表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/45

side story -remilia-

 雨が降り続けて五日になる。王国都市の人々は迷惑している事だろう。洗濯物は乾かないし、露天商は客足が途絶えているに違いない。

 この五日間で激しく雨が降り注ぐ事はなかった。しとしとと弱い雨が長く降っている。

 気分が滅入る事には変わらない。どちらにしても、この五日で太陽の姿は見ていない。

 

 王城の一角にある医務室で、一人の少女は溜め息を漏らした。

 彼女の前には五日間眠ったままの人間がいる。いや、眠っていると言うよりは、気絶していると言うべきか。だが、ベッドの上で苦しそうに息を喘がせている。

 目の前の患者に怪我は見られない。体は健康そのものだ。

 しかし、目を覚まさない。苦痛に顔を歪ませ、荒い息を吐きながら、目を覚ます気配は一向に見られない。

 少女は自身に出来る事を全てやったつもりだ。

 魔物との戦闘中も、重点的に彼を回復していた。見た目の怪我が最も酷かったが、少女の魔術で、殆ど治っていた。

 戦闘後も少女が付きっきりで彼を診ているが、彼の容体は変わらない。

「どうして…目を覚まさないんですか?」

 ぽつりと零した言葉は空気に呑みこまれていく。反応する者はいない。少しの寂しさとやるせなさが際立った。

 彼の顔を見ると、嫌でも思い出す事がある。

 少女は彼の戦い方、いや、在り方というものを見て、疑問に思わずにはいられなかった。

 反芻する思い出は、彼の意味。たかだか数分で、彼は少女の心を埋め尽くした。




 レミリア=ハーグリーブスにとって、レイという人間は、彼女が普段思い描いている人間像と大して変わらなかった。

 大嫌いな人間。強欲で排他的な汚い存在。

 自身にその人間の血が半分以上含まれている事を、忌み嫌っている。

 レミリアが彼を初めて見たのは、丁度五日前の事だ。王城の練習場で一人座っている所に声を掛けた。

 彼女はいつも通りに仮面を被って、彼に接した。しかし、彼の怪我を見た時、少し驚いた。

 腕は折れたのではなく、砕けていた。それは、人間にとって有り得る事ではない。どのような状況でそんな怪我をするのか、彼女にはわからなかった。

 そして、彼女は彼を治療した。ある程度は回復していたので、簡単だった。

 その時、彼女は彼に対して、ほんの少し違和感を感じた。それが何なのかはわからない。しかし、どこか、おかしな気がしていた。

 

 北門に駆けつけた時、彼女は彼を見た。満身創痍で笑っていた。今、苦しそうに喘いでいる彼は、あの時は笑っていた。

 その姿が気高く見えて、彼女は少し見惚れた事を思い出す。

 少し、恥ずかしい。彼女は彼をカッコいいと思ってしまった。


 しかし、そんな立ち尽くして笑う彼が、膝をついて、狂った様に笑いだした時、彼女は彼に対して、恐怖にも似た感情を抱いた。

 別に狂った事が怖いわけではない。狂った人間など、これまでに多く見ているから、怖くは無い。

 何が怖いと聞かれても、答えられない。

 ただ、彼が見据える先が、何だか、凄い絶望的なモノに感じて。


 彼が顔を上げて、動き出した時、それは強くなった。彼は見ているモノが違う。あの時、あの場で戦っている兵士達が見ているモノとは全く違う。

 彼女は確信に近い形で、そう感じた。

 だって、彼にとって王国都市なんてどうなっても、別に痛手は無い。冒険者なのだから他の国にでも逃げ込めば、命は助かる。いや、冒険者云々の前に、一人の人間として、そこまでやる必要はあったのだろうか。

 それでも、彼は戦った。群がる魔物を蹴散らして、群がる魔物に傷つけられながらも、戦った。

 彼が見据える先が気になった。少なくとも、あの時、目の前に犇めく魔物を見てはいない事だけは間違いない。それよりも遥か遠く、叶わない夢の様な、敵わないモノの様な、絶対に届かない願いの様な、そんな悲しさを感じた。

 不思議に思う事は多くある。

 殆どの人間が、あの場で、一番の功労者は魔術師バルドと答えるだろう。しかし、北門に配備された兵士達は口を揃えて、レイの名を出す。

 北門の兵士は毎日の様にレイの見舞いに訪れている。

 彼女は彼の仲間の三人以外は面会謝絶にしている。彼等にとっての英雄が苦しむ姿を見せないようにしたのだ。




 レミリアが答える事のない患者に声を掛けても、意味は無い。だが、彼女は問いかけてみたかった。どうして、関係もない人間を助けるのに、あそこまで頑張れたのか、と。

 今、この部屋にいるのはレミリアとレイの二人。

 独り言になってもよかった。いや、最初から答えは期待していない。ただ、彼の姿に在り方に、気高さと恐怖を感じた、自身のよくわからない感情を吐露したかった。

「何で、あんなに頑張れたんですか?レイさんにとってはどうでもいい人達じゃないですか。私だったら、逃げます。死ぬのは怖いです。人間も怖いです。嫌いです。人間を助けるためにあんなに頑張れません」

 彼女が治癒魔術を兵士達にかけたのは義務感からだ。彼等を助けようとなど、微塵も思っていなかった。

「何でなんですか?わかりません。貴方達人間は自分が一番大切なんですよね?他人のためと言っておきながら、自分が楽しくなりたいから、悲しみたくないから、頑張るんですよね?レイさんには当てはまってないです。ただの自己満足の様には見えませんでした」

 零れ落ちた言葉は誰も拾わない。堰き止める者もいない。

「私は、人間が嫌いです。レイさんも嫌いです。バルドさんも、団長さんも、ウェインさんだって嫌いです」

 助けられたウェインに感謝はしている。彼に対して、恩を返さなければとも思っている。しかし、彼女にとって、彼も人間なのだ。

「人間は汚いです。最悪です。私は人間を綺麗だと思う事は絶対にないと思ってました。なのに、でも、私は……レイさんを…綺麗だと思ってしまいました」

 それはレイとバルドの共演。信頼して、信頼する、美しいカタチ。

 しかし、彼女が彼を綺麗だと感じたのは、その在り方。

「羨ましいです。レイさんは命を掛けて戦う事が出来る。バルドさんも団長さんも、北門の兵士だってそれは出来ていないと思います。本当に、わかりません。貴方にとって、命とは何ですか?」

 


 答える者はいない。レミリアは少し熱くなってしまった頭を冷やそうと、椅子から立ち上がり、部屋を出ようとした。

「少なくとも、俺は綺麗な人間じゃない」

 答える者はいないはずなのに、答えが返ってきた。

 レミリアは慌てて眠っているはずの彼が寝ているベッドを振り返る。

「俺ほど汚い人間はいない。俺は自分のためだけに生きている。全てが自己満足だ。自分が楽しみたいから、悲しみたくないから、命を掛ける」

 目を開いて、口を開けて、レミリアを見ている。

「俺にとっての命は、誓いだ。昔、奪った奴に対しての、復讐だ。汚くて、反吐が出る。早く死ねばよかったのに、死ねなくなった。死にたくなかった」

 重く、思いを口にする。後悔は深く、意味は汚い。

「レミリアが、人間を嫌いだとしても、俺はお前の事が嫌いじゃない。世界は綺麗なモノで溢れている。お前はまだそちら側の存在だ。亜人だからって諦めるな」

「っ!」

 亜人と、自身の正体をばらしていないはずなのに、レイはレミリアの事に気付いていた。

「逆に考えろ。命は自分の物だ。お前は自分の考えを逆にするだけで、全てが変わる。俺とは違うんだ。だから、お前は、もっと自分に素直になれ」

 言葉には力が宿る。昔から言われている事だ。例え、何の意味もないような言葉でも、そこには力が宿っている。

 ならば、意味のある言葉を、自身が意味があると思っている人間に言われたら。

 それは、多大な力で以て、その人間の形成する何かに影響するだろう。

 レミリアは、今まで亜人であることを忌み嫌っていた。そして、人間の血が流れている事も忌み嫌っていた。

 だから、自分が生きている事を嫌だった。


 それは何て強がりだろう。

 死にたくなんかない。幸せになりたい。でも、亜人だから幸せにはなれない。

 捻くれて、全てが嫌いだと、自分に嘘をついた。

 その嘘は、今では彼女の根幹を形成している。容易に取り除けるものではない。

 でも―――


「なんてな」

「―――え?」

「いや、ちょっとカッコつけすぎかなぁ。言ってて自分で恥ずかしくなったし。たまには、俺も出来るんだぜ的なアピールをしとこうと思ったんだけど、性に合わねぇわ」

「……」

「え、何その目。ちょ、ちょっと怖いんですけど。そんな蔑むような目で俺を見んなよ……見んなって………お願い、見ないで」

 ベッドの上で土下座をしているのはレイ。今の今まで苦しんでいた様子は見られない。

「………はぁ。レイさんって女の人にモテないですよね」

「な、何をっ!モテモテのウハウハだっつーの!」

「そうですか。それはすごいですね」

「おい!全然信じてねぇだろ!俺の目を見て言えよ!………ごめん、やっぱ俺を見ないでください」

 普段通りのレイに違和感はない。

 レミリアは不思議と気分がよかった。

 亜人だと知られていながらも、自分に対して、変わらず接してくれている。それは今まで一度もなかった。誰も彼も、距離を置いた。

 気付けば、雨は止んでいる。まだ太陽が顔を出す事はないけど、それも時間の問題だ。

 レイはレミリアに耳を触らせて、と申し出て、冷たい目を向けられている。

 それは、どこかの誰かが憧れた、綺麗な世界に見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ