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アホとハゲと噂話

「で、気になる噂って何だよ」


 本題からかなり逸れてしまっていたので、ここにて軌道修正。元はと言えばレイがハゲの話を聞いていなかったのが原因である。そのことに関して、レイは後悔も反省もしていなかった。

「結局聞いてなかったのかよ…」

 ハゲはこめかみを抑えながら、眉をひそめる。

「いや、悪かった。ちょっと考え事しててな」

「お前はよく考え事してて、人の話を聞かないよな」

 ハゲは呆れたように言う。失礼なやつである。ハゲ以外の人間の前ではこのような失態は起こさない。レイは目の前の素晴らしきハゲを一応は信頼しているのだ。つまり、レイとハゲはお互い気を遣わなくていい間柄である。

「信頼してる証だぜ、相棒よ」

「また、調子のいいことを…」

 ハゲもレイが他の人間の前で考えに耽ることをしないと知っている。苦笑しながらハゲは自分の頭皮に手を触れた。これはハゲが照れている証である。三年近くこのハゲと共に依頼をこなしたりしているのだ。もちろん何度も死にかけたこともある。その度に二人で協力して生きのびてきた。だから、このようなちょっとした仕草でハゲがどう思っているのかレイにはわかってしまう。

 レイは今更ながら戦慄した。なぜ男の一挙手一投足で感情が読めてしまうのだ。どうせなら女の相棒がよかった。そうすれば、女の照れている仕草がわかるのだ。ハゲの照れなど道端のゴミと変わらないが、女の照れは宝石並みの価値がある。レイは女とパーティを組めば良かったと後悔した。たぶん、いや100%に近い確率で恋仲にはならないだろうが、癒されることは確実である。そう思うと、なぜ出会った当初から髪の毛が存在しない男とパーティを組んだのが不思議でならなかった。

「まあ、くだらない話はやめて、本題に入ろうぜ。ちゃっちゃと話してくれ」

「くだらないって…。まあいい。

 気になる噂ってのはさ、お前も知ってるだろうけど、王国の魔神信仰をしている街や村が襲われてることについでだ」

「ほう」

 魔神信仰。その名の通り、魔神を信仰している宗教である。

 

 魔神。

 いつ現れたのか、どのような存在かもわからない伝説。不定期に女を求め、要求が通らなければ災厄をまき散らす幻影。


「つーかさ、俺は魔神信仰について詳しくは知らないんだわ。レイはそういう知識は無駄にあるだろ?この際だから詳細を教えてくれ」

「それは気になる噂に関係してるのか?」

「ああ、多分」

 ならば仕方ない。レイは、無知ではあるが馬鹿ではないハゲに魔神信仰について教えることにした。

「魔神信仰ってのは、一種の救いなわけよ。」


本当に、馬鹿らしいことに。


「救い?」

「ああ。救い。災厄をまき散らす魔神に救いを求める馬鹿げた宗教だよ。生贄を差し出すことによって平和は保たれるってな。尊い犠牲ってやつだ。結構前にどっかの国が壊滅しただろ?あれは魔神がやったものだ」

「ああ、小さくはあったが、かなり繁栄してた国だったか」

「そうそう。その国は魔神信仰が盛んだったらしい。生贄として女を差し出すことを結構長い間やってたんだとよ。ほんでこの国の連中はその繁栄が魔神の恩恵によるものだと思っているらしいんだわ。もともとこの王国内でも魔神信仰はそれなりにあったわけよ。それで何年か前に、この国から生贄が選ばれた。それからこのアルメリア王国はかなり栄えてる。んでそれをきっかけに魔神信仰が爆発的に増えているんだわ」

 アルメリア王国。大陸でも一、二を争う大国だ。魔神が生贄の進呈を求めたころからいっそう栄え始めた。具体的には、アルメリア王国とトントンの勝負をしていたカート帝国のGDPを上回った。そのおかげで、カート帝国と商業締結及び同盟を結んだ。

「それなら魔神様様じゃないのか?魔神が現れたからこの国は栄えてるんだろ?馬鹿らしくねぇじゃねぇか」

 レイは呆れた。冒険者、というより王国の人間に言えることだが、知識の収集を蔑ろにしすぎである。

「お前はもう少し知るということ尊重したほうがいい。

 もともとこの国のGDPは上昇傾向にあったんだよ。それこそあと数年のうちに帝国を上回るくらいに」

「じゃあ、魔神がいなくても王国はGDPを上回っていたと?」

「もちろん。王立図書館で少し調べたら分かることだぜ。

 まあ、それを知ってる王国貴族と王族もこれが魔神のおかげだと思ってるわけだけど」

 レイはこの国は長くはないだろうと思っていた。民が魔神信仰するのは、救い、すなわち安寧を求めるという観点で否定できるものではない。しかし、国の中枢ともいえる人間たちが、この繁栄を魔神の恩恵と捉えるのはどういうことか。民を信ずるのではなく、魔神を信じた。これは由々しき事態である。レイとしては、アルメリア王国は文献を多く残しているという点で、滅んでしまうと困るのだ。

「それによ、魔物が組織だって襲撃してくるのはおかしいと思わねぇか?」

「確かに。知識がないくせに軍を編成するのはおかしいよな。

 その言いぶりからすると、魔物を指揮してるのは魔神って言いたいのか?」

「推測の域をこえないけどな」

 そう言っておきながら、レイは魔神が魔物を指揮していると確信していた。文献を調べる限りでは、すべての壊滅した国は、魔物の大群に襲われて滅んでいた。

「ま、そのおかげで戦争が起きていないっていう点では魔神様様だけど」


 魔物による組織だった襲撃に対応するために、大陸の国々は他の国にちょっかいを出す余裕はないのだ。だからといって犠牲がないわけではないが。

「ふ~む。そうか。

 少し厄介なことになったかもしれない」

ハゲは小さく呟きを洩らす。心底厄介そうに。

「何が?」

「いや、噂のことなんだけどな。魔神信仰の街や村を襲ってるって奴は、一人の男らしい」

「一人で?また勇気のあることで」

「まあな。で、二週間くらい前にその男、派手にやらかしたらしい。レイも知ってるだろ?ここから北にある街で老人どもが皆殺しにされた話」

 確かにそんな話を聞いたことがあった。女子供は無事だったが、街の為政者と老人が皆殺しにされたという内容だったか。

「それで被害が大きすぎたもんだから、とうとう王国騎士団が動き出したらしい」

「王国騎士団?あんなへっぽこどもに何ができんだよ」

 アルメリア王国騎士団。人数だけは多いが、錬度は低い、将の質も低いといったかなりのへっぽこ軍隊である。レイとハゲの二人でなら三十人に囲まれても余裕の相手である。レイは王国騎士団に関しては興味がなかったので、討伐に動き出したことを知らなかった。

「まあ、奴らもそれはわかってるみたいでな。百五十人で出向いたらしい」

 ハゲは呆れたように笑いながら言う。確かに身の程をわきまえているという点では評価できるが、逆に言えば自分たちの無能さをさらけ出しているだけである。たかだか一人を討伐ないし捕縛するのに百五十人は多すぎだろう。


「で、何が厄介なんだよ」

 前置きが長いのはこのハゲの悪い癖だった。要点だけをびしっと言ってほしいとレイは常々思っていた。

「王国騎士団は三日前に出立したんだが、なんでも壊滅して王国都市に戻ってきてるらしい」

レイは驚愕した。

「…え、マジで?」

「マジだ」

 一人の男をどうこうするために百五十人も派遣して壊滅するとは。王国騎士団が弱すぎるのか男が強いのか。まあ両方だろうとレイは思った。

「行商の連中に聞いたんだがな、五十人近くまで減らされたらしい。俺が厄介って言った理由はわかるだろ?」

「…ああ。わかりたくなかったけどな」

 王国騎士団が敵わなかった。そうするとどうなるのか。この国の腑抜けどもはギルドに依頼するだろう。では、ギルドに依頼するとどうなるのか。百五十人体制で敵わなかったのだ。まず間違いなくAランクの依頼になる。Aランクの依頼になるとどうして二人にとって厄介になるのか。実はこの国にAランクの冒険者は二人しかいないのである。

 その二人とは、すなわちレイとハゲである。しかも王国直々の依頼だ。断ることが出来なくはないが、断れば何かしらのペナルティを課されることは明白である。結果的にレイとハゲは二人で、百五十人を壊滅させた男と戦わなければならなくなったというわけだ。

「ありえねぇ~!王国騎士団はなにやってんだよ!もっとちゃんと訓練しろよ!魔術師とか連れて行けよ!」

 レイは吠えた。これは厄介である。非常に面倒だ。その上、命の危険もある。報酬もあるだろうが、そんなものはなくてもレイたちは普通に暮らしていけるくらいの金はある。というより下手したら王国騎士団に入団させられるかもしれない。そんなことになれば冒険者になった意味がなくなってしまう。

「魔術師も連れて行ったらしいぞ。二十人くらい」

「…」

「…」

 レイとハゲは顔を見合わせた。ハゲの顔は犬のうんこを踏んで、そのまま気付かずに過ごし、好きな人にそれを指摘されて、少し引かれたことを思わせるような顔をしていた。恐らくレイも同じような顔をしているだろう。すなわち、少しの悲しさと、自分のしてしまったことを後悔するような。レイとハゲは同じタイミングで頭を抱えた。

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