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第一話 センチメンタル

 冷たい夜は心が凍えそうになる。鬱蒼とした森の中では月明かりすら届かない。見渡す限り、木、木、木。何度も何度も同じ景色を見ている様な気がしているし、一度も見た事のない様な景色なのかもしれない。肌に纏わりつく汗は、夜風に吹かれ、冷たさを増している。

 先程見かけた、一際大きな木を視界に入れて、レイは髪の毛を掻き毟った。 

 孤独には慣れている。何年も一人で生きてきた。大切な誰かを持つ事を恐れてすらいた。完全な孤独を目指して邁進してきたつもりである。しかし、相棒が出来て、仲間が出来て。唯でさえ前だけを見て走れないのに、更に脇見をしてしまう。孤独でいるのは、強さでもあり、弱さでもある。人によっては仲間がいて強くなる人間もいるし、独りだからこそ強くなる人間もいる。

 レイは自身を孤独によって強くなる人間だと認識していた。独りでいた時間は心地よいとまでは言わなくとも、悪くはないものだった。独りで悩み、独りで傷付き、独りで泣いて、独りで殺して、独りで進んできた。

 その結果、一般人の理解を超えた、狂気に塗れた武器を手に入れ、加速度的に破滅が始まることになった。一度、崩壊を始めたら、立てなおす事は不可能である。砂で出来た城の様に、脆いものである。脆さは時として武器になる事がある。挫折は人を立ち上がらせる事がある。目に見えた破滅の先には、一つの誓いが輝いている。


 幹の太さがレイの両手を広げたくらいの巨木だ。レイはそれを蹴りあげて、今はここにいない仲間に向けられない苛立ちを発散させていた。

「薄情者どもめ」

 自業自得だとしても、探しにくるくらいの事はして欲しかったのだ。



===



 アーセへの道のりは馬車を使っての移動となった。流石に徒歩でアーセまで行くのは時間が掛かり過ぎるし、労力も使う。至極、当然と言えば当然の流れだった。

 レイが異変を感じたのは馬車に乗り込んでから一時間ほど経ってからの事だった。視界が急にぶれ始め、頭の中で思い切り鉄の棒同士をぶつけあっているかの様な痛みが走る。座っていることすら辛くなり、かといって、眠る事も出来そうにない。揺れる馬車の中、レイは何とも気分が悪かった。

 何かの病気かもしれない。バルドにそう告げたレイは、乗り物酔いだ、と軽く流され、少し寂しい思いをした。

 レイ以外は何事も起きていない様にぴんぴんしている。馬の手綱を引くバルドの隣には、当たり前の様にサーシャが座り、何やら楽しそうに会話をしている。ジークはいつもの様に根暗な雰囲気を前面に押し出して、話しかけにくい空気を作り出している。レミリアは何を考えているのかわからないが、外の風景を眺めている。

「…うぅ…レミリア…治療して」

 馬車になれていないレイは乗り物酔いが酷い。最初は歩いていくとごねていたが、四人の反対により、馬車による移動となっていた。

「無理です。乗り物酔いの様な種類のものには、治癒魔術は効きません」

 レミリアはちらりとレイを見やる。非常に顔色の悪いレイを見ても、心配そうな顔をするでもなく、すぐに外の景色を眺める事に専念し始めた。

 レミリアは性悪である。レイは頭の中でレミリアはそういう人種だと決めつけた。

「ジーク…何か、酔いを抑える方法知らない?」

 性悪で当てにならないレミリアは無視をして、ジークに何か方法を尋ねる。ジークは博識な所がある。もしかしたら何か方法を知っているかもしれない。

「……さあ…知らない…」

「……そうか」

 根暗なくせに。悪態をつく元気すらないので、頭の中で思うだけ思って、横になる。バルドとサーシャは話しかけにくい。楽しそうな雰囲気な二人に割って入る元気もなかった。


「や、やばい!出る!出る!止めて!」

 横になればその内治るかもしれない。楽観的にそう考えていたレイだが、横になり、目を瞑ると、逆に気分が悪くなってきた。頭の中がぐるぐると回り、馬車の揺れがそれに拍車を掛ける。

 限界が近付いたレイは馬車を止め、少し先にある森の中に走り込んでいく。内容物を吐き出し、口の中に酸味が走る。意識せずとも目からは涙が溢れ、膝に手を着き、荒く息を吐く。

 ゆっくりと呼吸を繰り返して自分を落ち着かせる。気分の悪さは完治していないが、吐いたら、幾分か安らいできた。目の前に落ちている自身の吐瀉物の中に血が混ざっている事に気が付かないふりをしながら、一度、目を瞑る。

 頭の中で回転している思考を断ち切り、目を開く。汚れた口元は外套の袖で拭き、大きく息を吐き出して、馬車へと戻ろうとした。

 森の中から木々が折れる音がした。胃を揺さぶる様な重低音と共に何かが近付いてくる音がする。少しずつ少しずつ近づいてくる。

 嫌な予感がする。かなり近い所で音がする。後ろを振り返るのが怖い気持ちが先行していたが、レイは勇気を振り絞って振り返った。

 後ろを振り返ると、そこには魔物の姿。二メートルは越えていようかという大きさの魔物で、人型の魔物である。異様な雰囲気を持つその魔物はレイを見ると、甲高い、女の叫び声の様な笑い声を上げた。

「き、気持ち悪っ!」

 大きく人型の魔物ならば、珍しいものではない。そういった魔物は溢れている。しかし、レイの目の前に現れた魔物は、生理的嫌悪感を刺激した。

 体の所々に澱のつまったような瘤があり、そこから人体に明らかに害がありそうな液体が流れている。人の様な頭部を持っているが、人では有り得ない。いくつもの小さい頭が存在し、そのすべてに顔がある。その顔全ての口元から、瘤から流れ出ている液体と同じ色のモノが流れている。腕が異常に長く、地面に着きそうな程である。

レイと魔物は、魔物が手を伸ばせばレイに触れられそうな位置関係にある。

「きゃあぁぁぁ!助けてえ!」

 酷く格好のつかない声を上げて、レイは馬車へと走って行く。レイの声に気付いたのか、サーシャがレイの方を見る。そして、後ろにいる魔物に気付いた。

「ひっ…な、何だ、アレは!」

 御車台に乗っていたサーシャは、驚いた事で、手持無沙汰に持っていた馬の鞭を無意識の内に叩いてしまう。馬は嘶きを上げ、走り始める。

「ちょっ!待て、こらぁ!」

 変な所を叩いてしまったのか、バルドが馬を止めようとしているが、馬は一向に足を止めない。足が短く太い馬車を引くための力のある馬を選んだが、その速さは人間より速い。見る見るうちに離されていく。

「うおっ!」

 必死になって走っていたので足元が良く見えていなかったのだろう。何かに躓いたレイはこけてしまう。馬車は未だ、止まる事無く走り去って行く。

 こけた体勢のまま、レイはゆっくりと後ろを振り返る。そこには、魔物の姿。

「ひっでえ…」

 半泣きになりながら、レイは呟いた。



===



 気持ちが悪い魔物との戦闘を避けるため、レイは森の中へ逃げ込んだ。あのような魔物は今までで一度も見た事がない。人の形を有していたが、死霊の類ではなさそうだった。戦うという選択肢もなくはなかったが、出来れば戦いたくなかったので森の中へと逃げ込み、魔物の気配がなくなるまで、息を潜めて隠れていた。

 周りに何かがいる気配が感じられなくなってから、レイは茂みから出た。辺りを見回すと、どこから来たのかがわからない。気付いたら、森の奥の方まで来ていたみたいだ。最初の方こそ鼻歌を歌いながら余裕を持って歩いていたが、歩いても歩いても出口は見えてこない。何度か休憩を取って歩いていたが、本格的に迷ってしまったらしい。気付けば、夜。夜の森を歩いた経験のあるレイは立ち止らずに出口を探し続けていた。

「サーシャの野郎……絶対からかい尽くす」

 寂しさを紛らわす様に独りごとを呟き続けるレイ。先程から呪詛の言葉を紡ぎだしている。

「バルドと同じ部屋に泊まらせてやる。それを覗いてやる」

 王国から支援金として結構な額の金貨を貰っている。男女で部屋をわけるくらいの余裕はある。しかし、レイはサーシャとバルドを同じ部屋に泊まらせ、それを覗いて、楽しむという悪趣味極まりない事を思い付いていた。

「ふひひ。面白いだろうなあ…」

 自身でも気持ちが悪い笑い声を上げている自覚がある。レイは歩き続ける中、そんな益体もない事を考えていた。


 森の中を当てもなく歩き続けて行くと、少し開けた所に出た。空を仰げば、そこには月の姿。

 月。いつか、見続けて歩いた事がある。昔、昔のお話だが、確かにあった。レイが生まれるきっかけの一つだ。死んでしまった少年の胸の中に生きている、悲しくて、馬鹿馬鹿しいお話。

 レイは見上げるままに立ち止まる。感傷的な考えが胸に浮かぶ。

 もし、あの四人に利用している事を話したら、勘付かれてしまったら、彼等はどう思うのだろう。怒るのだろうか。悲しむのだろうか。嫌われて、しまうのだろうか。罵倒され、蔑まれ、汚いモノを見る様な目で見られるかもしれない。

 ジークとレミリアには話せない。元凶だから。

 サーシャには話せない。人を殺し過ぎたから。

 バルドには話せない。話したくない。純粋に、知られたくないから。

 殺して、泣いて、後悔して。それでも止まらず、他人を利用し、自己満足に没頭する。意味と意味をすり合わせても、意味はない。戦う事に逃げ込んでいる訳でもない。ただ一つの復讐を果たしたくて、それでも、自分の様に悲しむ人を見たくなくて。奪われる悲しみを知って欲しくなくて。けれども、奪い続けてきて。

 レイは髪の毛を掻き毟った。

 冷たい夜は心が凍えそうになる。センチメンタルな衝動が総身を支配する。叫び出しそうな程の静寂が辺りを包み続ける。目に入る光景が綺麗に見え始めたのは何時頃からだろうか。一つ一つの仕草が尊く思えてきたのは誰のせいなのだろうか。

 答えに気付かないふりをしていても、凍えた心は答えを知っている。知らないふりした頭を締め上げる。

 届くはずのない月へと手を伸ばす。意味を求めての行動ではない。掌から零れる月明かりは、取りこぼしてきた、奪ってきたモノを思い浮かばせる。レイの力が足らなかったばかりに助ける事の出来なかった人達への謝罪は浮かばない。殺した挙句、素知らぬ顔をして謝るなど、レイには出来ない。罪は独りで抱え込んでいけばいい。


 足音が近づいてくる。あの四人の足音ではない。重低音を響かせる足音である。どのような質量をもっているのだろう。そこまで重そうな体には見えなかった。

 足音は一つや二つではない。少なくとも五つ以上ある。今まで出くわさなかった事が不思議に思えるくらいだ。

「…センチメンタルな気分だったからな。丁度いいか」

 太刀を構える。本当に丁度いい。日課をこなしていなかった。実践的に日課をこなすのも悪くはない。

 レイを囲むように足音が近づいたと思えば、そこには何体もの魔物の姿。レイの姿を確認すると、叫ぶような笑い声を上げる。

「気持ち悪い奴ら」

 生理的に受け付けない姿をしていようとも、避けられないのなら、復讐のためなら関係ない。目指した先はこんな所で躊躇っていいものではない。

 軽く刀を振るうレイ。月明かりが反射した太刀を見て、深呼吸を繰り返していた。


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