パーティ名なんてなんでもいいじゃない
題名が思いつきません。
ハゲから「気になる噂」を聞いた翌日。レイとハゲはギルドに呼び出された。
こうなることはわかっていたことではあるが、まさかこんなに早く呼び出されるとは二人も思っていなかった。宿屋で――ちなみにレイとハゲは同じ宿屋に宿泊している。もちろん部屋は別々だが――頭皮のためにと心地よい睡眠をむさぼっていたレイは、早朝からギルドの使者に起こされてかなり不機嫌であった。使者は、早急にギルドへ赴いてほしい旨を伝えて去って行った。
「あーあ。寝癖ついちゃってるよ。これ直すのめんどくさいな~」
もちろん隣を歩くハゲへの当てつけである。別にハゲが悪いわけではないが、レイとしては八つ当たりでもしないと気が治まらなかった。
「…」
「なあ、後ろの方跳ねてね?」
「…」
「俺、髪質硬いから、寝癖がなかなか直らないんだよな~」
「…」
「こうなりゃ、水で濡らすしかないか。でも乾かすのは面倒なんだよな~」
「…童貞」
「ぐ…」
痛いところを突かれた。そう言えばこのハゲは頭皮に関してはレイに絶対的に敵わないのと同時に、レイには自分の最も人に知られたくない秘密をハゲに知られていた。
「いいよ。今日から俺とお前はイーブンだ。もうお前のことをハゲと呼ばないことをここに誓う。だからお前も二度と俺の秘密を口にするな」
そう、イーブンだ。レイは自分の持っていたアドバンテージを、酒に飲まれて秘密を口走る、という愚かな行為で失くしてしまったのだ。知られてしまっては仕方がない。これ以上自分の羞恥の事実を周りに知られないためにも、イーブンになるしかないのだ。そもそもこのような話をしていても、何の得もない。むしろ損をするばかりである。ならばこのような非生産的な会話をするよりは、これからギルド長並びに王国の偉い人たちから依頼されることに、意識を割いた方がいいだろう。
もう先刻までの馬鹿な会話はお終いと言わんばかりに、レイは真剣な口調でハゲに話しかける。
「結構早かったな。王国の連中にしては迅速な判断だ」
「それだけ切羽詰まってるって証拠だろ。それだけ件の男が厄介ということになる」
「勝てる見込みは?」
「正直わからん。いくら俺達でも、一日で王国騎士団百五十人を壊滅させるのは無理だろ」
確かにその通りだった。いくらへっぽこ騎士団でも百五十人は多勢に無勢だ。三日あればレイとハゲの二人でも退けることは可能だが、一日で、しかも壊滅させるのは流石に無理である。そう思うと、レイは尚更今回の依頼が面倒になってくるのだった。
「だぁ~!割に合わない仕事だなぁ!どうせ報酬は王国騎士団入団許可証とかだろ。で、断っても兵役とか言って王国騎士団入りだ。なんか腹立ってきたわ」
そうなのだ。王国騎士団の連中はあの手この手を使って、レイとハゲを騎士団に入れようとするのだ。最初はやんわりと断っていた。そのせいなのか最近になってなりふり構わず二人を入団させようとする。兵役を逃れるために冒険者になったというのに、これでは本末転倒である。レイとしては自分たちを勧誘する暇があるなら、将と兵の育成をした方が有意義であるといつも思っていた。
「大声上げんなよ。まだ朝だぞ。
んなことしてる暇があったら対策でも考えようぜ」
「敵の情報を知らないのに対策なんか立てようにないだろ」
レイは呆れた。隣のハゲは馬鹿なのだろうか。敵を知り己を知れば百戦危うからずという言葉があるというのに、敵も知らずに対策を立てようとするなど凡骨の極みだ。
「そういうこと言ってんじゃねぇよ。戦い方の話だよ」
ハゲは反論する。自分が言っているのは敵の迎撃の仕方だと。
「いつも通りでいいだろ。情報収集して、俺、前衛で、お前は後衛。どうせこけおどしなんてすぐばれるって」
レイは件の男がそれだけの力量ならハゲの威圧は無意味だろう思っていた。
こと対人戦において、二人はあえてハゲを前衛に立たせて相手を威圧する方法をよくとっていた。前にも言ったかもしれないが、なにしろこのハゲは英雄の様な体つきをしているのである。百九十㎝を超える巨躯に、内側から張り裂けんばかりに隆起した筋肉。そしてスキンヘッドの強面ときた。かくも恐ろしげな奴なのだ。盗賊程度ならこの男の姿を見ただけで腰を抜かし、命乞いをする。だが、真実は、子供より剣を上手く振れない運動音痴なのだ。見る人が見ればすぐにわかる。
そんなやり取りをしながら、ギルドに着く。二人は一度、目線を合わせて、無言でギルドの中に入っていった。
ギルドの中に入ってすぐにギルド長室に案内された。一番奥には執務用の机があり、部屋の中央にある二つのソファの奥側に、左から順に王国騎士団長、ギルド長、宰相までもが座っている。机を挟んで手前側のソファに座ることを促された。
「パーティ名『天才かつその麗しき美貌と匂い立つフェロモンであらゆる女性を虜にする男、レイとハゲのバルド』のお二人ですね?お待ちしておりました」
目の前に座る妙齢の女性が苦笑しながらレイとハゲのバルドのパーティ名を告げる。その女性こそギルドアルメリア王国支部のギルド長、ハーベスタ=トーレスである。二十代後半、恐らくレイたちよりも年下ながら、その卓越した手腕と、妖艶さを併せ持つ美しさでギルド長にまでのし上がった女傑だ。
レイとバルドは、ハーベスタと良好な関係を築いており、なにかと便宜を図ってもらっていたりする。いつもはその丁寧な物腰とは相反するような妖艶な服装をしているのだが、流石に国のお偉いさん達がいるので、ギルドの正装を身につけている。それでもそのスカートはかなりタイトで、宰相はちらちらとハーベスタの下半身に目を向けていた。
その腰まである鮮やかな金髪に手を当てながらハーベスタは口を開いた。
「早速ですが本題の方に―――」
「…ちょっと待ってくれ」
ハーベスタが今日、レイたちが受けなければならないであろう依頼について、説明をしようとしたところ、レイの隣に座るバルドが、苦虫を噛み潰したかのような顔をしてハーベスタの言葉を遮った。
「何でしょうか?」
失礼なことをされたというのに、艶やかに微笑むハーベスタ。その心の広さは大海のそれにも負けず劣らずのものであろう。
「そのパーティ名は何だ?」
「『天才かつその麗しき美貌と匂い立つフェロモンであらゆる女性を虜にする男、レイとハゲのバルド』のことですか?これは申請されて、正式に登録された貴方達二人のパーティ名のことですが」
「それはわかってる。ハーベスタさんに聞いているんじゃない。隣のアホに聞いているんだ」
怒髪天をつくかの如く、いやバルドには毛がないから、そのつるりとした頭部から煙が沸き立つかのような怒りをその顔に張り付けたままレイに問いかける。机を挟んでいるとはいえ、奥側のソファは近い。眼前に座る騎士団長と宰相はバルドの怒りの表情を見て、怯えたかのように身を引いた。
「ハーベスタさんの言った通りだよ。俺たちのパーティ名だ」
「だからそれはわかってるっつーの!何でそんなパーティ名にしたんだ!」
バルドが声を荒げる。レイは、こいつこんなに短気だから毛が抜けてしまったのだろうと、その素敵な頭部になってしまった理由がわかった気がした。
「俺がパーティ名を何にするって聞いた時、お前は何でもいいって言ったじゃん。だから適当に決めたんだよ」
レイの悪びれない飄々とした態度に更に怒りが深まったのか、バルドは顔を真っ赤にして、レイに怒鳴りつけた。
「だからってあんなふざけた…、ダサい名前つけることないだろ!」
レイはその言葉に衝撃を受けた。ダサい。バルドは確かにダサいと言った。この男はなんてことを言うのだろうか。
「馬鹿!お前、自分がハ、ゔぅん!…頭部に毛がないことをダサいなんて言うなよ!」
危なかった。先ほどの誓いを早速破ってしまうところだった。
「お前の頭部に毛がないことはダサくねぇよ!誇れよ!お前のアイデンティティだろ!?
魔術師バルドには髪の毛がない。髪の毛がないからこそお前は魔術師バルドでいられる。違うか?違わねぇだろ。それをダサいなんて言うなよ。俺の方が悲しくなる」
レイ、いやあらゆる男の畏怖の対象である頭部の持ち主が、自分のハゲをダサいと言った。そのことにレイは怒りを覚えずにはいられなかった。
「俺のハゲをダサいって言ってんじゃねぇよ!てめぇのだらだらと長い称号みたいなのがダサいって言ってんだよ!」
「あん?そのまんまだろ。事実を的確に書いただけだぜ」
まったく、と女将さんの真似をして溜息を吐くレイにバルドの中で何かが切れたようだった。
「何が事実だ!この、どう――」
バルドがその単語を言い終える前に、レイの拳がバルドのレバーを襲った。もちろん、昨日、女将さんのその鉄巨人の如き拳が襲った所と同じ場所である。レイが今まで生きてきた中で最速と言ってもいいくらいの速さだった。
「さて、話を伺いましょう」
隣で悶絶するハゲは無視して、佇まいを直して三人に顔を向ける。
「あの、バルド殿は大丈夫だろうか?」
騎士団長である、サーシャ=コールが不安そうに尋ねる。レイは少し驚いた。王国騎士団長が女性であることは知っていた。しかし、そのごつい鎧と兜に隠された全容は見たことがなかったのだ。街の荒くれどもは、きっとかなり不細工なのだろうと噂をしていたが、その鈴の音のような声に、レイはサーシャの素顔が気になった。
「大丈夫ですよ。それより、サーシャ=コールさん」
レイは真面目な声色でサーシャに声を掛けた。
「何だ」
「俺たちに依頼しに来たんですよね。ならその兜を取って、話をするのが礼儀だと思うんですけど」
「む、確かにそうではあるな。失礼した。今、外そう」
そういってサーシャはそのごつい兜を脱いだ。隠されたその素顔を見て、レイは息を呑んだ。
サーシャはまだまだ若い、下手したら二十台前半と言ってもよいくらいの顔立ちをしていたのだ。それにその美しさ。切れ長の目は、意志の強さを表していた。すっと通った鼻梁に、薄桃色の唇。輪郭はしゅっとしていながらも、女性の柔らかさを持っていた。極めつけは、その黒髪。肩口で切りそろえられたそれは、光を反射し、天使の輪をその頭に乗せているように思われた。要するにかなりの美人だった。
「何故、そのような兜を?」
レイは勿体ないと思った。これほどの美しさを持っているのに、何故隠してしまうのか。そんな思いが口から出てしまっていた。
「私は女だからな。団員達に舐められないように、自分を偽っているのだ」
何を当たり前のことを聞くのか。そのような口調でサーシャに言われ、レイは少しばつが悪い思いをした。
「…俺を無視して、話を進めてんじゃねぇよ」
地獄の底から這い上がってきた大魔王のような声を上げながらバルドが復活した。その声色にサーシャと、流石のハーベスタも、その美しい顔を歪ませた。
「進めてないよ。騎士団長の素顔を見させてもらっただけだ」
しかし、レイは慣れたもの。微塵の恐怖も感じさせずにバルドに答えた。
「お前がアホなのはもうどうしようもない。それはいい。だからせめてパーティ名だけでも変えさせてくれ」
「じゃあどんな名前にするんだよ」
「女性けい…」
レイはもう一度拳を放つ。女将さんの力が乗り移ったかのようなその一撃は、果たして防がれた。
「そうそう何度も同じ場所をやられると思うなよ」
バルドはにやりと笑った。その笑みに、レイは尻込みした。すなわち、この男は本気だ、と。本気でレイの人格を崩壊させかねないことに関係する言葉を言うつもりなのだ。
気付いてからのレイの行動は神の如き速さだった。ソファから飛び跳ねるかのように立ち上がり、そのまま土下座をした。いわゆるジャンピング土下座だった。
「どんな名前でもいいから、それだけはやめてください!」
誇りなど関係ない。笑いたければ笑えばいい。男にはどうしても退けない場面があるのだ。
「ん~、どうしようかなぁ」
バルドの厭らしい声が耳朶を震わす。レイは頭を下げているから、その表情までは分からないが、まるで縛られた乙女をいたぶるのに頭を悩ます、腐った貴族の様な顔をしているに違いないと思った。
「御慈悲を!」
板敷きの床に額を打ち付ける。今や、レイの命運はハゲきったバルドにある。
「じゃあ、『アホとハゲ』で」
「…え?」
「まあ、お前の言う通り、俺がハゲてんのは事実だし、変えようもないからな。で、俺だけハゲってのも気に食わないから、お前はアホで。これでいいだろ?文句あるか?」
「いえ、文句などありません!素晴らしき名前です!私めは感動しました!」
レイは心で涙した。この男の偉大さを改めて思い知った。自分の欠点を受け入れ、他人の欠点を受け入れる、その器量。まさしく英雄ではないか。
「…ったく。レイはいちいち大げさなんだよ。早く頭を上げろ。みっともないだろ」
そう言って苦笑するバルドに、レイはこの男なら殺されてもいいと思った。