第四話 違和
久しぶりの投稿です。
もし待っておられる方がいたのなら申し訳ございません。
しかも、中途半端な所で切れております。
目を瞑れば。
そこには今はいない彼女の姿。
かつて彼を守り、汚された彼女。
アーセには良い思い出が無い。
彼が思う事はそれだけだった。
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レイとジークとレミリア。三人は森の中を歩いていた。この前、レイが迷子になった森である。鬱蒼とした木々が生い茂るのは変わらず、陽の光は届かない。
三人が森の中を歩いているのは理由がある。それはギルドの依頼だ。
最近、失踪事件が多発しているらしい。失踪する間隔も短く、多くの人間がいなくなっている。ギルドはランク制限を解いて、多くの冒険者をこの失踪事件の解決に向けている。
だが、事はそう簡単じゃない。ギルドのランク制限はそう簡単に解かれるものではない。
失踪事件が起き始めた頃から発生し始めた気味の悪い魔物達。レイ達が遭遇した魔物だ。アーセの神官達は何の繋がりもないと思っているが、アーセのギルド長はそう考えてはいないようだった。疑わしきは罰せよ、とは言わないが、疑わしいものを関連付けて考えるのは基本である。
失踪事件と見た事のない魔物。この二つを関連して考える事はおかしい、とは言えないだろう。
つまり、気味の悪い魔物、ギルドでは「ノーバディ」と呼ばれる魔物の調査のために三人は森に来ていた。
森を歩いてはいるが魔物と遭遇する事はない。普通の魔物もノーバディも。三人はその理由、いや原因と言うべきだろう。それに気付いていた。森の中。そこかしこに転がる魔物の死骸。殆どがノーバディだが。血潮が森の中に飛び散り、異臭を放っている。
「俺達以外にも誰か来てるみたいだな」
転がる魔物の死骸を見ながらレイは口を開いた。レイはそのまま死骸を調査する。一つは切断されている。すっぱりと綺麗な切断面だ。恐らくかなりの手練だ。まるで刀の様な切断面である。刀を使う人間などこの辺ではレイくらいしかいない。つまり、厚い剣でここまで綺麗に切断した事になる。
一つは焼け焦げている。これは、大した事が無い。この程度ならバルドの足元にも及ばない程だった。
「……凄いですね」
レミリアも死骸の切断面を見て感心したように零す。
ジークも切断面を見ているが、感想を漏らす事は無い。
「ジーク、さっきから気になってたんだけど。どうかした?」
レイはいつもより幾分か暗いジークの様子が気に掛かっていた。アーセに入った頃くらいからだ。
「……別に」
ジークはレイと目を合わせる事もなく先へと歩いていく。
レイとレミリアは訳がわからずジークの後を追っていった。
肉を斬る音。聞こえる音は不思議と響いていた。
目の前で行われている狩り。それは強者が弱者を食い殺す、一つの図。血が飛び、肉片が舞う。残酷な光景を生み出す中心にいる男は、紛れもなく『持っている』人間だ。
振るった剣は、軌道すら見えずに振り払われる。レイの目指した理想。求めた強さの一つがそこにあった。
狩りが終わって一息つく男にレイは近付きながら感心したように声を掛けた。
「すげぇな、あんた」
男の隣には一人の女がいた。魔術師らしくフード付きのローブを身に纏っている。フードは被らず、髪の毛に隠れたその素顔は息を飲む程の美しさを持っていた。
「ああ? なんだてめえ」
女の生気を感じられない無表情とは対照的に、男は苛立たしげにレイ達に顔を向ける。二十代半ば、といったところか。まだまだ若さが残る貌をしていた。
「いや、あんたもギルドの依頼を受けたクチだろ? 俺達もそうだ」
目付きが悪く、持っている雰囲気も柄が悪い。少なくとも、目の前の男に凄まれたらレイの後ろにいるレミリアの様に気圧されるだろう。しかし、レイは長年冒険者として生きてきたためその程度は気にならなかった。いや、それ以前にバルドの顔で強面には慣れきっていた。
「だからなんだよ、あ?」
「いやいや、君、すげえ強いじゃん。だから協力しねえ?」
この依頼は受けて、ノーバディを退治、報告するだけで報酬がもらえる。そんな簡単、と言っていいものではないが、適当にこなしても差し支えない依頼である。実のところ、レイはあまりやる気がなかった。
「あ? なんで俺がてめえらと協力しなきゃなんねーんだよ」
「いやいやいや! そう言わずにさあ。な、頼むよ」
見た目が気持ち悪いノーバディと交戦したくない気持ちもある。唯の資金調達のためにそこまで本気でやる意味もない。アーセの人々には悪いが、レイは失踪事件を解決しようとは欠片も思っていなかった。
「ふざけんな。てめえらは勝手にやってろ」
そう言えば、とレイは思い至る事があった。
目の前の男が失踪事件を解決しようとする殊勝な男には見えない。この依頼の報酬は失踪事件そのものを解決したら莫大な報酬が払われるが、ノーバディの調査と退治だけではその日に宿泊する宿代くらいしか稼げない。
殆ど情報がない状態で失踪事件を解決できるはずがないのは、頭の悪そうな男でも理解できるはずだ。それならば、男は何故この依頼を受けたのか。
レイがうだうだとそんな事を考えていると、男は不機嫌さを纏ったまま、踵を返そうとした。
「いやいやいやいや! いいじゃん、俺達も協力するんだから、そっちにも得はあるだろ? だから頼むって」
ジークとレミリアに許可を貰ってはいないが、二人だって反論しないだろう、とレイは思っている。楽になる事を歓迎しないはずがない。
レイの必死のお願いもなんのその。男はそのまま女を連れて森の奥へ消えようとする。
「待てって! 待って、お願い!」
レイは慌てて男の腕を掴んで立ち止まらせる。
「うぜえんだよ!」
レイの腕を荒々しく振り払いながら男はこちらに振り返る。眉間に皺を寄せた男と視線が合う。しかし、その視線の交錯も一瞬。男はレイの後ろにいるジークとレミリアに視線を向ける。いや、正確にはレミリアに視線を向けた。
その瞬間、男の不機嫌さは形を潜め、一転、ニヤついた表情が浮かぶ。
「と、思ったんだけどよ」
レイは男の急変の理由に気付かない。しかし、レミリアはレイ越しに向けられる男の舐める様な視線の気持ち悪さに、直感的にその理由を悟っていた。
「やっぱ、一緒にやろうや。俺も疲れてきたしな」
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森の奥深くを進んでいく。
男はカイと名乗った。何年か前に冒険者になったらしい。それまでは平穏無事に暮らしいていたとのこと。
女はビルサという名らしい。カイが紹介した。レイ達と行動を共にしてから、最低限の言葉しか発さない。要するに、魔術を発動する時の属性の掛け声しか声を発さない。ビルサはカイの相棒らしい。魔術師としてはアーセでも五本の指に入るくらいの実力を持ち合わせているとのこと。
「ちっ、うぜえな」
時折、現れるノーバディを、カイは路傍の石ころとすら思わぬ風に蹴散らしていく。身の丈に合わぬ程の大剣を軽々しく振り、ノーバディを両断していく。
ビルサは、カイの隙が生じた部分を魔術で補佐する。二人の戦いぶりは可もなく不可もなく。それなりに連携がとれている、と言ってもよかった。
レイ達も、正確にはレイとジークもノーバディやら魔物やらを排除していた。更に正確に言うなら、ジークがその大半を行った。ジークの剣が勢いよく振られる度にどこか違和感をレイは感じていた。そんな三人の暴力は陽が暮れるまで続けられた。
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夜の森は危険であるが、この面子でそれを心配する必要はない。
カイは魔力を持っていないが、ジークとビルサの魔力はこの辺の魔物が寄りつこうと思わない程の魔力を持っているらしい。バルドは別として、人間ではその魔力を感じられないが、魔物は感じられる。時たま、その魔力に錯乱して襲いかかってくる魔物がいるが、それは稀な出来事であるし、現れたとしてもすぐに駆除されるだろう。
ノーバディは近付いて来る時の重低音で、接近を感知できる。つまり、この面子で言うならば、一人が起きて夜警をしていれば森の中で野宿も大したことではないのである。
「カイ、お前は何でこの依頼を受けたんだ?」
別に知らなくてもいい情報である。しかし、レイは聞きたいと思っていた。単純な暇潰しの為である。
「あ? 関係ねーだろ」
それはそうだけども。
レイは納得してはいないが、カイが答えてくれるとも思わなかったので、聞く事は諦めた。
まだ、皆は起きている。
ビルサは相も変わらず無表情。まるで生気を感じられない。冷たい、といった印象ではない。焚火に薪をくべている。
レミリアは何を考えているのかわからない顔をしている。頭の中でいろいろと性悪な事を考えているのかもしれない。レイはそう断じていた。
ジークは、カイを見ていた。ビルサと似たような無表情。いつもの暗さを感じさせない程の。
レイの視線に気付いたジークは何事もなかったように剣の手入れを始める。
一瞬だけ、ジークの表情に黒いものが見えたのは、レイは気のせいだと思っていた。
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サーシャ=コールは辟易としていた。
アーセに留まり、ガンについての情報を収集していたのだが、それを止めたいと思うほどだった。生真面目なサーシャがそんな事を思うなんてよっぽどの事である。その理由の一つにバルドと共に行動していないという私的な感情が混ざっているのは、まあ、仕方がないことだろう。
それ以上に、アーセの人々、特に中枢に関わる者の排他的な態度が気に障った。あからさまにそれを表に見せている訳ではないが、それでも肌で感じられる。二十そこそこで騎士団長という地位についたサーシャは人一倍そういった視線に敏感である事も、その視線の居心地の悪さに拍車を掛けていた。
壮大な造りをした教会の中、その一角の待合室でごつい兜と鎧で身を固めながらサーシャは一向に現れない司祭の事を一切合財無視してバルドを探しに行こうかと思っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
しかし、その段になってようやく司祭が現れた。
が、明らかに馬鹿にした態度をとっているとしか思えなかった。
現れた司祭はまだ若く、どう考えても司祭としては下っ端、見習いと言ってもおかしくない程、青さの残る青年だった。サーシャより年上といっても、立場的にはサーシャの方が上である。柔和そうな顔を少し歪めて申し訳なさそうにしている司祭に対して、サーシャは凛然とした態度で接する。
「いや、構わない。こちらこそ無理を言って申し訳なかった」
世間は本音と建前を上手く使いこなして渡っていくものである。
サーシャは父から教えられていた事をこなす。
「そう言ってもらえると助かります」
司祭は柔らかく笑って、教会の待合室の椅子に座る。
「それでは早速だが、魔族について教えてもらおう」
さっさと済ましてしまおう。どうせろくな情報は得られない。
サーシャは自己紹介すらせずに話を始めるのだった。
しかし、サーシャは、前にレイに言われた最低限の礼儀、つまり素顔も見せずに頼みごとをするのはよくないと思い至り、すぐに兜を脱いだ。
サーシャは一言、断りをいれて兜を脱ぐ。乱れた髪の毛を手早く直して、司祭に顔を向ける。
そこには呆けた様な顔をした司祭がいた。
「どうかされたのか?」
サーシャを見て呆然としている司祭を不思議に思い問いかける。問いかけられた司祭は挙動不審ともとれる動きをして顔を赤くした。
「す、すいません!」
視線は固定せず、あちらこちらを向いている。もぞもぞと居心地の悪そうな動きをする。
「気分が悪いのだろうか?」
「い、いえ! そういう訳では……」
サーシャは首を傾げた。訳がわからなかった。司祭がいきなり取り乱す事に。
「そうか。なら、話を続けよう。ガンについてなのだが」
話を再開したサーシャに司祭の視線が向けられる。その視線は多分に熱の籠ったものだったが、サーシャはそれに気付く事無く魔族についての情報を聞きだしていた。
とある宿屋の一室。そこにはハゲた男が一人いた。バルドである。
バルドもサーシャと同様にガンについての情報収集をしていたが、実のある情報は得られなかった。そのため、早々に宿屋に戻ってきて、サーシャの報告を待つ事にしていた。良くはないが、悪くもない。そんな感想を漏らすしかない部屋で、バルドはやる事が見つけられなかった。暇潰しに窓から外を眺めても面白みがある訳ではない。アーセの街並みも既に慣れてしまった。
ここで一人で待つくらいなら、サーシャを探しに行った方がまだマシだろう。バルドはそう考えて、座り込んだベッドから立ちあがった時、聞き覚えのある金音が耳に入った。鉄と鉄が擦れるような、そんな音。いつにも増して響いている気がする。
バルドは立ちあがるままに、扉へ向かった。音が丁度バルドがいる部屋の前で止まったと同時に、バルドは扉を開ける。視線の先には兜を脱いだサーシャの姿。脇に兜を挟み、息も上がっている。髪の毛は少し乱れているが、それでも黒髪の美しさは損なっていなかった。
「バ、バルド殿っ!」
酷く慌てた様子のサーシャを見て、バルドは内心で首を傾げた。
「そ、そのっ…わかった!」
いや、慌てていると言うよりは、興奮していると言った方がよいのかもしれない。いつもは白磁の様に白い頬に赤みが差している。
「何がわかったんだ?」
サーシャは上手く言葉が出てこなかった。何度も口を開いては閉じるを繰り返している。
バルドはそんなサーシャの様子を見て、落ち着く様に諭した。
「深呼吸しろ」
バルドの言葉にサーシャは息を深く吸って、大きく吐く。
それを何度か繰り返して、ようやく落ち着いたのか、サーシャは目を輝かせながらバルドに告げた。
「ガンの居場所がわかったのだ!」
褒めて褒めて、とサーシャの目が、表情が、声が語る。じっとバルドを見やる眼差しは恋する乙女のそれ。恋する相手に褒められたくて、良い風に見られたくてしょうがない。
バルドはどうすればいいのか逡巡したが、すぐに答えを得る。ゆっくりと右手を持ち上げ、サーシャの少し乱れた髪の毛を整える。
サーシャは触れられた瞬間は驚いた様に目を丸くしたが、次いで、茹でダコの様に顔を紅潮させたが、バルドの手を拒む事はなかった。
もし、レイがこの場に居たらこう言っていただろう。
死ねばいいのに、と。
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焚火の音が爆ぜる中、レイを除く四人は暫くの間、無言だった。レイは早々に何処か森の奥へ消えてしまい、ジークとレミリアは追う暇すらなく姿を見失ってしまった。
しかし、静寂、といっても風で木々が揺れる音や葉が擦れあう音が響いている。完全な無音ではないが、レミリアは何とも居心地が悪かった。
原因はわかりきっている。先程から全身に怖気が走るのを止められない。視線が自分の体を這う様に向けられているのが気持ち悪くて仕方がなかった。
「なあ、レミリアちゃん、だっけ?」
無言を破って声を発する一人の男がいた。
カイのにやつく笑顔がレミリアの視界に入る。生理的嫌悪感を刺激する顔だった。
「……はい」
「レミリアちゃんって可愛いね。彼氏とかいるの?」
「いえ」
ジークもカイの視線の意味に気付いていた。恐らくビルサも。むしろ気付いていないのはレイくらいだろう。レイは無駄に鋭い所はあるが、妙に鈍い所もあった。
「へえ、そうなんだ。そんなに可愛いのに勿体ない」
カイのニヤつきは変わらぬまま。
レミリアはどのように対応していいかわからなかった。レミリアには戦闘能力がない。例えば、レミリアがカイに対してレイにする時と似た対応をすれば、十中八九、激昂するだろう。レミリアがジークの戦闘を見たのは今日が初めてであるが、カイはジークより強いのでは、と思っていた。
そんな彼の機嫌を損ねて襲いかかられてしまったら。
手の出しようもない。それにカイの相棒のビルサもいる。彼女がカイを止めてくれるとは到底思えないし、もし加勢されてしまったら。
そう考えると、不用意な発言は出来なかった。
「好きな人とかは?」
「……いません」
出来るだけ視線を合わせぬように。レミリアはカイの眉間の辺りを意識して見続けていた。
「今までで男と付き合った事はある?」
「……いえ、ないです」
しつこくしつこくカイはレミリアに質問を重ねる。面白がっているより下卑た感情が見え隠れする。
「へえ…と言う事は、だ。レミリアちゃんってまだシた事無ない?」
「……っ」
こんなセクハラ紛いの質問。レミリアは拳を強く握って自分を抑える。
先程からジークは無言を貫いている。ビルサも自分には関係がないとでも言う様に森の奥を見ている。
「ねえ、どうなの? レミリアちゃん? それとも彼氏は作らずに遊びまくってるとか?」
ふざけるな。
必死に開く事を抑える唇から罵倒の言葉が漏れてしまいそうになる。レミリアは目の前の男に殺意にも似た感情を覚えていた。
やはり、やはり人間は、どうしようもない。
「いやっはー、つっかれた」
レミリアの限界が遂に越える。その瞬間、まるで図った様なタイミングでレイが森の奥から現れた。
レイは上半身は肌着一枚。下半身は下着一枚といったおよそ森の中では相応しくない格好をしていた。
「……ん? どした? 何か空気悪くね?」
レイはタオルで滲んだ汗を拭いていたのだが、あからさまに空気が悪い事を不思議に思ったようだった。
「……ちっ、なんでもねえよ」
遊びの邪魔をされた子供の様に、不機嫌さを隠しもせず、ガンは横になる。
レイは意味がわからず、ジークとレミリアに視線を向けた。
正直なところ、レイは少しちびりそうになっていた。
レミリアの視線がいつにも増してキツイ事もそうだが、ジークのレイを見る視線が見た事がないくらい冷たいものだったから。
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レイとジークが野営をしていた。暗い森の中、焚火の灯だけが二人の顔を照らし出す。レイは眠そうな顔を無様に晒し、ジークはいつもの根暗な無表情。いや、レイはジークの常では見られない暗さや黒さを感じていたが、それを尋ねる事が出来ていなかった。
「わり、ちょっとションベン」
一言、断ってレイは森の茂みに歩を進める。別にジークに排尿のシーンを見られてもそこまで恥ずかしいとは思わないが、すぐそこのテントには女性陣がいる。レイは女性に優しい紳士であるので、出来るだけ遠くで用を足そうと思っていた。
そのまま少し奥に入っていく。足に纏わりつく草やら何やらを鬱陶しく思いながら、丁度いいと思える場所で立ち止まる。
その時、何かが動く音がした。
レイは尿意をすぐさま収め、太刀を抜く。音がした方向に首を向け、目を凝らす。しかし、暗闇が支配しているため、先は見通せない。
また、音がした。茂みを掻きわける様な、がそごそとしたそんな音。
しかし、近付いている気配は感じない。音の発生源はこちらに近付いていない。
レイはゆっくりとした動作でそちらへ足を出す。出来るだけ音を立てない様に、静かに。暗闇に慣れた目で辛うじて見える森の中、歩みを進める。
また、音がした。近い。下の方から聞こえる。いや、誰かの声も聞こえる。
レイは手ごろな木に身を隠しながら、出るタイミングを伺う。心の中で数秒、間を作って勢いよく飛び出す。
「うおっ……て、てめえか」
そこにいたのはカイとビルサだった。
「お前ら何やって……え? 何?」
カイは上半身は裸だった。いや、別にそれはどうでもよかったのだが、驚くべき事にビルサも上半身を惜しげもなく晒していた。
夜の森に不釣り合いなほど白い肌を晒している。たわわに実った二つの丘はサーシャ程とは言わないが、大きい。
「ちょっ! こんなとこでエロい事やってんな!」
カイがビルサの上に跨り、ナニをしようとしている。それは童貞であるレイには刺激的な光景だった。しかし、レイはこれ幸いとビルサの裸から目を背けるつもりはなかった。
「てめえにゃ、関係ねえだろ。早く消えろ」
お楽しみの邪魔をされたカイはレイを視線で追い払おうとする。
「わかったよ! 消えるよ! バーカ!」
レイは嫉妬をしている訳ではない。最後の馬鹿という言葉はこんな所でそんな行為に及ぼうとしている二人を罵ったもので、決してレイは悔しいからそんな捨て台詞を残した訳ではない。
しかし、レイが焦っていたのも事実。ビルサという美人の上半身の裸体がそこにあったのだ。彼女の顔をまともに見られず、かといって混乱に乗じず体を露骨に凝視する程の勇気もないレイにとって、彼女の重要なサインに気付けなかった。
ビルサは能面の様な無表情ではあったが、その目に一瞬だけ縋る様なものが含まれた事に、その日、レイは気付く事が出来なかった。