない。それにその男が言ったことは事実だ。気にしていない」
「そう言ってもらえると助かります。…ハーベスタさん、続けてくれ」
全く、レイのアホめ。
バルドは呆れていた。いくら気に食わないからと言って、時と場合を考えてほしい。レイにはそういったことが多々あった。その度にバルドはこのようにフォローにまわらなければならなかった。
「それでは、続けさせていただきます。先程も申し上げた通り、そういった経緯から私ども、ギルドアルメリア王国支部に王国から直々に依頼がきたのです。即日、私どもで議論した結果、この依頼はAランク相当の難易度のものと決定されました。そのため、この国でAランクの冒険者であるお二人に依頼を打診するために、呼び出させていただきました。それで、この依頼をうけてもらえるでしょうか?」
バルドは心底、厄介な依頼だ、と思った。リスクが高すぎるのだ。王国騎士団百五十人を一日で追い払うような男を二人で相手にしなければならないのだ。成功率は決して高くない。
バルドは頭を抱えたくなった。レイはさっきから会話に参加するつもりはなさそうだった。つまり、バルドが決断を下さなければならない。
「ちなみに、報酬と、断った場合のペナルティは?」
「成功報酬としては、王国騎士団に将として入団できる許可証です。断った場合のペナルティは、王国からの直接の依頼なので、規定として、冒険者ランクの剥奪。お二人は兵役を終えていないので、それに伴って兵役を課されることになります」
ハーベスタは気の毒そうに笑いながらバルドに告げる。
バルドは腕を組みながら考える。レイの言った通りになってしまった。どちらを選択しても得がない。依頼を受け、命を危険に晒して得る報酬は、弱小王国騎士団の入団許可。断れば、強制的に王国騎士団入りだ。そうなれば王国騎士団は二人を連れて、改めて件の男の捕縛ないし討伐に向かうだろう。国の連中もなかなか嫌らしい方法をとってきたものだ。無理矢理王国騎士団に入れられ、男の元へ向かうよりは、依頼を受けてやった方がまだマシだろう。報酬は断ればいい。最悪の二択にバルドは内心で溜め息を吐いた。
「わかった。その依頼、うけさせてもらう」
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「わかった。その依頼、うけさせてもらう」
レイも内心で溜め息を吐いていた。
レイは話に参加する気はなかったが、話の内容自体はしっかりと聞いていた。王国としてはどちらを選択されても損はない。王族と王国貴族達はたいした知恵もないくせにこういった悪知恵ばかり働く。例え、レイに決定権があっても、バルドと同じ決定をしていただろう。
バルドは腕を組んでいた。無表情を装ってはいるが、内心はかなり苛立っているのだろう。これはバルドが苛立っている時の仕草だった。
「ありがたい。彼の高名な魔術師バルド殿にお任せすれば、安心だろう」
「勿体なきお言葉です、宰相殿」
バルドはそんなことを微塵も思っていないような声色で返した、とレイは感じたが、宰相はそう思ってはいないようだった。恐らくは、寡黙な英雄がするそれだと思っているのだろう。うんうんと頷いていた。
「それに比べてそこの男は…」
宰相が奇妙に顔を歪めて、レイの方に視線を向けてきた。レイとしては何故そのような顔で視線を向けられたのか分からなかったので、自分の後ろを振り返った。誰もいない。レイは不思議そうに首を傾げた。
「お前に言っているんだ!お前に!」
宰相は声を荒げてレイを指さす。この男はなぜこんなにも声を荒げて自分を指さしているのだろうか。レイにはその理由がわからなかった。
「先程から黙って見ていれば、無礼な態度を取りおって。レイとか言ったな。聞いているぞ、お前の噂」
宰相の口から噂という単語が放たれて、レイは驚愕した。自分でも有名な冒険者であると自負していたが、まさか王国の重鎮にまで知られていようとは。レイは己の力量と美貌に戦慄した。そしてその罪深さに恐怖した。だから、先程、宰相はあのような顔で自分を見ていたのか。直視するには神々しすぎたのだろう。
「勿体なきお言葉です、宰相殿」
皆まで言わすまい。王国の宰相に自分のような男を褒めさせるのは忍びない。そう思ってレイは先に口を開いた。
「誰もお前を褒めてはおらん!」
「?…では?」
宰相は眉間を抑えながら、声を絞り出した。
「儂が聞いた噂は『魔術師バルドの腰巾着』、『失礼幾百無礼千万』、『アホのレイ』、『馬鹿でアホ』といったものだ。実際に貴様を見て、その噂が真実であるとわかった」
「…な!そんな根も葉もない噂が!それは虚言です!私めの力量に嫉妬した者が流したものです!信じてはいけません!」
レイは悲しみが、その胸に滲むのを感じていた。まさか、冒険者の中で他人の力量に嫉妬している者がいようとは。確かにこの国の冒険者はレベルが低い。しかし、その胸には気高き誇りが宿っていると信じていた。それなのに無様に妬みを持つとは思ってもみなかった。レイはなんだか裏切られたような気分だった。
「私も聞いたことがあるぞ。…確か、『バルドがいるからAランク』、『限りなくCに近いB』、『救いようのないアホ』、『口だけはAランク』だったかな。貴様はバルド殿がいなければ何も出来ない金魚の糞だ。まるで、虎の威を借る狐だな」
サーシャが先程の仕返しに、というばかりに得意そうに言う。まるで鬼の首を取ったかのように。
恐ろしく美人で、なおかつ先人達の偉大な言葉を使用しているのに関わらず、レイは目の前の女に好意を持てそうになかった。
「ちょっと、バルドのおやびん!こいつらこんなこと言ってやすぜ!俺っちのこと馬鹿にするんでさぁ!なんとか言ってやってくださいよ!」
まるで、生ゴミでも見ているような二人の視線に負けて、レイはもう悪乗りでこの場を乗り切るしかないと思った。
実際、レイは他の冒険者達からそのような噂をされていることを知っていた。しかし、そんなものはあくまで噂である。バルドに運動神経がないことを歴戦の猛者が見ればわかることと同じで、見る人が見れば自分のその真の実力を見抜けるだろうと思っていたのだ。しかし、国の中枢を担う人間までもがその噂を鵜呑みにしてしまっている。ならば、自分の真の実力を知っているバルドに任せるしかなかった。
「大体は合ってるだろ。お前がアホなのは否定しようがない」
「てめぇ!バルド!裏切りやがったな!否定しろよ!相棒だろ!」
バルドはさもありなん、といった風に頷いていた。
駄目だ。隣に座るハゲは当てにならない。レイは考え直す。かくなるうえは自分の真の実力を知るもう一人の人間、ハーベスタに頼るしかなかった。
「ハーベスタさん!こいつらに、こう…ガツンと言っちゃって!」
ハーベスタはギルドアルメリア王国支部のギルド長だ。女性の身で、しかもその若さでここまで成り上がってきたのだ。その慧眼はレイの実力をありのままに映しているだろう。
「…そうですね。概ね事実かと。私もレイ君がアホだというのは否定できません」
「…なっ!」
まさかハーベスタまでもがそのようなことを。レイは全身の力が抜けていくのを他人事のように感じていた。崩れ落ちる体。白濁していく意識。あらゆる脅威に晒され、幾千の命を失う危険に陥ろうとも、決して折れることの無かったその鋼の如き意思が今まさに折れんとしていた。そしてハーベスタは年下なのに何故自分を君付けで呼ぶのか。バルドのことはさん付けで呼ぶのに。
レイは、ともすれば泣いてしまいそうな程のショックを受けていた。いや、真実、あと一度でも言葉という剣にその心を突かれたら泣いていただろう。しかし、その心を救ったのはやはり、バルドだった。
「…レイ。いい加減悪ふざけはやめろよ」
レイはそのような噂を歯牙にもかけていなかった。それを知っているバルドは最初からレイがふざけていたことを理解していたのだ。苦笑いしながら、レイの頭を小突く。
「悪ぃ悪ぃ。あんまりにアレだったからさ」
切り替えの早さに定評のあるレイだった。
サーシャも宰相もレイの切り替えにポカンと口を開けていた。レイは二人のアホ面を見て溜飲を下げた。全く割に合わない仕事をさせられるのだ。これくらいしなければストレスでハゲてしまうかもしれない。バルドもハーベスタもレイの悪乗りに乗っかたのだ。
「それでは、依頼の詳細について説明しますね」
ハーベスタはその艶やかさを主張するように笑い、何事もなかったかのように説明を始めた。
「依頼の内容は男の捕縛。それが難しいのなら討伐です。件の男はリオネルより更に北に行った所にある屋敷に潜伏しています。ここ、王国都市から徒歩で五日程の行程になります。それで、お二人には、今日にでも出発してもらいます」
「ちょっと待った。今日は急すぎるだろ。まだ準備も何もしていない。二、三日はほしい」
ハーベスタの説明にバルドが非難の声を上げる。当然だろう。なんの準備もなしにそのような凶悪な男と対峙したら、確実に殺されてしまう。
「事は急を要しています。食料等はこちらで準備してありますので、今すぐにでも出発してもらいたいのです」
レイとバルドは一瞬目を合わせる。バルドはそれだけでレイの言いたいことがわかったようだ。
「せめて一日の準備期間が欲しい。それならば明日の早朝に出発しよう」
バルドの発言にハーベスタは、サーシャと宰相に密談する。しかし、密談と言ってもその距離は近い。小声で話し合っていても内容はある程度は聞こえるのだ。宰相は少し渋っているようだったが、結局はサーシャと同じ結論に至ったようだった。すなわち、バルド殿がそういうのならば、と。
「わかりました。お二人に一日の準備期間を与えます。それから、明日、もう一度ギルドから使者を向かわせます。その時に食料等をお渡しします」
「わかった。すまない。無理を言って」
「構いません。それでは、ここで依頼についての説明を終わらせてもらいます。何か質問はありますか?」
「あ、ちょっといい?」
レイは待ってましたと言わんばかりに声を上げる。質問したいことはたくさんあるのだ。どんな些細な情報でも知っていれば武器に、知らなければ命の危機になってしまう。レイにとっての情報とは魔術よりも武器になるものだった。
「その男が今でも屋敷に潜伏しているという確証は?」
「ギルドから一時間ごとに斥候を放っています。ほぼ確実にその屋敷にいるでしょう」
このギルドは独自に斥候までも有していたのか。レイは、流石はハーベスタ、と思った。
「俺達がその屋敷に着くまでそこに潜伏していると思う?」
「大量の食材がその屋敷にあることを確認しています。大丈夫でしょう」
屋敷の内部に斥候を入り込ませているのなら、暗殺させればいいものを。恐らくハーベスタは捕縛が第一目標だからという理由ではなく、斥候を失うリスクを恐れて、やめさせているのだろう。どこまでも抜け目のない女だった。
「…じゃあ、なんで狙われると分かっているのに王国都市の近くに拠点を置いているんだ?ハーベスタさん、あんたの意見が聞きたい」
「…さぁ?自分の力を信じているからでは?」
レイはハーベスタを観察する。わからない、といった様に首を傾げるハーベスタ。しかし、それを鵜呑みにしてはいけない。この女は故意に情報を隠すことがあるのだ。最初はそれに振り回されてきた。しかし、もう既に、ハーベスタが情報を隠すとき、嘘をつくときの癖をレイは知っていた。考え込む振りをして膝に置かれたハーベスタの手をちらと見やる。この女は嘘をつくとき、手に少し力が入るのだ。恐らくはバルドも、ハーベスタもその癖に気付いていない。それほど些細な癖なのだ。ハーベスタの手を見る限りでは嘘をついている様子は見られなかった。
「斥候は何日前に放った?」
「二日前です。二週間前の事件のときに、リオネルに斥候を置きました。王国騎士団壊滅の報せも彼らからのものです。彼らなら二日の日程でその屋敷へ行き帰りができますよ」
斥候はかなり優秀なのだろう。というよりハーベスタに扱かれたに違いない。飴と鞭理論を利用したのだろう。ハーベスタの要望ならその辺の男ども、特に冒険者なら喜んで斥候になる。レイは改めてハーベスタの有能さを実感した。
「そうか。じゃあ男の特徴は?予測でいいから年齢、身長、体重。あと装備も」
「報告によると年齢は二十代前半から半ば、身長は約百七十五㎝。見た感じで、体重は約六十前後。武器は長剣を一本。防具は鎖帷子の上に、鉄の胸当て、手甲に編み上げブーツ。全体的に黒っぽい衣服に身を包んでいます」
レイは頭の中で男の全体像を構築する。かなり若い。身長は自分と同じくらい。体重は軽く、防具も軽装だ。恐らく速さを主体として攻めるタイプなのだろう。そう考えると少し疑問が湧いてきたが、情報がまだまだ少ないと思い、考えることをやめた。
「魔術は使うか?」
「使います。確認されているのは土と水の二系統です」
二系統使えるのか。魔術師としても優秀なのだろう。隣のハゲは規格外として、一般的な魔術師は一つの系統しか使えない。
「攻め方は?」
「剣を主体として、補助的に魔術を使用するみたいです」
剣士として優秀で、魔術師として有能。なるほどこれは厄介な相手だ。王国騎士団のへっぽこでは過ぎた相手だろう。レイはその男の才能に恨めしさを覚えた。
「怪我はしていないのか?いくら王国騎士団がへっぽこでも怪我くらい負わせただろ?」
王国騎士団がへっぽこ、の部分でサーシャがぴくりと体を震わせたが、会話に入ってくることはなかった。
「いえ、ほぼ無傷です。かすり傷程度はあるかもしれませんが、戦闘の支障になるような怪我はないでしょう」
「…」
剣士として優秀で、魔術師として有能で、その上無傷。先程の疑問がまた首をもたげてきたがそれは相手の詳細を聞いている内に思考の中へ飛んでしまった。
なるほど。これはほぼ確実に殺されるのではないだろうか。レイは国外へ逃げることを本気で考え始めた。しかし、そんなことをすれば王立図書館での知識の収集ができなくなってしまう。まだまだ知りたいことはたくさんあるのだ。レイは頭を振ってその考えを頭から追い出した。
「じゃあ、最後に。質問、というよりはお願いなんだけど」
「伺います」
「そこの騎士団長さんも連れて行きたいんだけど」
「っ!何故私が!?」
自分がこの依頼に組み込まれる。そんなことは欠片も考えていなかったのだろう。サーシャは酷く狼狽していた。その様子をみて、レイは、この女いじったらおもしろいだろうなー、と思った。
「何故って…。あんたは騎士団長だろ。国民を守る義務があるんじゃないのか?」
「た、確かに、そうだが…。」
その上、融通の利かない堅物そうだ。こいつはいい。レイはもうこの女を連れていくことに決めた。主に自分の娯楽のために。脳を回転させる。どうすればこの女を連れていけるのか。
「それに、あんたはこの中で、唯一その男の戦い方を見ている。それだけで成功率が跳ね上がる」
これは紛れもない事実だ。実際に剣を交わしたかどうかは知らないが、戦い方を知っている。それだけでこちらに天秤が傾く。まだまだこんなところで死にたくはない。自分には目標があるのだ。
「…ぅぅ」
揺れてる。揺れているぞ。後一押しだ。レイは最後のカードを切ることにした。
「バルドもサーシャさんが来てくれたほうが嬉しいよな?」
「ん?そうだな。来てくれると助かる」
先程から見ている限りではサーシャはバルドに好意を抱いている。憧れているのだろう。その英雄の如き容貌は自身の目標か。そしてその実力。誠に遺憾ながら、バルドは魔術師としては規格外。宰相が言っていたように、その評価もかなり高い。実直にして誠実。そして常識人。レイはバルドをハゲにした神様に心から感謝した。もし隣に座る男がふさふさだったら。レイは信頼している相棒を殺すことになっていただろう。
「…!?本当か!?バルド殿!」
机に身を乗り出して、勢い込んでバルドに問いかけるサーシャ。その顔はご主人様に褒められて嬉しそうにしている犬のそれ。尻尾があったら引き千切れんばかりに振っているだろう。
この女、本当におもしれぇ。
レイは心の中で爆笑した。
「あ、ああ。サーシャさんが一緒に来てくれたらかなり楽になる」
「む、バ、バルド殿が、そういうなら吝かではない。わかった。私も同行しよう」
サーシャの顔は赤く染まっていた。まるで好きな人に自分のことを褒めてもらった乙女のように。それほど嬉しいのだろうか。なんだかそう考えると隣に座るハゲに、レイはどす黒い何かが湧いてくるのを感じた。とりあえず、立ちあがって、そのハゲあがった頭皮をはたくことにした。
ぱちん、とその頭皮は小気味いい音を鳴らす。その音に、レイは、心の中が晴れ渡っていくのを感じた。素晴らしい。これはもう一つの楽器ではないか。ただ、その一音で人の心を快晴にしてしまう。まさしく、女神が使うべき楽器だろう。
レイが悦に入っているとバルドから声をかけられた。
「…何やってんだよ」
「うっせぇ!ボケ!」
「逆ギレしてんじゃねぇよ…」
人が気持よくなっているというのに、邪魔をするという無粋な行為をしたからに決まっているだろう。このハゲには音を楽しむということができないのか。
もう話も終わったし帰ってもいいだろう。レイは扉に向かった。扉を開けたところでバルドから声を掛けられた。
「どこ行くんだ?」
「準備だよ。時間がないんだろ?こんなとこでぐだぐだしてる暇はねぇよ。あと、諸々の準備は俺に任せろ。お前は自分の装備を整えておけ」
「準備が終わったらどうする?」
「俺は日課。お前は体でも休めとけ。じゃあな」